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2015/01/18

タイラ-の生気説(アニミズム)

 タイラーの『原始文化―神話・哲学・宗教・言語・芸能・風習に関する研究』。1871年、産業革命の頃の論考だ。

 タイラーは、「霊的存在者を信ずることを、生気説」としている。この「生気説」がアニミズムだ。

古代の未開な哲学者は、人には生命と影形との二つがある、という明らかな推測を下だして、第一歩を進めたであろう。これら二つは身体と密接に関係して、生命は身体をして感じ思い行わしめ、影像は身体の像あるいは第二我である。

 ぼくたちの文脈からいえば、「生命は身体をして感じ思い行わしめ」るのは「霊力」で、「影像は身体の像あるいは第二我」は「霊魂」であるということになる。タイラーのアニミズムにはこの二重性があったわけだ。

未開人の第二我は、生命と形像とを単に結合する。生命と影像とが身体に属するから、これらは互いに所属し合って、同一の霊魂の表現であるという。

 ここでは、「霊魂」観念に、「霊力」観念の混入が見られる。

霊魂は実体ない人像であって、その性質は蒸気・薄い膜・影の一種である。これら、個人の生命と思惟と思想との原因を生ずる。身体を有する者の意識と意志とを、過去あるいは現在において有する身体から抜け出して、ここかしこと速やかに飛びまわる。捕えられず、見えないが、物質力を現わし、身体の々姿の幽霊となって、覚醒する人や夢中の人に現れる。

 ここでも、「物質力を現わし、身体の々姿の幽霊となって」という個所は、霊魂思考に霊力思考が関与したことを示している。タイラーはこの後、「呼吸作用」もアニミズムのなかに加えているが、これも霊力思考によるものだ。

 タイラーの弟子マレットは、メラネシアでは、精霊や霊魂に宿りなかば人格的でなかば非人格的な力を示す「マナ」と呼ばれるものが、初歩的宗教の本質にもっとも近いと考えた。そしてタイラーのアニミズムに対して、より高度な霊魂的アニミズムと、より生命的ないし生気化の性質をもつアニミズムとを区別し、生命的ないし生気化の性質をもつアニミズムをプレアニミズム(アニマテイズム)と呼んだ。

 ぼくたちの文脈では、霊魂と霊力とは本質的には新旧を競うものではなく、野生の思考における霊性の二つの観方を示す。これが二つの側面と捉えられなかったのは、より霊魂思考を展開した種族とより霊力思考を展開した種族とが、分かれており、また、観察した時点で、混融した思考を持つ種族に出会ったためだ。


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