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2015/02/03

『脳の発見―脳の中の小宇宙』

 角田忠信は、聴覚と脳の働きを調べるうちに面白い発見をした(『脳の発見―脳の中の小宇宙』)。母音について日本人は左半球優位で受容しているのに対し、西欧人では右半球優位で受容していることだ。タやチなど、子音+母音は左半球で聞いていることには変わりはない。

 どうしてこういう差異が生まれるのか。

 日本語の母音が他の言葉と比べて変わった点を調べてみると、「/ア//イ//ウ//エ//オ/それぞれに意味がある。すなわち、/あ/啞、/い/胃、意、医・・・、/う/卯、鵜、/え/絵、餌、/お/尾、男、などがあげられる」。

 母音だけでも意味を形成する。その日本語の話し言葉の特徴が、母音そのものも言語脳である左半球で受容する原因なのではないか。

 母音の使い方が日本語と似ている言語にはポリネシア語があり、「アア」「アイ」「アウ」「アエ」「アオ」などの母音の組み合わせには例外なく意味がある。

 調べてみると果たしてその通りで、日本語と「トンガと東サモア、マオリ族の一部」のように、ポリネシア語圏は、母音も左半球で受容していた。そしてそれだけでなく、日本語とポリネシア語圏のみが該当し、西欧に限らず、東アジアも母音は右半球で受容していることが分かったという。

 発見はまだあった。夏の終わり、こおろぎの鳴き声が美しく聞こえていた。そのまま研究に入ると、どうしたわけか構想がまとまらない。こおろぎの音が耳について気になってしまうのだ。まさかと思いつつ、こおろぎの音を録音して実験してみると、こおろぎの音も言葉や母音と同じように左半球優位で受容していたのだ。

そういう音を数十種類作って厳密に比較してみると、日本語型と西欧語型ではっきりした差が出てきたのである。つまり日本語型では、母音や子音-母音だけではなく右耳優位の音の中に、感情音、素人のハミング、虫の音、鳥の声、牛や猫の啼き声、自然界の小川のせせらぎ、風、波、雨の音、もっと驚いたことには、伝統的な邦楽器の音まで言葉と同じように左半球優位であることがわかったのである。

 いとをかしなことだと思う。古代日本において自然現象も神とされたとき、彼らは風や木の葉の揺らぎも言葉として聞いていた可能性があるということだ。

 角田によれば、これは遺伝の問題ではなく九歳以下の言語環境の違いによるとされている。

 さて、琉球語の場合、どうだろう。琉球人の場合、結果は日本人と同じにはならないかもしれない。というのも、琉球語で、母音だけで意味をなす語がなかなか思いつかないのだ。角田が挙げている日本語の例では、意、医、卯などは漢字という表意文字があって意味が用意になる例だ。長く話し言葉しか持たなかった琉球語では、こうではないかもしれない。こう疑問を持つのは、日本語とポリネシア語圏のあいだのオーストロネシア語族の展開した南太平洋にも例が見出せていないことにも関わる。言い換えれば、日本においても漢字を導入して以降、この特徴が顕著になったのではないだろうか。

 吉本隆明は、もっと深い場所に根拠を求めている。

 なぜ母音の波の響きを旧日本語族やポリネシア語族は左脳(言語脳)優位の側で聴き(このことは母音を言語に近い素因として聴いていることを意味している)、それ以外の語族では右脳(非言語脳)優位の側で聴いているのか? 角田忠信は、旧日本語族やポリネシア語族では、母音がそのまま意味のある言語になっているために、この母音の言語化の現象が起きたと推定している。わたしたちはこの推定をもうすこしおしすすめることができる。旧日本語族やポリネシア語族では、自然現象、たとえば山や河や風の音や水の流れの音などを、すべて擬人(神)化して固有名をつけて呼ぶことができる素因があり、また自然現象の音を言葉として聴く習俗のなかにあったことが、母音の波の拡がりを言語野に近いイメージにしている根拠のようなおもえてくる。(『母型論』

 つまり、母音の受容の仕方より、自然現象の音の受容の仕方のほうが深い。こう捉えれば、琉球と日本との差異は、時間的なものに置き換えることができる。角田の発見でいえば、母音の受容より、コオロギの音に気づいたことが、最大の発見だったのかもしれない。


『母型論』


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