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2015/01/21

『シャーマニズムの精神人類学』

 ロジャー・N・ ウォルシュ(『「シャーマニズムの精神人類学」―癒しと超越のテクノロジー』)によるシャーマニズムの定義。

 シャーマニズムとは、実践者が自らの意志で編成意識状態に入り、その状態において、自らもしくは自らの霊魂が自在に異界を旅し、別の存在と交流を交わすことで共同体に奉仕することに焦点を合わせた伝統の一系譜である。

 シャーマンとはエクスタシー状態に入る者。エクスタシーとは至福というより、「人間が自己あるいは通常の状態から放り出され、強烈ないし高揚した状態に入る」感覚。

 シャーマン的エクスタシーに見られる特徴は、「魂の遊行」、「異界への旅」、「体外離脱体験」。

シャーマン的実践が世界のほとんどの場所に認められたとしても、それらは主に簡素な移動型狩猟採集社会といった特殊なタイプの社会にだけ見られるものである。こうした人々は農業に頼ることはほとんどなく、社会的階級や政治的組織をほとんどもっていない。そうした部族のなかで、シャーマンが、聖と俗の多くの役割を演じている。
 社会が進化し、無階級から社会政治的階級と社会が変化すると、それまでのシャーマニズムは消え去ってゆくようである。

 古来のシャーマニズムは、複雑な社会ではほとんど姿を消すが、彼らが持っていた役割や技術の大半はさまざまな専門家によって保持されている。だが、「異界への旅」は例外。「この旅が、なぜほとんど消え去らねばならなかったのかは謎である」。

 この謎にぼくたちが答えるとしたら、「異界への旅」とは自己幻想と共同幻想の融合を指している。それは、自己幻想と共同幻想が分化している段階では可能になるが、分離してしまえば不可能になる、ということだ。

 脱魂の技術は、霊魂思考が発生したところで生まれる。病や死が霊魂の身体からの遊離という霊魂思考を、自覚的な技術にしたのが脱魂だ。ここで、霊魂思考が発生した場とは、シベリア、南北アメリカ、東南オーストラリアだった。

 ウォルシュは、脱魂を、それと似た自然発生的な体験と比較している。

 「体外離脱体験」。体外離脱体験をした人びとは、シャーマンのそれとよく似た旅を報告している。彼らは思いのままに世界をめぐったり、異界へ行ったりする。さまざまな霊に会い、あらゆる種類の貴重な情報を得たと感じる。「こうした体験がはじめは自然発生的に起こったものだとしても、後に自由にコントロールできるようになるという事実は、シャーマンの旅が、ひとつにはこのような形で人類の歴史を通して何度も学習されてきた可能性を示唆する」。

 「臨死体験」。シャーマンの旅と臨死体験には、重要な相違点もある。それは臨死者は、その体験を少ししかコントロールできない。

 「夢の旅」と「覚醒夢」。覚醒夢は夢を見ている人が、それが夢であることに気づいている状態。シャーマンと同様に、夢をコントロールできる。チベットのヨーガにおいてもっとも発達している。

 トランス状態の定義。注意の集中とそれに伴う周囲の状況への注意力の減弱。


 この本は、ジャーマニズム考察に補助線を与えてくる。

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