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2015/02/28

シャーマニズムにおける霊力思考と霊魂思考

 『シャーマンの世界』では、シャーマン的モチーフとしてオーストラリアのアルンダ(アランタ族)が取り上げられている。

 オーストラリアのアボリジニーのなかには、シベリアと同様、霊によってシャーマンがイニシエーションの時に肉体を解体される部族がある。霊がシャーマンを殺し、身体を開いて体内に水晶などの力のある物体を入れるのである。

 オーストラリアでは、病気や死は、モノが体内に入ることによるとされる。だから、本文中にはシャーマンとあるが、呪術師のイニシエーションは、死と再生の象徴になる。

 『シャーマニズム』では、生まれながらのシャーマンが見る夢が書かれている。

 幼少期には、非凡な才能を示す。見えないものを見て、未来をあてる。青春期には、激しく苦しい試練を経験する。錯乱状態になり、森に逃走する。典型的な夢を見る。それは、チュルク系民族の場合、鍋のなかでゆでられ、見知らぬ人びとに刻まれ、体のなかに「余分な骨」がないかを探られる夢である。骨がみつけかると、それは夢を見ている人にシャーマンの能力があることを意味する。

 生まれながらのシャーマンが見る夢に現われる「余分な骨」は、アルンダ族のイニシエーションにおける「水晶」と同じだ。ここには、霊力思考における病気や死の技術化が呪術師の力であることが示されるとともに、霊魂思考が優位のシャーマンにおいて、潜在化された、あるいは痕跡として残された霊力思考を見ることができる。

 佐藤正衛は『北アジアの文化の力』のなかで、北アジアの人々の動物に対する信仰について書いている。

 人々は仕留めた猟銃から、心臓や肺臓などの内臓を頭のついた全身の皮と一緒に一続きのまま取り出し、それを杭や木に懸けて祀り、動物の霊をなぐさめた。また、骨を損なわないように慎重に扱い、台の上や樹の上に安置した。内臓はそこに魂あるいは魂の力が潜んでいるとひろく信じられ、動物のもっとも主要な部分と考えられた。骨は、それが残っている限り何か不思議な仕方で生命が続いていると観念され、再生能力が託されたのである。

 連想を誘われるのは、人間が再生すると考える種族もあった南太平洋における樹上葬や台上葬において、骨は全身が保存されるか、一部の骨が砕かれることがあるが、霊力思考における「骨」は再生の根拠であり、霊魂思考における「骨」は、霊魂が守護神化する根拠であるということだ。

 狩猟時の野獣屠殺儀礼に見られるこの「再生」の思想は、(中略)供犠祭における家畜屠殺の儀礼にも反映されれば、シャマニズムのほかのさまざまな表象や観念のなかにも現われる。たとえば、動物母が鳥のばあい、鳥は鳥でもしばしば鉄の翼や鉄製の嘴をもつといい伝えられるのは、おそらく骨と同様長いあいだ朽ちることのない金属に再生の思いが込められたのであろう。また、シャマンの儀礼装束で、上衣や長靴に骨や金属で骨を象った飾りをつけたのも、補助霊がすみやかに象られた動物となって現われる(つまり再生する)ことを期待したのだろう。これらの例は動物に関する再生の表象であるが、北アジアの諸民族の間ではシャマンのもまた再生すると信じられた。

 ぼくが関心を惹かれるのは、動物やシャーマンはなぜ樹上葬をし、人々はすでに埋葬や他の葬法を取るのか、ということだ。これは、人々の生業が農耕や牧畜を行なうようになって埋葬その他の葬法になり、樹上葬を離れた後に、動物やシャーマンに古形態が残されたのではないか、ということだ。

 北アジアでは、天空尊崇の思考が発達し、天神(高神)の観念を生みだしている。

 天神はかつて天そのものを意味したのであった。だが、ハルヴァによれば、それ以後に生じたそれ自体の変化と外来文化の影響によって、天はより細かく定められた相貌を身につけるにしたがい、人間の姿に近づき、やがてその住居とか助手などという観念が付け加わることになった。こうして天神は天の特定の層に住み、名前をもつ存在として思い描かれるおうになったのである。

 この、高神の擬人化は、天の他界化とも同期しているのではないだろうか。天界はきわめて現世的だ。ここでは、死は生からの移行であり、そこに地下他界のような断絶の契機は当初、なかったに違いない。そこで、シャーマンの樹上葬は、天界とも結びつけられ、もともと持っていた再生の信仰も、痕跡となりながら(シャマンは再生しうる)、天と結びつけられるようになった。そう考えると、南太平洋の習俗とのつながりを見いだせる。

 こうして見てくると、シャーマニズムのなかにも、霊力思考は伏在している。「脱魂」と「憑霊」の技術者は、ともに霊力思考と霊魂思考をもとにしており、両者の違いは霊魂思考の強度であると見なすことができる。


『シャーマンの世界』

『シャーマニズム』

『北アジアの文化の力―天と地をむすぶ偉大な世界観のもとで』

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