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2015/02/26

丹羽佑一の「縄文人の他界観念」

 丹羽佑一の論文から、縄文人の他界観に接近してみる。とても面白いのだが、意味を辿りきれない個所があり、理解が不完全なので、分かる範囲で取り扱うことにする。

 1.岩手県西田遺跡(縄文時代中期中葉)

 環状集落。中心から、墓抗群、長方形柱穴群、貯蔵穴群、竪穴住居群が、同心円状に配置されている。墓抗群、長方形柱穴群は環状に展開するが、住居と貯蔵穴は、北側に偏在する。

 集落は、婚姻する二集団で構成される。墓抗群の構成は、住居群の構成と同じ。

墓抗群の死者達の生前の住居に環状集落群を仮定すると、西田遺跡の死者は生前と全く同じ諸関係を保持しているということになる。(「縄文人の他界観(中期編)」「人類史研究」)

 ただし、隣接する墓抗には二つのタイプがある。

 1)男女(夫婦と想定される)
 2)同性同士(同一集団と想定される)

 西田遺跡の生者たちは死に際して諸関係を再編された。「死を契機に夫婦は分解され、性と出自関係があらためて付与されたのである」(「他界観念」『心と信仰―宗教的観念と社会秩序』)。

 と丹羽は書くのだが、それなら、夫婦と見なされる男女の対はどうなるのだろう。ここが分からないことのひとつ。同一出自集団内の婚姻を意味するのだろうか。

 他に興味深いのは、「長方形柱穴」のこと。

 長方形柱穴列は、分布上、構築変遷上隣接する2基の墓抗単位と密接な関係をもつこと、多くに棟持柱が認められることから葬送儀礼に関する建物である。しかも空間の時間構成から初期段階の葬送儀礼が執行された施設と考えられる。死者は埋葬される前に長方形柱穴列に安置された。またその建物の規模を考慮すると、生前生活を共にした住居構成員が一定期間同居したことが想定される。長方形柱穴列は民俗でいう喪屋の一種である(「縄文人の他界観(中期編)」(「人類史研究」)。

 丹羽の仮説を踏まえてみる。環状集落で墓地は住居の内側に配置されているので、死穢の観念は発生していない。長方形柱穴列が喪屋だとすれば、霊力思考もまだ強く残っている。この段階での他界は生からの移行であり、死者は生者とともにいると観念されていた。あるいは、トロブリアンド諸島も墓を囲む環状集落だったことを踏まえると、生と死のひとつながりは失われておらず、死者は再生するという観念も残っていたかもしれない。

 集落は、父系あるいは母系で構成されていた。

 2.千葉県草刈遺跡(縄文時代中期後半)

 環状集落。70m×50mほどの楕円形の広場を囲んで住居が分布。墓群は住居に隣接した「廃屋墓」と「広場外縁墓抗」で、「廃屋墓」に集中する。「廃屋墓」は、同一出自の男性、女性で基本的には振り分けられている。それに該当しない人が「広場外縁墓抗」に割り当てられたと考えられる。

これにより死者は出自集団でもある男集団と、出自集団でもある女集団に編成されていたことが知られるのである。また死者のこの集団間の関係には、1住居構成員間に想定される生前の夫婦の関係が付随するが、その所在は1住居構成員間から住居小群間に置換されていることが知られる。1住居構成員の関係が住居小群(構成員)間で展開する。死者には新たな住居群(社会)が用意されたと考えられる(「他界観念」『心と信仰―宗教的観念と社会秩序 (縄文時代の考古学)』)。

 環状集落に広場が出現しているが、墓はその広場の中心にあるのではなく、住居群に混じり、あるいは広場外縁に位置している。これは、死者が生者と区分される移行期に当たると思えるが、依然として死穢の観念はなく、生者は死者とともにある。また、婚姻対象者の拡大も想定できる。

 読み取りきれない個所については、丹羽さん本人に聞いてみたいものだ。


cf.「縄文人の他界観(中期編)」(「人類史研究」)、「国府遺跡における縄文前期人の他界観 」(「文化財学論集」)

『心と信仰―宗教的観念と社会秩序 (縄文時代の考古学)』

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