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2015/02/23

『民俗の思想―常民の世界観と死生観』

 谷川健一の『民俗の思想―常民の世界観と死生観』にメモを付けていく。


1.霊魂と霊力

 木霊、言霊というからには、タマには霊魂と霊力の二重性が含まれているように感じられる。松村武雄によると、古代日本人の宗教表象として重要なものは、チ、タマ、カミ。

血、乳、風など人間の身体生命の維持、ならびに自然の運行を促進させる基本的な要素は古くはチという音であらわされている。

 チは、霊力思考の言葉というわけだ。

 チとカミは同一物の呼称のなかに含まれることがあり、タマとカミは同一物の呼称呼称のなかに含まれることが多い。しかし、チとタマが同一物の呼称のなかに含まれることはほとんどない。

 このことは、チとカミ、タマとカミは概念に親近性があるが、チとタマとはそうではないことを示しているようにみえる。すると、この点からは、タマは霊魂思考によるものだ。

 溝口睦子は、チやタマは「霊力の観念」であるのに対して、「ミ、ネ、ヒコ、ヒメ、ヌシ」などは首長の称号でもあったが、首長を示すカ神、大神は「国家の統一を背景に登場したもの」である。溝口は後世の所産の「神」と、固有名詞を持たない「カミ」とを区別している。

 「悪意をもつ自然の精霊をモノと呼んだ」。

 ひと通り読んだだけでは頭が混乱するだけだ。少なくとも言えそうなことは、「チ」は霊力的な側面は、「タマ」は霊魂的な側面を強調し、「カミ」はその両者を含意するということだろうか。「モノ」は精霊的、「セジ」は、セジづけという言葉のように霊力的な意味が強い。ニルヤセジはニルヤからの霊力。「マブイ」は霊魂。


2.兄妹

 大王の妹とか妃であれば誰でも巫の役がつとまると思うのは、沖縄の村落共同体における草分けの家の男子である根人にたいするその姉妹の根神の役とか、琉球国王にたいする聞得大君の役からの連想によることが多い。しかし沖縄の「をなり神」に見られる妹の兄にたいする守護神的な役まわりは後代のことであって、原始古代においては、まず神託を告知する者としての絶対者の女性がおり、その託宣の実行者に弟が多かったというにほかならないのである。したがって実行者はかならずしも男弟に限らなかった。

 兄妹、姉弟ということには、実際的な性行為がなくても対幻想が空間的な拡大に耐えうるからこそ、兄妹は始祖神話に登場し、現実的な場面では姉と弟という対が意味を持ったのである。単に、「弟が多かった」というだけでも、その後に書いているように、「同腹」だから「安心して托せる」という意味に留まらない。そして、姉と弟、後代の兄と妹というのも逆だと思える。


3.死への移行

 谷川が池間島のユタから聞いた話。そのユタは谷川の「あなたは後生(あの世)に行ったことがあるか」という問いかけに答えて「行ったことがある。母の袖につかまって空を飛んだ」と言う。後生にはこの世にある一切のものがあり、各人はこの世で暮らしたのとまったく同じように生活するのだという。このユタは後生から空を飛んで帰ってきた。後生の渚に大勢の人たちが並んで見送った。みな白い衣装を着ていた。後生の神が、あとを振り返ってはならぬと言ったが、途中でいましめを忘れてふと振り返ってみると、大勢の見送り人はすべて骸骨だった。

 琉球弧の臨死体験の話を知りたいのだが、なかなか出会えずにいる。この池間島のユタの話は、谷川が言うようにトランス状態での体験だろうが、ふつうの人の臨死体験を技術化したものだと見なすこともできる。しかし、あまりに劇画化されていて、妄想や夢と言っても差し支えない内容にも見える。はっきりしているのは、他界がこの世の複写であるということだ。

 八重山の仮面行事「あんがま」は、「現世の延長としての他界の存在」をよく示している。

宮古島では元日の朝はやく、女や子どもたちが長寿の老人を礼拝にいく習慣があった。これを「年頭(にんつう)拝み」と言った。老人は盆にのせた塩をひとつまみずつとって、礼拝にきた者の口に入れてやり祝福する。この塩を黄金塩(くがにまーす)と言った。

 喜界島でも、老人は神と呼ばれた。


4.他界の変遷

 宮古島でニィリャ、ニッジャは「地底にある暗い他界」。ニイラ島の対句はアロウ島。加計呂麻島もアロウ島と呼ばれた。「新城島ももとはアロウスク(ニーラスクに対して)であったと私は思っている」。

また八重山では人間は死んだらサフの島にいくと信じられている。サフの島といえば石の島のことで、黒島の対語でもある。死人はその島の海岸の岩についた海藻などを取って食べるという。
以上のことから分かることは死者のいくアロウ島もサフ島も生者の世界から近いところにあり、奄美の場合はカケロマ島、八重山では新城島や黒島が想定されたと思われることである。次に、共通して言えることは死者の島が荒涼としていて、けっして明るくないということである。
 他界観念が進展すると、生者の世界の近くにあった死者の国はさらに遠く、海の彼方へと美化されて投影される。青の島や宮古島のニィリャ、ニッジャが第一次的な他界とすれば、沖縄本島のニライカナイや八重山のニーラスクは二次的な他界である。

 仮にこれらの島がそのような性格を持つとすれば、それは地上の他界のバリエーションである。したがって、段階は三つある。

 第一次 宮古島のニィリャ、ニッジャ(地下)
 第二次 「青の島」や加計呂麻島、新城島、黒島(地先の島)
 第三次 沖縄本島のニライカナイや八重山のニーラスク(海上他界)

 第一次から第二次への転化は、霊魂思考に霊力思考が混融したことを示し、第二次から第三次の転化は、再生信仰の消滅に対応する。しかし、このことと、地先の島が葬地とされたこととは、別の次元で考えなければならない面を持っている。埋められない埋葬として地先の島が選択された可能性があるからだ。また、「青の島」は色彩を意味しないことについては以前、触れた(cf.「青の島は、間を置いた島」)。


4.再生

 私が金久正から聞いた話であるが、奄美大島では生後一年たった子どもを「ユノリがあった」という。「ユノリ」は世直りのことである。世直りというのはこの場合、あの世からこの世に直ることを意味する。九州から南では「直る」といえば移ることである。逆にいえば生まれて一年たたないあいだは、まだ確実にはこの世に生まれがえりがないと考えられていた。生まれるということが再生にほかならぬことをこのようにはっきりと示すことばはない。

 琉球弧の再生信仰をはっきりと語るものはなかなか見つからない。金久正のいう「ユノリ」はその痕跡かもしれない。


5.トーテム

奄美大島では生まれたばかりの赤ん坊の額に蟹を這わせて祝福したり、また小蟹のスープを作って飲ませる習慣があった。南島では人間の出生も蟹の脱皮もともにスデルと呼ばれている。そういうことで蟹にあやかろうとしたのである。

 蛇、蟹、アマム。脱皮の系譜。神女(ノロ)がハブをよく制すること、神女(ノロ)たちがハブを手に乗せて輪をつくったなかでまわす儀礼については前にも触れた(cf.「脱皮論 メモ」)。この戯れはトーテムの残滓を意味するだろうか。

 宮古島。「ヤドカリは神の下等な使いとされていた(p.165)」。「サメ(南島ではサバ)やイルカ(南島ではヒート)、海亀やジュゴン(南島ではザン)はニライカナイの使者とみなされている(p.220)」。

 南島ではサバ(サメ)の背に乗せられて溺死をまぬかれたおいう伝承をもつ家があちこちにのこっている。八重山群島の黒島に伝えられる多良間真牛の話や、宮古の統一者の中曽根豊見親玄雅の話はとりわけ有名で、両家の子孫は今もってサバの肉を食べたい。知らずに食べたとしても蕁麻疹ができたりする、という話を私は聞いた。興味深いのは中曽根豊見親玄雅が首里の中山王府に伺候しての帰途に船が難破したが、そのとき、大きなサバが自分の背に乗せて、彼の生まれた宮古島まではこんでくれた。そこで沖縄の支書の『球陽』は彼のことを「鯖粗氏玄雅」と記している。それはサバを先祖とする玄雅という意味である(p.224)。
 サバや亀の肉を食べないというのは、サバや亀が海神の使者もしくは乗物というためであろうか。むしろそれらの動物を自分たちの先祖とみなしているためではなかろうか。

 これは谷川の言うとおり、サバや亀もトーテムとされたことを意味すると思える。

 サメ、イルカ、ジュゴン、海蛇などの動物はすべて海神の使者と考えられたが、それは後代のことで、もともと、海の主または海霊であったと考えられる。そしてこれらの動物たちを自分の先祖とすることによって、それらと合体し、または並々ならぬ親縁関係を保ってきたのが古代人であった。それら動物と人間の結合は、現世の人間と常世の動物との結合を意味するものでもあった。

 トーテムは身をやつすと神の使者になる。ヤドカリが「神の下等な使い」と見なされるのもそう。だが、その言われようは寂しい。


『民俗の思想―常民の世界観と死生観』

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