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2015/01/31

『ド・カモ―メラネシア世界の人格と神話』

 『ド・カモ』ではニューカレドニアについて詳細な報告がなされているので、本書に当たる前に、棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態』の整理を踏まえておきたい。

 ニューカレドニア本島北のベレプ諸島。

 他界

 ・霊魂は死によて滅びず、若干期間は存続する。
 ・死霊は富んだ美しい国に行く。ポット島北東海底にあり、Tsiabiloumと呼ばれる。その国に行くには、ポット島の岩上に住むKiemouaという恐ろしい神に追われなければならない。この神は霊魂を網で捕え、怒りを爆発させてから放す。そして霊魂はあの世へ行く。
 ・あの世はよい国で、作物は豊かで、野生のオレンジがなる森があり、死霊は金のオレンジで遊ぶ。
 ・あの世は夜もなく眠りもない。悲しみも病気も老衰も倦怠もない。しかし、死霊があの世で暮らすのは夜だけで、夜明けとともにこの世に帰り、墓に住み、日が暮れると海底のあの世に行く。

 葬法

 ・聖域に掘った浅い墓穴に頭を上にして坐位で埋葬。あとで頭蓋を取るために頭だけ地上に出しておくこともある。
 ・死者の親族は悲嘆し、自分の耳を引き裂き、頭や胸に大火傷をつくる。
 ・死者の家、網などの道具を焼却し、畑を荒らし、ココヤシを切り倒す。
 ・墓掘り人は穢れだるとして隔離される。食べ物も口で食べるか箸を使う。指で食べてはいけない。彼らは尊敬される。
 ・服喪期間には擬戦を行う。最後には両者が一体となり踊る。
 ・死後一年ほどすると、頭蓋を取り、各家族の墓地の地上に並べる。祖先崇拝。
 ・病気の者を治す際は、家族の一人が甘藷の葉を携えて聖域に行き、頭蓋に供える。同じものを父、祖父の木に供えてから、息を吹きかけて治そうとする。
 ・漁の成功、ヤム芋の不作の心配のときも頭蓋に祈る。

 ニューカレドニア本島南部。

 ・死者に帯と貝製の腕輪をさせ、爪を切って、遺品として保存する。
 ・首だけは出して埋葬。十日経つと、首をねじ切って歯を抜き保存する。頭蓋も保存する。
 ・病気や災害の時は、死者の頭蓋に食べ物を供える。
 ・彼らの神々は彼らの祖先であって、その遺品を保存し、偶像崇拝する。
 ・死者は白人に化現するという信仰もある。

 ニューカレドニア本島南のパイン島。

 ・古俗では、洞穴を墓にした。

 上記のように資料としては貧弱なものだ。これで分かるのは、霊魂思考が強く、祖先崇拝の観念を生んでいる。ただ、ポット島の存在には霊力思考の混融もみられる。そんなところだった。

 『ド・カモ―メラネシア世界の人格と神話』で、どんな視野が得られるか。

 ニューカレドニアでは、人に意見を聞くときに、「あなたの腹は何ですか?」と言う。「落胆している」は「はらわたが苦しんでいる」、「ためらっている」は「はらわたが脇に寄っている」となる。著者のモーレス・レーナルトによれば、「腹は内部に思惟の座を納めている」。「思惟は、ひとつの対象、与件、着想、啓示として、このような内臓という容器の中にあるのが感じられる発見物、籠のような形に編みあげられた線維の容器の中に認められた発見物なのである」。

 これは、言語としては内臓から生まれる霊力思考として捉えることができる。それはやがて言語の自己表出として結実していくものだ。琉球弧では、これは肝(キム、チム)に当たる。宮城正勝(猫々だより)が挙げている例でいえば、「可哀想だ」は、「肝・苦しい」であり、「心映えが美しい」は「肝・美しい」、「心を和らげる」は「肝・直す」になる。もちろん、これは琉球語を標準語に翻訳した場合の表記だ。

われわれがそういう状態を形容詞や述語を用いて言い表わすのに対して、ニューカレドニアの人々は、内臓自体がそういう状態にあるものとしてとらえ、彼らの言語で状態を表わす動詞にあたる言いまわしで表現する。

 「彼らは自分と植物界とのあいだに構造と実質の同一性を認める」。ある老人が息子が白人の重労働に駆り出されるには若すぎるといって憲兵に抗弁した時、息子の腕を触って「この腕を見てくれ、これは水だ」という。「これは比喩ではない」。子供の腕ははじめみずみずしく、そしてだんだん筋ばって固くなる樹木の若枝と同じものだ。クル病の子供もことを「この子は黄色く生えてくる」というが、これは若枝は樹液が不足すれば黄色くなり、枯れてしまうからだ。ココ椰子の油を体に塗って、輝くように見事にお洒落をした若者に、娘たちは「水が、樹液が肌の下に透けて見える」といってほめる。これも比喩なのではない。

先の老人と同様に、彼女たちは樹木の芽と人間の体の線維が同じ若々しい樹液をいっぱに含んでいると本当に思っているのである。

 これは琉球弧において、ユタが瀕死の重病人を前に行う悪霊払いの呪詞のなかでやはり比喩を使うのと同じだと思える。聞こえていれば、病人は、比喩ではなく、自分の病のこととして聞いたはずだ(c.f「沖永良部島の呪詞「アカトゥキヌタチラ」)。

 樹木自身も、人間にかかわる。

若者が森に分け入って、大木もなかから自分の祖先である樹木と、同じ種ではあるがそうではない樹木とを見分けるという物語はたくさんある。樹の幹に斧を打ちこんでみて、斧が立たないと、「これは私の父でもないし母でもない」という。
 そうしてまた進んでいって、よく似た樹木を見つけると、彼は斧を振って投げつける。今度は斧が刺さる。すると樹の中から人の声が聞こえてくる。
「私の弟かい」
「はい。私はあなたを呼びにきました。私の家になってほしいのです」。

 人間の植物化と植物の人間化だ。

 カナク人が用いる神話的言葉遣いのリアリティを補完する人間形態論というものは存在しない。そしてこの人間形態論の欠如にこそ、哲学者たちが未開心性の諸特性として提示した諸事情mすなわち、人と物との隔たりの欠如、対象と主体の密着、そして二つの次元しか認められない世界のなかで起こる一切の融即といったことの深い理由がひそんでいるのである。実際、メラネシア人の方が樹木を見出すのではなく、樹木の方が彼らに対して姿を現わすのだということを想像してみなければならない。どんな認識の始まりにおいても、対象にそういうことが起こる。人間が自然に包まれて生活し、未だに自然から自分を分化していない場合、彼らは自然のなかに自らを押し広げていくのではなくて、反対に自然によって侵され、それをとおして自らを知るのである。彼らは人間形態論的な見方をもっているのではなく、その反対に彼我を区別しない見方をとるのである。そのために、彼らは世界から自己自身を区別することなど思いつきもせずに、世界のひとつひとつの表象に世界全体を包括して認識するのである。いってみれば、これは「宇宙形態論的」とでもいうべき見方である。

 これは同時に、自己幻想が共同幻想から分離されていないことを意味している。

 ここまでのところでも、棚瀬が依拠した1884年、1900年の西洋人の報告にはない印象を受ける。ニューカレドニアでも、霊力思考は根強くあるのではないかということだ。

 「彼らは世界から自己を分化しておらず、したがって自分の身体に関して完全な表象をもっていない」。

メラネシアでは、ひとは眠っているあいだに遠い村で盗みをはたらいたという非難を甘んじて受け、身の潔白を証明するアリバイを持ちだしたりせずに罰に服する。というのも彼らは、睡眠中に分身という不思議なやり方で自分が何をしでかしたか知らないからなのである。

 しでかした分身というのは霊魂で、身の潔白を主張しないのは忘れてしまった夢だから、ということになるのだろうか。言い換えれば、夢は頭のなかの行動ということではなく、実際の行動として表象されている。

 愉しいエピソードがある。著者が畑仕事をしている生徒たちの様子を見に行った時のこと。

彼らは座り込んでいて、そのかたわらで二匹の牛が鋤の上に鼻面を乗せて寝そべっていた。
「歩きたがらないので、その気になるのを待っているんです」と少年たちは説明した。
 彼らは少しも悪びれずに、自分たちの意欲と、二匹の牛、つまり人物(カモ)としての牛の意欲がうまく揃わなければ、牛に鋤をつなぐことはできないと本気で思いこんでそう言っているのである。

 これが人間の動物化と動物の人間化の相互関係の世界だ。

こういう少年に物語を語らせてみると、話のなかにはカモ(生きている者-引用者注)が登場する。カモは飛び、泳ぎ、地下に姿を消したりする。しかしそのつどどれが鳥であり、魚であり、故人であるとわざわざ断ったりはしない。語り手は、さまざまのお話にしたがって主人公の人物がとる姿を追いかけていくが、その人物は目に見える相は変えてもカモとしての身分は変えない。ちょうどいろいろな衣裳を取り揃えてもっている舞台の登場人物のように、絶えず変装を変え、変身していくのである。

 この心性のうえに仮面の来訪神の儀礼も成り立つと言える。生者と死者も同時に存在している。

ニューカレドニアの水夫は、ずっと以前に姿を消し、とっくに死んでしまったと思っていた親族の者がニューヘブリデスの桟橋の上にいるのを船から見つけた。彼は混乱してしまった。っこれはお化けだろうか。するとその人は彼に気づいて笑いかけた。そこで水夫は舷側から身を乗り出し、ひどく動揺して問いかけた。
「お前はカモ(生きた人)か、それとも神か」
 現地の慣習では、死んだと噂されていた人が帰ってきて村でもとの生活の場に戻るという場合を想定している。そういう場合の対処の仕方があるのである。それは、帰ってきた者が家の近くに姿を現わしたとき、その人に樹皮で作った布を巻きつけるというものである。そうして彼は生命の線維に包まれてクランに再び統合され、自分の家に入るのである。

 これは、「現地人が自分の身近にいる存在の真正性に関して、概して確信をもっていないということを最も如実に示している」。

この不確実さのために、メラネシア人では人に対して非常に控え目な態度をとる習慣があり、それが航海者たちをしばしば驚かせ、また呆れさせもしたのである。

 クック船長に同行した博物学者はこう書いた。「彼らはわれわれが踏査行に出かけるのにめったについてこなかった。たとえわれわれが彼らの小屋のそばを通りかかって話しかけたとしても、彼らは答えなかった。しかしわれわれが彼らに言葉をかけずに道を急いでも、彼らはわれわれに関心を払わないのである」。

 著者は断りを入れている。

 これはニューカレドニアの人々が、横着であったとか無関心であったとかいうことではまったくない。そうではなくて、これは何もない地平線の向こうから来た人間たちの信じられない訪問を受けて、すべからく慎重に出方を待とうとする態度なのである。この連中は果たして本当の人間なのだろうか。ニューカレドニア島民は、彼らが真正の人間ではないことを疑わなかった。見かけは人間でも、彼らはその人々にカモという名を与えるのを拒んだのである。これは一世紀半も前のことである。ところが今日でも、たとえばヌメアの町の雑貨店に入っていくニューカレドニアの人々に何を買いに行くのかと現地語でたずねてみれば、彼はカラ・バオを買いにいく、つまり「神の皮」を買いにいくと答えるだろう。「神の皮」とは、クック船長の時代以来西洋式の衣服の名前として残っているのである。

 クック船長に対する島人の態度は身に覚えがあるというべきだ。島人の極度の人見しりがそれだ。吉本隆明は『心的現象論本論』のなかで書いている。

 わたしたちの日本でも同じ習慣と態度に出会う。日本人の気質であるかのようにみえる「ひと見しり」、そして外来者にたいする内気で卑屈ともみえる怖れの気分、またそうでなければ「まれびと」を外来神のように説話化する習俗などは『ド・カモ』に記されたメラネシア人の態度や思い込みとまったくそっくりだといっていい。

 そこで来訪神は、死者であるとともに、その全く同じ意味の延長で、遠方から神の言葉や新技術を携えてやってきた人々を同時に指すことになる。それにしても島人の、あの極度の人見しりの淵源には、見ず知らずの人が、生者なのか死者なのか分からないというところに至るのは新鮮な発見だ。

 死者あるいは神化された故人はバオと呼ばれる。

 「屍と神のあいだには少しも隔たりがなく、その両者の観念は重なり合ってる。バオはその全部なのである」。バオと呼ばれる生者のいる。「不可思議な力をもった人々とか見慣れない人々、そして老人たちである」。メラネシア人は、孫、息子、父、祖父の四つしか記憶しない。もし曾祖父が生きている場合、ひ孫は曾祖父(に該当する言葉)で呼ばずに兄弟と呼ぶ。これは、対幻想の基盤から時間として疎外されていることを意味するもので、現在の琉球弧ではカジマヤー以降が該当している(cf.52.「長寿葬」)。また、「不可思議な力をもった人々」は、琉球弧では制度化され、神女、祝女と呼ばれた。

 バオは現実の生活を越えている。だからバオのおかげで生は永続するものとして考えられるのである。生は、人間においてはポジティヴであり、バオにおいてはネガティヴである。そしてバオはそれら両方の生に関与している。

 故人は死者ではない。彼らは役目を離れた状態、配属を解かれた状態なのである。死体が解体していく移行期間のあいだ中、彼はこの役目を離れた故人の状態にとどまる。しかしこれは仮のもので、故人は次に新しい役目につく。森のなかの岩山や樹の幹はそのための彼の場所になる。死とはネガティヴな生の状態、「すなわち別の形の在り方(エグジスタンス)として現われるのである」。

 これは霊魂思考における生と死がつながっているということの意味だ。霊力思考においては、生と死は再生という形でひとつなぎになる。

 モーリス・レーナルトは、この意味から自殺の多さについても説明している。マリノフスキーの報告によってトロブリアンド諸島でも確認できることだ(cf.「『バロマ ― トロブリアンド諸島の呪術と死霊信仰』」)。

 この死以降が生の別の存在形態であるという表象とは別にメラネシアでは、「神化された祖先」は冥界にいるという別の表象もある。著者はここに二つの文化を見ている。これは単純には、霊魂思考の初期と地下他界を持った以降の形態と考えられるが、どう考えられているのか。ここでのレーナルの議論は入り組んでいるので、整理して書いたおきたい。

 ニューカレドニアでは、頭蓋骨を保存するなどして祖先祭祀が目立って存在している。しかし、祖先祭祀が優勢であるというだけでは充分ではない。死体-神という観念のもとでは、生者と死者の空間は混在している。ピルという祭礼の最後は、ボリアの踊りが男女入り乱れて夜を徹して行われる。「われわは神々をまねてボリアを踊るのだ」と人々はいうが、これは「故人すなわち岩山にいる腐った脂肪の臭いのする存在たちとの別れのときを示している」。つまり、死者たちと踊っているということだ。

 これは山の祭祀に含まれると思うが、山の祭祀といっても、高山や巨峰ではない。「山の祭祀は、泉があり、耕地があり、雨風をしのぐところがあり、死者と生者がいる居住地を構成する一切のものを包括している」。これは祖先祭祀とは区別されなければならない。「祖先の祭祀は故人と生者の世界がもっとはっきりと区別されていることを必要とする。そのためには死体を特異なものとなし、それによって一気に人間と死者のあいだの距離を確立するする必要があるのである」。この距離が、地下の他界の冥界だ。

 レーナルトは、目下の関心事にとって重要なことを言っているとおもえる。頭蓋崇拝と地下他界はそのまま祖先崇拝になるわけではない。頭蓋崇拝を行う地下他界を持つ種族のうち、祖先崇拝まで至った種族がいるということだ。けれども、「山の祭祀」と「祖先祭祀」という対照軸は、その違いをよく浮き立たせている。それは死者との距離だ。「死体を特異なものとなし、それによって一気に人間と死者のあいだの距離を確立するする必要がある」とレーナルトは書くが、ここで「死体を特異なものとみなし」というのは頭蓋骨の保存のことを指すだろう。

 初期の霊魂思考では、生と死はつながっていた。ところが、死体を特異なものとみなして、人間と死者の距離を一気に確立したことで、祖先祭祀は起こっているとレーナルトは考えていると思える。ここで、レーナルトの文脈を離れるが、ぼくたちには「死体を特異」なものとしたというのが、穀母の殺害を契機にするのではないかとみなすとどうだろう。頭蓋崇拝や他に挙げている食人の例よりも、「死体の特異化」は、人間の殺害による食物への転生という契機こそふさわしいのではないだろうか。

 あるいはこうだ。後藤明は『南島の神話』のなかで、ハイヌウェレ神話以外に、マレー・インドネシア世界の一部からオセアニアにかけて、「男性の頭蓋骨や男根から作物が生じる話は際立っている」としている(cf.「原ハイヌウェレ型神話」)。すると、頭蓋崇拝にいうこの頭蓋骨そのものが、ハイヌウェレの殺害された女性身体と同じ意味を持つのではないか。そう考えれば、レーナルの例は、食人を除けば、頭蓋保存がそれを示すということができる。

 こうしてレーナルトはニューカレドニアに三つの文化層をみている。ひとつは地下他界。もうひとつは祖先祭祀。両者はレーナルによれば「死体の特異化」を必要とする。三つ目は、「空間は最小限まで縮小され、死体は特別扱いされず、人は山をも含めた居住地、すなわち死者が住み、樹々があり、泉があり、そして家々と家庭がある居住地に対して祈り、呼びかける。彼らは、自分のものであるこの世界に包まれて、不分明なままに生きている」。そこでは生命こそが同一性のリアリティである。

 たとえば、ヤムイモがそうだ。

子供の抱き上げ方を見て、女の心遣いのこまやかさを判断するのと同じように、ヤムイモを手に取る時のやり方を見て、その人物の品格や如才なさを判断するのである。(中略)  なぜならヤムイモは人間的なものだからである。それは祖先が拡散したような状態で溶け込んでいる土地のなかに生れてくるものだから、祖先の肉なのである。初物の祭りのときは、ヤムイモは人間を飾るように、特別の帽子と貝の装身具と呪術的な植物で飾られる。

 カナク人が植物に同一化する例はこの他にもある。「たとえば胎盤を埋めた穴に命の木を植えるという慣習が大変広く見られることが知られている。その木は男が生きているあいだは花をつけるが、彼が死ぬと木も枯れてしまう」。

 子供を生む女と作物を生む土地のあだいの構造的な同一性はおなじみだが、見直してみる必要がある。レーナルトが言うのはこういうことだ。

 畑の豊饒化の儀式ではクニというある種の葉を束にして畑に埋める。その束を準備するための場所はその地方に一か所しかない。それはとかげが結婚するためにその地方にやってきて住みついた場所である。その住所は聖なる岩場のなかにある。このとかげの住所の石に、木の葉の束をしばらくのあいだ接触させておく。こうして効力をつけてから束を耕地に持ってくる。

 実はとかげはトーテムであり、クニの樹の実もトーテムである。「畑においては、とかげは男を表象し葉は女を表象する。したがって男も、女と同様に植物の増殖においてすべきことがあるのである。

 穀物の生成に男女の役割が想定されているのは、「子供を生む女と作物を生む土地のあだいの構造的な同一性」を見出す思考から、女性が殺害されるハイヌウェレの神話のあとにくる思考だと思える。

 しかし驚いたのは、この段階で、メラネシア人には「生命の継承における男の本質的な役割を知らない」とされていることだ。穀物の成長に男女の役割が重視されるということは、当然、成功による妊娠という認識が基になっていると考えてきたが、そうではない可能性もあることになる。つまり、「生命の継承における男の本質的な役割を知らない」段階にあっても、農耕祭儀において男女神が設定される可能性があるということだ。

夫は生殖を行なう者ではなく、強化する者なのである。夫が行なう強化はとても重要なもので、現地人はそれを強調する。つまり彼らはその強化ということについて、ネオとよばれる聖なる場所が藪のなかにあってそこには子供の芽が生活しており、結婚した女は男に強化されることで、そういう場所を通りかかったときに子供の芽を受け取れる状態になるのだと推論するのである。

 この、「夫による強化」は、ニューギニアにおける精液原理とでもいうものを思い出させる。同じ思考の系列にあるものだとおもえる。夫は「擬娩」すら行なう。これは『未開家族の論理と心理』のなかで、マリノフスキーがトロブリアンドの例として紹介したものと同じだ。「男女は土地の豊饒性と自らとのあいだ、収穫物の実りと女の妊娠とのあいだに、新たな同一性を感じ取る」。

 もうひとつ驚いたのはニューカレドニアにもトーテミズムが存在することだ。これは棚瀬の報告にはなかった知見である。ただ、棚瀬の時点でも収集が不足していたように、著者にとっても、「メラネシアのトーテムはごく控えめな姿をとっている」と指摘されている。メラネシアはトーテムは解体過程にあるのだ。

 トーテムは物語のなかではまだ生きているが、すでに伝説上の怪物と化している。また、トーテムは神々と接触することでも解体する。

ところでこの神々というものに対応する表象は曖昧なので、それがトーテムの姿を借りて表現されるということが起こる。そういう地方では、神の名とトーテムの名と山の名が同じになっている。伝統が生きいきと保たれていて、祖先という新来のものに負けなかったという以外に、これは一体何を意味しているだろうか。

 ぼくたちはここで、トーテムの解体過程として、アマムのアマミキヨへの変身の仮説を思い出すが(cf.「人間ぬ始まいやアマンからどぅなてぃてゅんまぬい」)、メラネシアにおいてトーテミズムが解体過程にあることは、トロブリアンド等の例を除いて再生信仰がないことからも確認できる。

 オーストロ-メラネシア人のトーテミズムは、ピルの祭儀の多くの慣習ほどには重要ではなかったのではないかと疑ってみることもできる。しかし注意しなければならないのは、採集の時代に、女たちは食べられる植物の植わっている場所のそばに簡単な祭壇を祭っていたことである。その時代には棚状の耕地もなく祖先祭祀もなかった。それにトーテムを本質的なテーマとしてもつ伝承はもっとも古い伝承である。

 すると、レーナルトが挙げた文化層のうち、最古とみなしている生者と死者が混在している段階はどう捉えたらいいだろう。ぼくはそれを霊魂思考に当たるものと捉えた。しかしこの本の流れでは、レーナルトはトーテミズムの段階にそれを該当させていると思える。

 ただし、典型的なトーテミズムでは、死者は生者とともに踊るような身体的な形では捉えられず、いずれ人間として再生するものとして捉えられていた。そこでこれは、霊魂思考の強まりとともに再生信仰が崩れた後の形だとみなすことになる。だから、レーナルトの考えに添えば、ニューカレドニアには四つの文化層が認められるということだ。

 棚瀬の挙げていたペレプ諸島では、「死霊があの世で暮らすのは夜だけで、夜明けとともにこの世に帰り、墓に住み、日が暮れると海底のあの世に行く」という世界は、再生信仰が崩れた後に生れた、生と死がつながった世界へ死者の霊魂は昼間、戻っていたということだ。この例から分かるのは、地下他界での過ごし方のなかに、それまでの死者観が反映されることがあるということだ。

 一方、レーナルトのトーテミズムの指摘にはぼくにも内省をもたらす。ぼくはこれまで琉球弧では地下他界が痕跡のようにしか見出せないことから、霊魂思考優位の地下他界の種族がやってきた後に、霊力思考優位の台上葬種族がやってきて、海上他界へと変容したと考えてきた。が、これは逆なのではないだろうか。もちろん、歴史の段階としてはトーテミズムの方が古いのだが、琉球弧へやってきたのは地下他界の先だったと見なしてきた。しかし、地下他界がある、つまり原始農耕がおこなわれた後に、純然たる霊力思考優位の台上葬種族の到来を想定することは難しい。あるいは地下他界をもった種族のあとに、霊力思考と霊魂思考の混融した種族がやってきたことも想定できるが、それでは、地下他界と海上他界は別の名称になるはずだが、琉球弧の場合、ニライ系の言葉で共通している。それなら、台上葬種族のあとに地下他界の種族がやってきて両者の混融から海上他界が生まれたとするほうは妥当ではないか。


 『ド・カモ―メラネシア世界の人格と神話』は、マリノフスキーの『未開家族の論理と心理』とともに、古代琉球弧の具体像に大きな示唆を投げかけてくれている。

 ちなみに書名の「ド・カモ」とは、「本当に人間らしいもの」という意味だ。「本当の人間」がニューカレドニアにはいるという意味ではなく、人間という枠を越えて生者との同一性を見る言葉としてあるものだ。 


『ド・カモ―メラネシア世界の人格と神話』


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2015/01/30

「トーテムとタブー」

 フロイトは、死者に対するタブーを、残された者が無意識に感じている敵愾心が投射されたものと説明している。

 今や我々には、新たに逝去した魂が魔物になるという信仰と、タブーの規定によって魂の敵意から身を守る必然性とを説明しうる契機が何であるかがわかる。我々が精神分析の結果によって強迫[神経症]者に認められるのと同じ強度の両価性が原始人の感情生活に帰着すると仮定した場合、つらい死別の後に、強迫呵責により患者においてみられたのと同じ反応が、[原始人においても]無意識に潜伏している敵愾心に必然的に向けられたものだということが明らかとなる。

 この敵愾心は、その対象である死者に遷移され、そのことによって敵愾心からの防衛がなされる。この防衛過程が投射だ。

 フロイトによれば、「死者のタブーも、死去についての意識された苦痛と無意識の満足とのあいだの対立に由っているのである」。この無意識の敵愾心により、生者は死者を恐れ、死霊を恐れることになる。

 ただ、吉本隆明が『共同幻想論』で指摘したように、心理劇のリアリティとは別に、これを死者のタブー全体に拡張するのには疑問が残る。たとえば、オーストラリアにおいて、死者の名がタブーになることと、原始農耕を行うメラネシアで死霊を恐れることとの間には同一性もあれば、違いもあるからだ。

 なぜ、樹上葬や台上葬を行うところでは、死体は聖なるものとして、近親者によって食べられたり、死汁を身に受けたりするのに、埋葬を行うところでは、死体に触れることは不浄となり、汚穢となるのか。両者の態度はまったく対照的なのだ。

 とても大きな問題だからきっとどこかで解かれているに違いないのだが、それに出会うまでの仮説として自分の考えを書いておく。

 樹上葬や台上葬においても埋葬においても、死者の家を捨てるという行為は続く。前者は狩猟採集民だからという説明もできるが、共通するのは、共同幻想と自己幻想、対幻想が未分化な段階から分化する段階において、死者の出現は対幻想にのみ影響するのではなく、共同幻想にも及ぶから、それらは再編されなければならない。特に霊力思考のあるところでは、それは共同幻想全体に浸潤しているから、名は呼ばないこと、家は捨てることによってしか共同幻想の再編は行えなかった。

 そしてこのことは、死霊を恐れることとイコールではなく、この過程のなかで、死霊を恐れる段階が出現したのだ。埋葬は霊魂思考に伴うが、初期の段階(おそらく農耕以前の)では、死者霊魂は恐れられていなかった。

 その契機となったのは何だろう。さまざまにありえたと思えるが、ぼくたちの環境からいえば、女性の殺害を持って始まった農耕とつながりがあるのではないだろうか。穀物神としての女性の殺害によって原始農耕は開始された。それは神話というだけではなく、祭儀のなかで再現されたものだった。この起点における殺害が死者をタブー化させた契機なのではないだろうか。

 『古事記』において、オオゲツヒメは、「鼻や口や尻から種々の味物をとりだして料理」する。これは、生と死がひとつながりの段階での霊力思考の系譜に属している。しかし、様子を覗いたスサノオは、これを「穢い」行為だと見なす。人体からの分泌物は聖なるものではなく、不浄なものと見なされている。ここで聖と不浄の視線の転換が行われている。「穢い」ことを理由にオオゲツヒメを殺害するスサノオが農耕社会の始祖に借定されるのは示唆的である。原始農耕は、身体の分泌物から価値を生み出しながら、それを穢いものとして殺害する。死者のタブーが、不浄として死霊への恐れとして、ぼくたちの社会に到来したのは、このことが契機となっているのではないだろうか。

 生と死のつながりからいえば、穀母神の死による有用食物としての再生は、トーテミズムの崩壊のはじまりに当たっている。異類への転生はトーテミズムに霊魂思考が関与して生まれるが、そこでは人間としての再生は断念される。植物との同一化という視線は残るが、これは植物と人間の生成について異なることが認識されれば、象徴化の機能を果たさなくなってしまう。そこで、生と死には断絶が持ち込まれる。これは死や死者をタブー化せずにはおかなかったと思える。穀母神として少女を殺害する祭儀を行ったマリンド・アニム族のあるところでは、死者の霊について知るところがないのに、死霊を恐れて夜間の外出を控えたという(p.341.棚瀬襄爾『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』)。

 話を戻せば、フロイトの「トーテムとタブー」で驚いたのは、トーテミズムの思考において、トーテム動物に父親が代入できるということだった。

 トーテムを父親に代替することの第一の成果は、きわめて注目すべきものである。トーテム動物が父親である場合、トーテミズムの主要な命令、すなわち「トーテムを殺してはならぬ」と「同じトーテムに属する女性を性的に用いてはならぬ」というトーテミズムの核心を形成する規定が、父を殺し母を妻としたエディプスの二つの犯罪と内容的に合致し、さらに幼児の二つの根源的欲望と合致するのである。

 学説としてはもう退けられているだろうけど、この精神分析はとても説得的だ。トーテミズムには男子結社による成人儀礼が伴走することにも理解の触手が伸ばせそうに思えてくる。ただ、それでもやはり、エディプス・コンプレックスに対する疎遠感とともに空隙が残る感じを禁じえない。

 精神の考古学として考えようとしている者にとっては、トーテミズムとは、動植物との区別の意識を持った人類の、それでも同じでありたいと願う同一化の思考だったと思える。

 

『フロイト全集〈12〉1912‐1913年―トーテムとタブー』

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2015/01/29

『未開社会の思惟』

 レヴィ・ブリュルは『未開社会の思惟』の末尾近くで、クリュイトの説を引いている。

個々の精霊がすべての生物、すべてのもの(動物、植物、玉石、星、武器、道具等)の中に住み、それに命を与えていたとする段階と、その以前に来るも一つの段階、そこでは個別化がまだ行われず、生物や器物の中に働き、それらに命を与えるのは一種の瀰散的な力で、どこにでも纏まりあらゆるものに浸み込めるものとされている段階である。

 ブリュルは「その以前に来るも一つの段階」を、マレットの「霊魂説以前」(プレアニミズム)」と認め、この両者の区別を「社会集団の精神能力の相違に一致する」としている。

ただ後日、個々の人間が個人として明らかに自覚するとき、彼がその一員と感ずる集団からはっきりと自己を区別するとき、そのときはじめて彼の周囲の生物も物体もまた個としての精神、或いは精霊を、この世に於てまた死後に於ても備えていると思い始めるのである。

 この区別は重要だと思うが、ブリュルはいささか西洋人の思考に引き寄せすぎていると思える。「個としての精神」は、ぼくたちにしてみれば遠く近代になるまで自らのものではなかった。霊魂思考のはじまりは個の分化の始まりだったと言うほうが妥当だ。

 ここまでの考えからいえば、クリュイトが前段階と言っているのは、霊力思考のものであり、後と言っているのは、霊力思考と霊魂思考の混融した段階を指している。いまのところぼくは、霊力思考が先にあり、霊魂思考がその後に生まれたと断言することができない。それは、人類初期の思考の分節化であり、分節化の歩みは、それぞれの自然環境のなかでの種族によってさまざまでありえたと考えている。霊魂思考が優位であり、そのなかで脱魂というシャーマンの技術も生まれた北方アジアの種族もあるからだ。 

 この点を確認して、以降、この書物に備忘のメモを記しておきたい。

 存在するものすべてのものが神秘的な作用力を具えて居り、この作用力が我々の五感によって知られる属性よりもその性質上はるかに重要であるので、生物と無生物との区別は原始人の心性にとっては我々の心性ほどの関心性を持ってはいない(上、p.49)。

 これはぼくたちからみれば、五感に依らない霊力思考の中身を述べたものだ。

描かれ、彫られ、そしてそのモデルによく似ている象は、生きた存在のも一つの我(alter ego)、その霊魂の住居、いや、それどころかその存在自身である(デ・フロート、上、p.57)。

 これは中国人について書かれたものだが、肖像に霊魂が宿るというのは、霊魂思考の系譜から生み出されると思う。

 北アメリカのマンダン族。先住民は肖像を作ってもらうのを断る。「作らせでもしたら彼等自身の本体の一部を作りものに預けたようなもので、それを持っている人の心のままにされることになる(上、p.59)」。

 これも同様で、霊魂思考と霊力思考の混融形態だ。

 先住民たちは、「自分の名を単なる符牒としてではなく、眼や歯と同格に、その個人の明瞭な一部と見做している彼等は、その名が悪意ある使用を受けると、その体の一部に怪我と同じく、必ず苦痛を受けなければならないと信じている(上、p.62)」。

 ここには霊力思考が見られるが、今日でいうところの「名誉棄損」の淵源のようにみえる。

特に死者の名は避けられる。普通の音場でも、死者の名を含むものを使用されなくなることがよくある。姓名を口にする、それはその名をもつ人自身、或はその名のものに手を触れることである(上、p.63)。

 共同幻想と自己幻想が未分化だというとき、そこに粘着的なまとわりつくものを想定してきたが、それは霊力思考によるものだということに気づく。

 フィジ島では、「他人の影の上を歩くことは、致命的な侮辱である(上、p.67)」。影踏みの遊びを思い出す。踏まれると、なんとなく心が痛むのを感じたが、あの感じは歴史的なものだったのだ。影を霊魂と見なすのは、霊魂思考のものだ。

 「野蛮人が夢で知ったものは、覚醒時に見るものと同じく本当である(上、p.71)」。

 霊魂思考にとって夢は死者との交流の意味を持ち、霊力思考にとっての夢や予知や察知としての意味を持ったと仮説してみる。

オーストラリアの土族が「死者向け」(Pointing the death bone)と云う呪儀の中には、誰にも気づかれずに行われる複雑な一系の儀式がある。「被害者の血は人にはそれとは見えないが術者の方に流れて来て、そこから、それを溜める容器の方に流れて行く、同時にそれと逆に、魔法の石なり骨なりは、術師から被害者の身体に向い-どこまでも眼に見えないで-体に入って致命的な病を惹き起す(上、p.76)。

 ここでは、霊力思考に転移が想定されていることが確認できる。病気では、体に入れられたものを吸い出すことが治療になる。

 レヴィ・ブリュルは、「原始」心性特有の原理を、「他により適当な言葉がないので融即律と呼ぶことにしよう(上、p.94)」と書いている。実際、「融即」はこの本のキーワードなのだが、これは霊力の浸透、浸潤、受容を意味していると思える。

 タイラーは霊魂説について、「人の五官の明白なる証言に最もよく照応する説である(上、p.101)」とするが、ブリュルは、「霊魂の観念は原始人には見出されない(上、p.111)」と批判している。

緒々の存在及び現象の中には何かしらがあるにはあるが、それは霊魂でも精霊でも意志でもない。もし、どうしても一つの表象を与えなければならねば、一番よいのは、「霊魂説」という代りに、「物力説」ということであろう(上、p.126)。」

 ぼくたちの言葉では、これが霊力に該当する。

前論理の心性では、この実質的捕獲と云うものは狩漁の一番重要な要素ではない。真に重要な部分は獲物を出現させ、その捕獲を保証してくれる神秘的作業或は儀式である。もしそれが行われなければ、努力は払うだけ無駄である(下、p.11)。

 これは、自然のイメージ的身体化と人間のイメージ的自然化という第零次における自然哲学をよく教えてくれるものだ。

「トレス海峡諸島の土人の踊りは夜行われ、狩猟と漁撈の成功を目的としている。亀の甲で作った途方もない仮面が用いられるのは、このときである。私の考えでは被るマスクの形は、これからやろうとする仕事と関係がある。例えば、漁撈の成功を確かめるためのダンスのときだと、マスクは魚を象っている(下、p.23)」

 農耕以前の仮面は、来訪神以前の仮面である、と言えるだろうか。

 カンガルーをトーテムとする男たちは、自分の血をある岩の上に注ぐことがある。これは、この岩の上に住むカンガルーの霊を四方に追い払い、生きているカンガルーの数を増やすのが目的(下、p.33)。アルンタ族で、子供が生れるのは、霊がある岩の上から女性をめがけるのだったが、岩が霊の住みかとして思考されているのが分かる。

 「劣等社会の人々は彼等を囲繞する生物と生活しているように、死者とも生活しているのである(下、p.98)」。「原始人にはあの世とこの世とは、ただ一つの々存在、同時に表象され感ぜられ経験されるものを造っている」。「西アフリカの黒人は、『死ぬということは、その人が単に、眼に見える身体の厄介払いをし、住居を変えるだけのことと考えている。他のことはすべて、以前のままである(下、p.101)』。これらの記述は、他界が時間性としてしか疎外されていなかった段階を示すものだ。そこではあの世とこの世はひとつづきである。

 死者の財物が破却されるにせよ、副葬されるにせよ、生者の所有にならないことについて。

一人の人が用いていたもの、彼が始終身に着けていた衣類、彼の手なれた武器、装身具等は彼の一部であり、彼自身である(融即の法則の下でのあるという動詞の意味)ことは、彼の唾液、爪の切屑、頭髪、排泄物と同様である。程度こそ低けれ、彼から、それらの物には謂わば彼の個人性の継続ともいうべき何ものかが伝えられ、そしてそれらの物は神秘的意味に於て彼と分離し難いものとなっている(下,P.127)。

 ぼくたちはこれを家を捨てるという習俗のなかにも見てきた。家とは外延化された死者であり、死者と同一視されたのだが、ここにも霊力思考を見ることができる。


 はじめ、翻訳文が旧字体なのに敷居を感じたが、レヴィ・ブリュルの議論は明快で楽しく読み進めることができた。未開社会のよい案内になっていると思う。復刊がありがたい。国会図書館では痛みが激しく複写が禁じられている状態だったので、手元に持てて助かった。


『未開社会の思惟 上』

『未開社会の思惟 下』

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2015/01/28

マレットの「宗教と呪術」

 「タイラーの有霊観はあまりに主知的であり、したがってせまきに失している」(「先霊観の宗教」)、「タイラー博士のいわれる「宗教の最小限の定義」を基礎づけることを公然たる目的とする場合、マナあるいはむしろタブー・マナ公式は有霊観よりは確実に進歩した理論である」(「マナの観念」)と、タイラーに対する差別化は舌鋒鋭いのに、マレットの主張自体は控えめなものに見える。その理由を知りたくなるが、そこまで深入りする暇がない。ひょっとしたら、有霊観に対して先霊観として提示するのではなく、両者の思考のありようが独立したものであることまで考え至っていれば、払拭されていたものなのかもしれない。

 マナは超自然的なものとその範囲をひとしくするが、有霊観はそれよりもはるかにひろい。マナはつねにマナであり、つよさにおいてはことなるが-いわば電圧においてことなる-本質においては決してことならぬ超自然力である。る。有霊観はそれ以上還元できない種類のもの、つまり「霊魂」「精霊」「死霊」などにわかれる。最後に、マナは非物質的なものをあらわすのには非常によく適しているが-可見の背後に作用する不可見の力として-それでもバラバラの状態にある原本的な反省作用に準じていて、人格的なものと非人格的なものとの区別をたもったり、とくに高い個性の観念を促進したりするようにはみえない。他方、有霊観はそれよりも一層人格的な形式の超自然的なものに近づく傾向にあり、また、超自然の転移性を示すのにあまり適切でなく、さらにその非物質性をあらわすのにも適当ではない。しかし、そのつぐないとして有霊観は、人類の社会状態がこのような観念をそだてるほどに発展した場合には、つねに一つの特殊化された形態で、高次な個性をもつ超自然的作用をあらわす手段となることができる。(「マナの観念」『宗教と呪術―比較宗教学入門』 )。

 マナについて、外側からなぞるように言われるので、読む方は最後まではっきりしない漠然とした印象をもってしまう。タイラーの有霊観のほうがすっきりして見えるくらいだ。これは、マナと、マナに有霊観が混融した場合とを、事例から、あるいは理論からはっきり区別できなかったことからくるのではないだろうか。

 とはいえ、マレットのマナ観を吟味したいわけではないから、目線を変える。

 オーストラリアでは超自然的存在は、超自然的力をもつ首長と考えられるが、精霊などとは考えられてはいない。また、奇妙な感じのする石は力をもつもの、生きているとすら考えるが、しかし、「その石が幸運をもたらすという漠然たる信仰が、のちにいたってそれらの石のなかには「死霊がひそんでいる」という見解に達するまでには大きい隔たりがある」。

 両者の見解は、時間の隔たりがあるのではなく、霊力思考と霊魂思考の異なる思考の隔たりがあるのだと思える。

 タイラーの有霊観は、「夢幻説」と仇名されている。「夢幻説」とは、「霊魂および精霊の原型がとくに夢像および失神心象のなかに求められるべきものであると主張する」。現在では、これを「幻想説」といったほうが一層適切な名称である、とマレットは書いている。

 「夢幻説」という仇名にしても、「幻想説」にしても揶揄が含まれているのだろう。しかし、未開人にとっての夢や失神状態は、幻ではなく現実であり、昼の続きなのだから、根拠稀薄なものではない。

多くの未開人が蛇を自分たちの祖霊の権化であるとして扱いがちになるのは、墓場によくあらわれたり、家の中にはいってきたりする蛇の習性とむすびついて、蛇の肢体そのものが不気味なためであることは確かであると思う。

 マナの観念を見出したマレットにしても、現代人の感性で未開人の心性を解釈してしまう短慮をやってしまうことに驚かされる。

ある未開人は、螌(蟹?-引用者)や蛙や数匹の赤蟻や一片の水晶が呪術的な手法によって胃のなかに入れられると想像することがある。たとえば(螌の呪物に祈願をこめて)螌を焼いて相手の通る道に埋めておくと相手のなかにはいるとするがごときである。このように思い込んでなった病気をなおすには、未開人の医者は吸い出し療法、あるいはそれに類した施法をおこなうと同時に、他方では多少工夫をしこらした道具、たとえば精霊を驚ろかすための太鼓やガラガラ、精霊をとらえるための穴のあいた骨などを使うのである。

 ここでは、霊力思考において、呪物の転移が可能であるということが確認できる。

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2015/01/27

アルンタ族

 中部オーストラリアのアルンタ族のことは、棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』のなかでも触れられていた。

 他界観念

 死者の霊魂は、岩など一か所に集まり、狙った女の中に入り、子供に再生する。その岩はアリススプリングスの近くにある(P.54、by スペンサー&ジレン)。

 北海の海(Laia)の中に死者の島が信じられている。死者の島、霊魂の地と呼ばれる地には、しなの木があり、小鳥がいる。死者の霊魂は、薄い白い姿。夜は踊り、昼は寝る。死後、霊魂は墓の付近にいるが葬宴が行われると死者の島に行く。雨が降ると、南方に彷徨いだし、故郷を見ようとする。子息をたくさん残した場合は、その肩を抱き、身体の中に次々に入り、成長させる。孫がある時は、孫に入る。1~2年して死者の島に帰る。死者の島の西方に行き、死者の木(しなの木)をあらゆる方向から観察する。もう一度、この世に帰来し、ともに食事をし、死者の島の東方に行ってとどまる。再び死者の島の自分の家に戻り、西方から大きな黒雲が出て、雷に打たれて絶滅する。また別には、善人の霊魂は天の善き至上神のともに行き、そこにいつもとどまっているが、悪人の霊魂は悪霊の棲家に行き、食われてしまうという観念もある(P.54、by シュトレーロー)。

 アルンタ族は、明らかな再生信仰を持つものの、霊魂が狙った女の中に入るという表現のなかには霊魂思考の寄与が認められる。死者の島という観念では、霊力思考より霊魂思考が強く表れている。それによって、子を成長させるというように再生信仰は弱められている。

 葬法

 死後直ちに埋葬が行われる。死体は坐位にして、丸穴を掘って埋葬し、土は直接死体にかけ、上に枝を積む。その際、アルチェリンガの死者の住居の方に向ける。これは霊魂が出入りしやすくするためで、霊魂はある時は墓にあり、ある時は精霊に伴って、近親を監視すると考えられている。死者の毛髪は切り取り、腕飾り、首飾り、革紐は注意して保存する。埋葬が済むと、死の発生した住居はただちに焼き払い、家具は破壊する。そして集団の者は全員新地点に移る。

 12~18カ月の服喪期間中、死霊を惑わすことを恐れて死者の名を決して呼ばない。必要な時はささやき声を使う。死霊は自分の名を呼ばれると、喪が守られていないとして害を与える。死霊は人間の睡眠中に、不快感を示す。服喪が過ぎると、一般にはその名を言ってもよいが、若干の親族はその後も死者の名を言わない。寡婦は通話を禁じられ、服喪の期間は煙管泥で顔、髪、胸を塗る。12~18カ月を過ぎると、墓の上に枝を踏みつける儀礼をおこなう。泣哭、墓に血をしたたらすと、踊りが行われて喪を終える。寡婦はこれが済めば再婚していい。死者の霊魂は墓の底からこれを見ていて、この後は人を煩わさない。(P.100、by スペンサー&ジレン)。

 南部アルンタ族では、蹲踞姿勢の埋葬が行われる。墓穴はふさがず、草や木をかけるのみ。ヤム堀棒を墓につきさしておく。死者の霊魂は、その上に坐っているとされる。墓は数週間そのままにしておくが、その期間の終わりに死霊に見つけられないようにして墓に行き、二人の主役が死体の側から湿土または砂を取り、男たちににおいをかがせる。一人が女たちに同様のことを試す。次に全員はこの土と腐汁との混合物を身体に塗る。そして墓を土でふさぎ、その上に土を盛り上げる。一同ははじめ、後ずさりして引き揚げる(p.100、エルキン)。

 死霊に対する恐怖が見られ、霊魂思考に強く影響されている。「死者の毛髪は切り取り、腕飾り、首飾り、革紐は注意して保存する」ところには霊力思考、「住居はただちに焼き払い、家具は破壊する」ところには霊魂思考が現われていて、両者は混融している。

 デュルケムの『宗教生活の原初形態』では、このアルンタ族が豊富に引用されているので、上記のアウトラインをもとに、アルンタ族像を豊富にしてみたい。

 アルンタ族では、トーテム的記号として歯を抜く。これは雨を降らせる黒雲に似せるためだ(p.205<上>)。

 成年式において、氏族に属するあらゆる聖物が納められている聖堂に入るのを許された時、肉体にトーテム的象徴を描く(p.207<上>)。一定時に、「一定の人物が修行者の頭皮に噛りつくことを命じられている。この施術は非常に苦しいので、患者は、一般には、号泣なしにはこれに耐えられない」。ところが、これは毛髪を増やすことを目的にしている(p.142<下>)

 儀礼に用いられるチュリンガは、「木片または磨石の断片で、形態は非常に変化があるが、一般には卵形か長楕円形である(p.211<上>)。それにはおのおのの集団のトーテムを表現する構図が彫られている。

 チュリンガは、特別な場所にうやうやしく保存されている。「これは洞穴または人気のない場所に秘められた一種の小さな地下室である(p.213)。そこは女性や入信していない者は近づくことができない。そこでは喧嘩が禁じられる。

 アルンタ族は、チュリンガに「個人や祖先のトーテム的存在の共同体を見る」(p.58<下>)。

 子供がトーテムとするのは、父、母のそれではなく、「近づく母性の最初の徴候を母が感じたと信ずる場所を中軸とする(p.327)」。「アルンタ族は、生殖の事実を性的行為と結合させる明細な関係を知らない」。「この地方的トーテミズムこそトーテミズムの原本形態を表わす」。「アルンタ族では、母系の世襲的トーテミズムは地方的トーテミズムより後ではなく、かえって後者に先行していなければならない(p.320<上>)」。

 それ以上には想像がさかのぼれず、時間の最初の発端に、他のどのようなものからも派生したものではない緒存在を、アルジランガミチナ(Aljirangamitjina)と呼ぶ。創造されないもの、永遠のいやさきから存する存在。この時期をアルンタ族は、アルチェリンガ(Alcheringa)と呼ぶ(p.23<下>)。

 プチアプチアという野猫氏族の祖先が人間にチュリンガを作って儀礼に用いる様式を教えた(p.91)。

 トーテム礼拝を主宰している祝祭がインティチュマ(Intichiuma)。

 ハケア花のインティチュマでは、ハケア花を表現する聖なる石において、一人の若者の血を石の上に、石が被われてしまうまで血を拡がらせる。花の繁殖を願ってのことである(p.172)。カンガルー族のインティチュマでは、アルチェリンガのカンガルー動物を表わす岩を摩擦した後、自分たちの血を岩に沿って流す。人・カンガルーの血は、そこに存在している動物・カンガルーの精霊を放逐し、精霊をあらゆる角度に散布する。これは結果として、カンガルーの数を増加させるはずだ(p.173<下>)。

 インティチュマの最後の祭儀。食物上の禁忌の終わり。

 青虫がたくさん出てくると採集する。キャンプに持ち帰り、砕けやすくなるまで炙る。木製の容器に保存する。キャンプに全員が集合して、炙った青虫を石と石の間で粉にする。酋長?が、その粉を少し食べる。そして緒氏族の人に渡され、ほんの少量食べる。

 上記のカンガルーの増殖儀礼の後に、若人がカンガルー狩りに行き、男のキャンプに獲物を持ち帰る。老人たちが肉を少し食べ、インティチュマに参加した者の身体を脂で塗る。残りは集合した人々の間で分配される。トーテム族の人は、トーテムのデッサンで装飾する。夜は、カンガルーの人や動物がなしとげた功業を偲ばせる唄で過ごす。翌日、若人は森に狩りに戻って、初回より多くのカンガルーを狩り、前夜の祭儀がふたたび始められる(p.181<下>)。

 これらの例は、霊魂思考がかなり混融した後にも、トーテミズムは残ることが示されている。

 

『宗教生活の原初形態〈上〉』

『宗教生活の原初形態〈下〉』

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2015/01/26

『宗教生活の原初形態〈下〉』

 デュルケムは、トーテミズムを起点に霊魂概念を抽出している。

霊魂は、無限に稀薄で鋭敏な物質で作られているもの、エーテル化され、影や息にも較べられるあるもの、として表象されている。(中略)霊魂が息のうちにあるのではない。霊魂は息である(p.12~13)。

 ぼくたちの観点からは、「影」は初源の霊魂である、「息」は霊力だ。「霊魂が息のうちにあるのではない。霊魂は息である」というのは「霊力」と置きなおせば敷衍できる。霊力は息である。身体である。体液である。

きわめてしばしば行なわれる葬式上の食人の儀礼はここから発している。人が死者の肉を食うのは、霊魂そのものである聖原理がそれに宿っている、と考えるからである。霊魂を決定的に放逐してしまうのに、人は、肉を、太陽熱にあるいは人工的な火の活動に委ねて、溶かしてしまう。霊魂は流れ出る液体とともに立ち去っていく。けれれども乾いた骸骨はなお霊魂のいくらかを保有している。したがって、骸骨は神聖な物品または呪術的な器具として用いられている。あるいは、また、骸骨が隠している原理を完全に放免しようと思うときには、骸骨を砕くのである(p.14)。

 食人は、身体に聖原理である「霊魂」が宿っているとするより、「霊力」が宿っていると見るほうが理解しやすいと思える。また、頭蓋骨を打ち砕くのはマラ族、ワラムンガ族では腕の橈骨(とうこつ)が砕かれた。トーテム・センターへの移行の所作だ。

 祖先は、老人や呪術師よりも無限にひいでた能力を付与されている。祖先は動物か植物である。たとえば、カンガルーのトーテムに属している一人物は、神話では、人-カンガルー、あるいはカンガルー-人と表象されている。

 「人-カンガルー、あるいはカンガルー-人」という表象はトーテミズムをよく説明してくれる。アマムの子であるぼくたちは、先祖を「人-アマム」、「アマム-人」と見做していたわけだ。

したがって、これらの霊魂はトーテム原理と同じ実体からなっている。というのは、われわれは、これらの両界を自らの内に綜合し混淆するという二重の形相を提示するのがトーテム原理の特性であることを知っているからである。
 霊魂には、それら以外のものは存在しないのであるから、われわれは、霊魂とは、一般に、各個人の内に化身したトーテム原理そのものである、という結論に達した(p.25)。

 ここでぼくたちは、『アフリカ的段階について―史観の拡張』の吉本隆明の言葉に立ち戻ってみる(cf.『アフリカ的段階について』Ⅲ-1)。

天然の物象尊崇と霊魂尊崇とを接続する原点は、じぶんの先祖をさかのぼることで、ひとりでに人間が神に変身するという概念と、先祖としてトーテム動物や植物や生物を設定する概念とが一致するところにあるといってよい。デュルケム的な言い方をすれば「霊魂とは、一般に、各個人の内に化身したトーテム原理そのもの」(『宗教生活の原初形態』下 岩波文庫)だということだ。

 吉本は、「天然の物象尊崇と霊魂尊崇とを接続する原点」に霊魂と霊力の二重性を見ている。「じぶんの先祖をさかのぼることで、ひとりでに人間が神に変身するという概念」は、霊魂思考の産物であり、「先祖としてトーテム動物や植物や生物を設定する概念」は、霊力思考である。両概念は不可視のものに対する思考の分節化の初源に当たるものだった。

 デュルケムの議論との混同を避けるために、「霊魂」と「霊力」という用語は、「霊体」と「霊力」とでも改めたほうがいいのかもしれない。けれどそれでも、ぼくたちが「霊力」と呼んでいるものを、デュルケムが「霊魂」と呼んでいることに変わりはない。より正確にいえば、「霊魂」と「霊力」が合成されたものをデュルケムは霊魂としている。

 だから、トーテミズムのあるところでは、「霊魂、精霊、神話的人物の観念がまったく欠けている」としながらも、その欠けた諸族のなかに、「霊魂」を見出すことから始めている。これを解くには、「霊魂」と「霊力」という二重性を見るのがいいのではないだろうか。けれど、用語の変換の手間を惜しまなければ、デュルケムの問題意識はぼくたちのそれに近似している。

 トーテミズムが衰え、消失したところでは、「霊力」は動物の形態のもとで考えられている。子供が母の身体に入る時、それが娘であればシギの一種であり、息子であれば蛇である、と。「人間の形をとるのはその後に過ぎない(p.49)」。ブラジルのボロロ族では自分たちの霊魂を鳥の形で想像する。この動物的性質が顕れるのはことに死後である。

 この思考の形をみると、海神であるトヨタマヒメが子供を産むときに見ないでほしいというのに、覗いてみてしまうと八尋鰐(やひろわに)の姿に化身していたという日本の神話は、トーテム原理の崩壊した形だということがよく分かる。また、もうひとつには、トーテミズムの思考法は、人間が受精卵の後に「個体発生は系統発生を繰り返す」という、その進化の過程に根拠を置いているのではないだろうか。

 (霊魂とは-引用者)個別化したマナである。夢は観念の二次的特色のあるものを確定するのに寄与した。睡眠中にわれわれの精神を占めている心象が定着せずに動揺していること、心象が著しく互いに変形しがちであること、これが、おそらく、この透明で変形し易い微妙な物質-霊魂はこれで作られたとされている-のモデルを提供したのである。他方、仮死や強硬症などは、霊魂は動き易く、また、この世を終ると一時的に身体を去る、という観念を示唆することができた。それが、逆に、若干の夢を説明するのに役立ったのである。しかし、これらの経験や観察は、従属的で補足的な影響しか及ぼしえなかった。そして、このような影響が存在していることを確かめるのは困難でさえある。この観念の本質的なものは、それ以外から来ているのである(p.56)。

 夢や仮死が霊魂観念の根拠になっていることはデュルケムによって正しく捉えられている。ただ、デュルケムには、それらは二次的、補足的な概念に過ぎないと、再三強調されている。でも、ぼくたちは、これが霊力とは別の視点から構想された独立した霊魂概念であると捉える。

 個人的トーテムの特徴。
 1.一個人の保護をその機能とし、動物または植物の形態を取る。
 2.この個人の運命とそのパトロンとの運命とは密接に連結されている(p.81)。

 ついに、われわれは、個人的霊魂が祖先の精霊のもう一つの形相にすぎないことをみた。これはストレロウの語によれば、いわば第二の自我に役立つ。同じく、パーカー夫人の表現によれば、ユーアライ族のユンベアイ(Yunbeai)と呼ばれている個人的トーテムは、個人の他我(alter ego)である。「人の霊魂はそのユンベアイの中に、また、そのユンベアイの霊魂は彼の中にある」。要するに、それは、同じ霊魂が二つの身体をもっているということである。これらの二つの観念は、ときとして、同一の語で表明されているほど大きな親縁関係をもっている。メラネシアやポリネシアにおける場合がこれである。すなわち、モタ島ではアタイ(atai)、オーロラ島でえのタマニウ(tamaniu)、モトロオ(Motlaw)でのタレギア(talegia)は、個人の霊魂とその個人的トーテムを同時に指している。サモアのアイトゥ(aitu)もこれらと同様である。これは、個人的トーテムが自我または人格-霊魂はその不可見な内的な形態である-の外的な可見的な形態にすぎないからである(P.82)。

 デュルケムの筆致の高揚とは、また別の高揚にぼくたちは誘われる。ぼくたちが童名(ヤーナー)と呼び習わしているものは、個人的トーテムのことではないかということだ(cf.「56.家名・童名」)。そしてそれは、個人のアルター・エゴの役割を持つ。鏡がなかった時代の鏡像段階とは、個人的トーテムによってなされたのだ。


『宗教生活の原初形態〈下〉』

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2015/01/25

『宗教生活の原初形態〈上〉』

 夢だけでは霊魂観念を説明できない。死による霊魂の精霊化も説明できない。精霊崇拝が自然崇拝につながるわけではない。従って、アニミズムは根本的ではない。

 原始人は自然を前に卑小さを感じていない。むしろ、自然を動かしうると考えている。また、偉大にみえる太陽、月、海、風などが神格化されたのは後のことであり、最初に礼拝が向けられたのは「つまらぬ野菜や動物」だった。したがってナチュリズムも根本的ではない。

 としてデュルケムが言挙げするのはトーテミズムだ。

氏族を集合的に呼称するのに役立つ事物の種類をそのトーテムと呼んでいる。氏族のトーテムはまたその各構成員のトーテムである。(P.179)

トーテムとして役立つものは、大部分の場合、あるいは植物界にあるいは動物界に属するが、主として後者に属する。無生物はずっとまれにしか用いられない。(P.180)

食物上の禁忌はトーテミズムの特色ある徴表ではない。(P.194)

トーテムは所有物、肉体に記される。動物の身体を表現している衣服をまとう。この目的のために特別の仮面が用いられる。鳥の場合はその羽毛を頭上に被ぐ。西北部インディアンでは、トーテムを入墨する習俗は非常に一般的である。(P.204〜206)

起源においては、トーテムは母系によって伝えられたと信じられる十分な理由がある。(P.232)

人間が神聖である理由は、人間が普通いわれている意味での人間であると同時に、トーテム種の動物または植物だと信じられているからである。(P.239)

オーストラリアのいくつかの部族および北米の大部分のインディアンの社会において、各個人は個人として、各氏族がそのトーテムと保持しているのに匹敵する関係を、一定の事物との間に保っている。この事物は、無生物または人工物であることもあるが、きわめて一般には動物である。若干の場合には、頭・足・肝臓のような組織体の限られた部分が同じ役目を果す。(P.283)

事物と人間との間には生命的な紐帯があり、かつ動物にはその連盟者の人間が利用する特別な威力が賦与されている。トーテムは氏族のパトロンである。(P.286)

人間の霊魂が動物や植物の霊魂であると想像できるためには、人間は自己にもっとも本質的なものを動物界あるいは植物界から借りうることをあらかじめ信じていなければならなかった。(P.329)

フレッチャー女史は「インディアンのトーテム効力に対する信仰は彼らの自然と生命とにかんする信念に立脚している。その信念は、複雑で、二つの本質的概念を含んでいる。第一は、あらゆる事物が有生物でも無生物でも共通の生命原理で一貫されていること、第二は、この生命が破壊されえず永続すること、である」といっている。さて、この共通の生命原理こそがワカンである。トーテムは個人がこのエネルギーの源泉と関係をむすぶ手段である(p.351)。

マレットは、いつも、そしてどのような場合にも、精霊の観念は、マナの観念よりも論理的または年代的に遅れていて、マナの観念から派生したものであることを支持するまでには至らなかった(p.363)。

トーテムとして用いられる事物が人々の意識内によび起されたのは、明らかに感覚からではない(p.371)。

(トーテムは-引用者)氏族の人々がもっとも直接に、またもっとも親しく関係していたものでなければならなかった。動物はこの条件を最高度でみたした。これらの狩猟者や漁撈者の民族にとっては、動物は、じっさいに、経済的環境の本質的要素を構成した。この関連では、植物は次にしか出てこない。植物は、栽培されないかぎりは、食料のうちで二次的な地位しか占めないからである(p.421)。

感覚が知覚するままの世界に、異なった世界を置き換えたのは、それは宗教的信念である。トーテミズムの場合が示しているのはこれである。この宗教で基本的なのは、氏族の人々ならびにトーテム的記号がその形態を再現する諸種の存在はともに同じ精髄から作られた、とみなされているところにある。ところが、ひとたびこの信念が認められたからには、異なった緒界の間に橋が架けられたのである。人間は一種の動物か植物として表象された、植物と動物とは人間の縁者として、あるいは、むしろ感官にはきわめて異なったこれらすべての存在は、同一の性質に参与しているもの、として考えられた(p.425)。

 デュルケムは、マナの観念と同期を取りながら、トーテミズムを初源に据える。そうして、「夢」を根拠にした霊魂観念を退けて、トーテミズムにその根拠を求めるのだ。ここへ来てデュルケムのいう「霊魂」とは、ぼくたちが言う「霊力」のことだと理解できる。それは、デュルケムが「トーテムとして用いられる事物が人々の意識内によび起されたのは、明らかに感覚からではない」と言っていることからも分かる。ぼくたちの言う霊魂とは、感覚由来のものだからだ。

 だが、デュルケムが退けるほどにタイラーのアニミズム、霊魂は根拠薄弱なものではない。アニミズムの霊魂は、夢だけではなく、影、水に映った映像、そしておそらく臨死体験から得られた像であり、霊力とは別の思考の系譜をなすと思う。霊力思考は霊魂思考に先立つものか、まだ確かめなければならないことはあるが、ぼくたちはこの両思考を人類初期の分節化だと見なしている。霊力思考は、内臓を根拠にした植物的な思考であり、霊魂思考は、感覚を根拠にした動物的な思考だ。

 デュルケムの文脈を少し離れると、ぼくたちに示唆的だったのは、転生に関することだ。タイラーにとっては、トーテミズムは祖先崇拝の特殊な形態であり、「下級な人種の心理は、人間の霊魂と禽獣の霊魂との間に、はっきり系っていされた分岐線を画していないから、さしたる困難なしに人間の霊魂の動物の肉体内への輪廻を認める」ものとして考えられた。

 デュルケムはそこで、転生(輪廻)のみられるマレー半島は、「かなり高い文化」に達していて、純然たるトーテミズムの形相をしのいでいる。「そこにはトーテム氏族ではなくて、家族が存在している(p.305)」と指摘し、トーテミズムの発生を見るには、オーストラリアを参照しなければならないとしている。

 ここで示唆を受けるのは、転生信仰は、トーテミズムに霊魂思考を関与したときに生まれるのではないか、ということだ。このことは、棚瀬襄爾(『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』)も指摘していた。

 再生信仰が直ちに転生信仰でないことは明白で、これらの民族(樹上葬-引用者)では、転生思想は発達していない、しかし、ワラムンガ族で、悪呪術によって死をもたらす者の精霊が何らかの動物の姿で現われるとの観念があり、この動物をthunalgi と呼んでいるから、死者の霊魂の転生ではないが、異生に霊魂が入るとの観念と再生信仰が結合すれば、転生信仰の生れうる可能性はあると見なければならない(p.853)。

 棚瀬のこの本によれば、オーストラリアでは、東南部のカミラロイ族において、死者の霊魂はマジェラン雲の黒い所、あるいは、善人は至上神、悪人は滅ぶ、あるいは善悪人とも天に行くが、他の者は「美しい啼き声をする小鳥に転生する」と、一部に転生信仰が見られた。ただし、カミラロイ族は、ワラムンガ族とは違い、再生信仰を持っていない。

 死霊の異生への転生の信仰は、ニューギニアに報告があり、メラネシア、ポリネシア、インドネシアにも見られる。この信仰がトテミズム文化に関係があるか否かは相当議論を要するであろうが、ニューギニアは地下信仰をもつが純粋でなく、大上葬の影響がおよんでいること、メラネシアの動物への転生の信仰はサンクリストヴァル以北の地下信仰を持たぬ民族に存在すること、インドネシアは地上の他界信仰を有し、乾燥葬がつよく行われること、ポリネシアについては、ウイリアムソンが『私は死者の霊魂は動物になる、ないしは動物に入るという信仰はおそらくはその起源をトテミズムのある形態またはトテミズムの発達の中に持ったろうと推測する』と述べていることなどによって関係があると考えてよかろうと思う。ただし、オースト(ラ-引用者)リアの典型的なトテミズム民族には乏しいから、トテミズム文化の発展過程に現れたと見なければならない。これに類似する意見として紹介すべきはアフリカについてのアンカーマンの言で、氏は死者の転生の信仰はトテミズム文化の存在する大陸東部とスーダンに発見され、再生転生する霊魂は生命霊であろうとし、再生観念とトテミズムの表象が結合して輪廻転生の信仰が発生したとしているのである。単に墓に出没する動物が死霊に結合されることも皆無ではなかろうが、一つの思想が成立する根拠としては薄弱であるように思われる。

 再生信仰とトーテミズムは表裏の関係にあるようなものだから、アンカーマンの言うとおりであれば、オーストラリアにも転生信仰は頻出しなければならないが、そうではないから、(再生信仰+トーテミズム=転生信仰)はいかにもありそうだが、そうではないのだ。

 むしろ、(トーテミズム+霊魂思考=転生信仰)であると捉えることができる。ウィリアムソンが言うように、「死者の霊魂が動物に入る」という表現が霊魂思考のものになっていることにも、それは表れている。

 ここでぼくたちは以前、「霊魂論 メモ」のなかでは、人間が動植物と自己を同一視するところから区別し分離する段階になぞらえて、転生信仰から再生信仰に至ると漠然と考えていたが、修正しなければならない。

 ここで霊力思考の流れとして、再生信仰(トーテミズム)-転生信仰-来訪神という系譜を抽出することができるように思える。つまり、再生する人間、排泄から有用物を生み出し、死体から有用植物を生んだハイヌウェレ、来訪神は、霊力思考の展開の産物だ。そしてそれぞれは、霊魂思考の関与が増大する過程であり、生と死の未分離、分離、そして隔離に対応すると思える。言い換えれば、トーテム原理の崩壊過程だ。つまり、来訪神とは神として人間から分離したハイヌウェレであり、マリンド・アニム族で言えば、殺害されるマヨ娘の象徴化だ。


『宗教生活の原初形態〈上〉』


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2015/01/24

『ユタ神誕生』

 琉球弧では、女が突如出奔して行方しれずになったという話が多い。それが巫病のしるしであることも。東北でオシラサマを抱き出奔した女性は、そのまま流浪の旅に出ることがある。琉球弧でもそれは変わらないが、御嶽を巡ったり洞窟に辿りついたりする。しかし、異なるのは、琉球弧の場合、ユタやカンカカリヤァとして定着したままであることだ。これは、島嶼という地勢的な条件や、兄弟姉妹が共同体の統治にかかわるという居場所を持っていたことに依るとおもえる。

 また、ユタの成巫に先立つ出奔と成巫以後の憑依は、解離における遁走と同一性障害を反復している。

 風が悪霊を表現することがある。また、口笛が風を起こすという呪術もある。

 酒井氏はまた、糸満の漁師の刳舟に便乗した時、風がないので帆船がなかなか進まなかった時、漁師が口笛を吹いて風を呼んだことを述べます。また口笛を吹けば風がくるから、普段はけっして口笛は吹かないこと、吹けば風が起こって海が時化ることを指摘します。糸満の漁師は口笛によって風を呼ぶことができるのが風のコントロールはできず、無暗に風を呼ぶと時化によって漁師の命まで危なくなることを、この事例は物語っています。(福寛美『ユタ神誕生』)。

 言葉だけでなく、口笛も呪力を持つ。「気息」に霊力を認めた霊力思考のものだ。また、風が悪霊を指すというのも、霊力思考のものだが、これは同時に、風を仲立ちにして孕むという神話記述とは意味が反転している。ユタのオモイマツガネの呪詞に言う、日光感精も、同類型のものだ。

 また、島と自らの身体を重ね合わせる、という観念を持つシャーマンもいます。

 植物、動物や風などの自然現象だけでなく、シマ(島)自体も身体化の対象になる。自然のなかに生きるとはそういうことだ。

『ユタ神誕生』


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2015/01/23

ユタの職能

 喜界島、奄美大島、徳之島のオモイマツガネ系の呪詞を唱えるユタの神は、「天ザシシ」の神、沖永良部島のシマダテシンゴ系の呪詞を唱えるユタの神は「天の庭のウヤナダガナシ」。どちらも太陽神。「天ザシシ」とは太陽がさすという意味。

 琉球弧における高神の物象化のはじまり太陽神であったのかもしれない。

 テンゴの神を拝むユタもいる。テンゴとは天狗のことで、大和のそれとは性格を違えるが、同類型と考えられる。テゴの神は、グショ(後生)の入口にして、グショに行ける者とそうでない者を区分する。善悪二元の区分をするというのは、新しい観念だ。

 ユタの重要な職能は、「人の霊魂すなわちマブリを管理する」こと。

 マブリには生きマブリと死にマブリがあり、生きている人間から抜け出たものを生きマブリという。

 沖永良部島では、マブリは、幼児にはよく抜け出ると信じられており、それは背中から首筋へと脱出するといい、このため、子どもの着物は背中にほころびがないようにして、背守りをつけ、大人になった場合は、背縫にほころびのきている着物の着用をきらった。特に、子どもの頭髪を刈るときには、必ず前頭部と首の後に髪の毛を少し残しておいた。マブリが抜けて気絶した場合、これらの髪の毛を引張って蘇生させるためだという(山下欣一『奄美のシャーマニズム』)。

 徳之島では、死にマブリが生きた人のマブリを取る場合、鼻の穴から取ると信じられていた。

 生きマブリを人に見られた場合、ユタを頼むが、徳之島では、「水を入れた茶碗に白紙をかぶせ、糸でしばり、母屋と炊事場の表入口に置いてユタが呪詞を唱えておき、しばらくしてこれを開いてみて、砂が入っているとマブリはすでに墓に行ってしまっているとして、助からないと判断したという。

 これらは全て霊魂思考によるものだ。死にマブリが人のマブリを取る場合、「鼻から」という徳之島の例は、霊力思考を感じさせる。

 マブリが一個の人は危険。「与論島ではマブリは個人的にその数が違うといい、最高九個のマブリを持つ人がいるという」。なんて贅沢な。

 霊魂が複数あるというのは、霊魂思考と霊力思考の混融を示している。霊力が霊魂的に考えられると、死後、他界へ旅立つ霊魂としばらくして再生する霊魂との二つの霊魂観を持つ。他界へ行く際に、肉体が滅びるまでの肉の霊魂と骨化した後の骨の霊魂を区別すれば、三個の霊魂になる。ただ、複数化はこの道程を必ず辿るとは言えない。それぞれの種族の自然環境のなかで、霊魂思考と霊力思考の混融は、それぞれに思想化されてゆく。

 琉球弧では、グショ(後生)に行く霊魂は、霊魂思考によるものであり、ニライカナイに行く霊魂は霊力を指したかもしれない。

 死は肉体からマブリが遊離することが原因であると考えられた。瀕死の重病人が死のうとするときに屋根の上にのぼりマブリを呼び返す習俗(魂呼ばい)は、この考え方が基盤になっている。

 ユタの成巫式では、ユタが神がかり状態になるが、沖永良部島ではこれを「スジをかぶる」と言う。スジとはセイジ(霊力)であり、霊力がつくことを意味するだろう。

 ユタの巫儀。

 卜占。ハブや小鳥が家の中へ入ってくる、家畜の病気、原因不明の災難、病人の続出などの場合。神々を称える呪詞を唱える。神がかりになる。

 口寄せ。マブリを病人につけることをマブリムケという。

 ユタは呪詞を唱えつつ、ススキで病人の体を撫でる。海岸から石とヒザラ貝を拾ってきて、石にヒザラ貝をはわせ、竹かごで覆いをしておく。儀礼後、竹かごを開いてみて、ヒザラ貝が石から落ちている場合は、この病人の死は確定的で、石にヒザラ貝がはっている場合は、望みがあると判断する。

 死後四十九日までに、死者の霊を呼び出しグショに送るのがマブリワアシ。ユタが死者の霊を呼び出すと、憑依したユタに向かって参会者は質問をする。ユタは応答するが、優秀なユタは言い当てるし、応答できないユタは嘲笑されてしまう。

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2015/01/22

「霊の心」と「からだの心」

 吉本隆明は、フォレスト・カーターの『リトル・トリー』に出てくる「霊の心(スピリチュアル・マインド)」と「からだの心(ボディ・マインド)」について書いている。

このお祖母さんの伝習するインディアンの心観によれば、「からだの心」は肉体の死と一緒に死んでしまうが、「霊の心」はいつまでも生きつづけ、また赤ん坊を見つけて生まれ変わる。これは肉体が死ぬと「霊の心」が肉体を抜けだして転生をつづけるといったバリエーションはあっても、インディアンに特有なものというより、アジアやオセアニアにもあるから未開、原始心性に特有なものと位置づけた方がいいくらい普遍的だ。「霊のこころ」は使えば使うほど大きく強くなるというのも、「からだの心」を卑俗に使いすぎると「霊のこころ」が縮まってしまうというかんがえも、未開、原始の心性として普遍的な倫理だといっていいのかもしれない。(『心的現象論本論』

 ぼくたちがここで立ち止まるのは、「霊の心」と「からだの心」が、そのまま霊魂思考と霊力思考に対応していないように見えるからだ。

 「霊の心」がいつまでも生きつづけるというのは、霊魂思考によるものだが、その他の、生まれ変わったり、大きくなったり強くなったりするという側面は、もともと霊力思考によるものだ。

 「霊の心」という考え方は、自然の鳥や獣や樹木にも「霊の心」があるというかんがえに結びつけられる。逆な言い方をすれば鳥や獣や樹木は擬人化されて理解し、コミュニケートし合える存在だということにつながっている。

 この個所も同様に、動植物にも「霊の心」が宿り、コミュニケートできるというのも、霊魂思考と霊力思考がまじりあったものとみなせる。

 ぼくたちは初源の分節化としての霊魂思考と霊力思考を捉えた場合、霊魂思考は動物的、感覚的な心の動きから生まれたもので、霊力思考は植物的、内臓的な心の動きから生まれたと見なしてきた。だから、霊魂思考は指示表出的であり、霊力思考は自己表出的なのだ。

 ところで、『リトル・トリー』における心観では、すでに両者は混合している。この混合の仕方は、永続する霊魂という考えに、生まれ変わることもあるという霊力の思考が混じっており、身体を生かしめているところに霊魂思考には、その使い方次第で強くなったり大きくなったりするという点で霊力思考が混じっている。この混合の仕方にそれぞれの種族の特徴やメタフィジックスが現れると見なすことができる。


『心的現象論本論』

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2015/01/21

『シャーマニズムの精神人類学』

 ロジャー・N・ ウォルシュ(『「シャーマニズムの精神人類学」―癒しと超越のテクノロジー』)によるシャーマニズムの定義。

 シャーマニズムとは、実践者が自らの意志で編成意識状態に入り、その状態において、自らもしくは自らの霊魂が自在に異界を旅し、別の存在と交流を交わすことで共同体に奉仕することに焦点を合わせた伝統の一系譜である。

 シャーマンとはエクスタシー状態に入る者。エクスタシーとは至福というより、「人間が自己あるいは通常の状態から放り出され、強烈ないし高揚した状態に入る」感覚。

 シャーマン的エクスタシーに見られる特徴は、「魂の遊行」、「異界への旅」、「体外離脱体験」。

シャーマン的実践が世界のほとんどの場所に認められたとしても、それらは主に簡素な移動型狩猟採集社会といった特殊なタイプの社会にだけ見られるものである。こうした人々は農業に頼ることはほとんどなく、社会的階級や政治的組織をほとんどもっていない。そうした部族のなかで、シャーマンが、聖と俗の多くの役割を演じている。
 社会が進化し、無階級から社会政治的階級と社会が変化すると、それまでのシャーマニズムは消え去ってゆくようである。

 古来のシャーマニズムは、複雑な社会ではほとんど姿を消すが、彼らが持っていた役割や技術の大半はさまざまな専門家によって保持されている。だが、「異界への旅」は例外。「この旅が、なぜほとんど消え去らねばならなかったのかは謎である」。

 この謎にぼくたちが答えるとしたら、「異界への旅」とは自己幻想と共同幻想の融合を指している。それは、自己幻想と共同幻想が分化している段階では可能になるが、分離してしまえば不可能になる、ということだ。

 脱魂の技術は、霊魂思考が発生したところで生まれる。病や死が霊魂の身体からの遊離という霊魂思考を、自覚的な技術にしたのが脱魂だ。ここで、霊魂思考が発生した場とは、シベリア、南北アメリカ、東南オーストラリアだった。

 ウォルシュは、脱魂を、それと似た自然発生的な体験と比較している。

 「体外離脱体験」。体外離脱体験をした人びとは、シャーマンのそれとよく似た旅を報告している。彼らは思いのままに世界をめぐったり、異界へ行ったりする。さまざまな霊に会い、あらゆる種類の貴重な情報を得たと感じる。「こうした体験がはじめは自然発生的に起こったものだとしても、後に自由にコントロールできるようになるという事実は、シャーマンの旅が、ひとつにはこのような形で人類の歴史を通して何度も学習されてきた可能性を示唆する」。

 「臨死体験」。シャーマンの旅と臨死体験には、重要な相違点もある。それは臨死者は、その体験を少ししかコントロールできない。

 「夢の旅」と「覚醒夢」。覚醒夢は夢を見ている人が、それが夢であることに気づいている状態。シャーマンと同様に、夢をコントロールできる。チベットのヨーガにおいてもっとも発達している。

 トランス状態の定義。注意の集中とそれに伴う周囲の状況への注意力の減弱。


 この本は、ジャーマニズム考察に補助線を与えてくる。

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2015/01/20

『日本語に探る古代信仰』

 『日本語に探る古代信仰』(土橋寛)は、「霊魂(タマ)」といえば遊離魂とばかり理解して、マナという語に代表される霊力・呪力の観念に対する理解がないことへの批判の書だった。

 琉球弧から南太平洋にわたる他界の観念と葬法の行動から、霊魂思考と霊力思考をやっと抽出したばかりだから、土橋の論はとても理解しやすかった。この二つの分節化という視点への確信を深める思いだった。しかし、タイラーが霊魂と霊力の二重性を含んだ観念をアニミズムと名づけし、マレットが霊力を強調してアニマティズムと名づけるという展開は、すでに1世紀以上も前から始まっていたのだ。

 土橋はこの二つの例を「万葉集」から拾っている。

 筑波嶺の彼面此面に守部すゑ母い守れどもたまぞ逢ひける

母はいつも私を見張っていて彼と会うことができないが、二人の「タマ」は逢うことができたというので、具体的には相手の男が自分の夢の中に現れて会ったという意味であり、この「タマ」はアニミズムでいう遊離魂である。

 吾が主のみたま賜ひて春さらば奈良の都に召上げ給はね 山上憶良

 これは大納言に任じられて帰京することになった大伴旅人に謹上した歌で、「あなたのお力によって、私も春になったら奈良の都に召上げてください」と頼んだ転勤願いの歌。ここでの「タマ」は旅人の霊力を意味する。今でいえば、「誰々のオカゲで」に該当する。

 琉球弧では、現在ではこの二つの霊は明確に区別されていない。マブイも人間にのみ当てはめた言葉であれば、すでに動植物とは区別されてしまっている。ただ、「マブイ込め」といい、「セジづけ」ということから、マブイが霊魂を指し、セジが霊力を指すらしいと言えるだけだ。

 土橋は琉球弧にも言及している。「おもろそうし」では、白鳥や蝶が、をなり神の化身とされているが、これは元来、神の遊離魂ではなく、生命霊・霊質としての霊魂だろう。身体を離れたマブイは、「その人の肩のあたりでヒラヒラしているのが、ユタの目には見える」というのは、「アニマチズムでいう生命霊の観念で、それが奄美大島のユタの世界には今も生きていることを示すものとして貴重である」。

 呪術がやや発達した段階では、その効果を強めるために、言葉の呪力と呪物の呪力を利用する。奄美諸島の与論島では、赤ん坊が生まれると、産婦の母親が青竹の小刀で臍の緒を切って産湯を浴びさせ、それが終わると、用意しておいたカラ竹、阿旦、サァラキ(トゲのある蔓草)を束ねて、赤ん坊の枕許にある机の上に載せ、次のようなユミグトゥ(「ヨミゴト」の南島方言)を唱える。

 ウラカティ クレェ付(チ)キラン
 木ヌムヌ クサグサヌムヌヌ
 出(イ)ヂティ 来(ク)ウヌ如(グトゥ)
 カラ竹ヌ 節(プシ)々ヌ如 伸(ヌ)ビリ
 阿旦(アダニ)ヌ如 島ヌ垣成リ
 サァラキニ如 広(イル)ガティ ニギ出(イ)ヂリ
 泣キヨオ 泣キヨオ
  (お前に対して、位を付けてあげよう。木の精霊、いろいろの精霊が出て来ないように。から竹の節々のようい、成長しなさい。阿旦が島を取巻いて守っているように、島を守りなさい。サァラキのように、広がって成長しなさい。泣きなさい。泣きなさい。)

 右の「クレェ付キラン」は、霊力を着けてあげようという意味で、「木ヌムヌ」以下がその呪詞であるが、カラ竹、阿旦、サァラキなどの植物を呪物として、それに「寄せ」て成長を促すコトバを並べ立てているのは、古代の寿詞や歌謡に普遍的な「寄物陳思」の原型といえる。

 ここでクレェ(位)と言っているのが霊力に当たる。植物の精霊に対する警戒と植物になぞらえて成長を祈願するという植物との同一性が同時に現れているのが面白い。この本では、与論島の事象が三回も引用されていて驚いたが、山田実の『与論島の生活と伝承』は大きな貢献をしているのが分かる。
 


『日本語に探る古代信仰―フェティシズムから神道まで』


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2015/01/19

沖永良部島の呪詞「アカトゥキヌタチラ」

 沖永良部島の先田光演は、知名町屋子母のユタから多くの呪詞を採集している。このユタの家系は沖縄渡来のノロ神であり、巫病を経ずに先祖伝来でユタを継承してきたという特異な点を持つ。採集された呪詞のひとつである「アカトゥキヌタチラ」は、瀕死の重病人を前に、ユタが唱えるものだ。

 「アカトゥキヌタチラ」について、山下欣一は『奄美説話の研究』のなかで取り上げている。先田が採集した原文と山下の要約(p.391)をもとに呪詞の内容を挙げてみよう。

 暁の寅の刻に、ムクジュのヤス鳥が羽を合わせて歌えば、東に立つ竜雲と西に立つ鬼雲が、ナカビ島で一緒になって生んだ子だが、生みの親は鬼になり、吾を生んだ親は竜になり、行き散って、飛び散った。
 生んだ子に聖名を与えなかったので、聖名を付けなかったので、聖名をほしがり、天に昇り、照る太陽の門口に隠れて太陽ガナシに恨み言を言った。
 照る太陽は病気になった。
 弟の子のユヌカニが、天の庭にユタを頼まれる。天にのぼるにはただでは昇れない。「ビンヌユヌ手箱」「太陽の呪文の双紙」を脇に挟んで天にのぼる。
 照る太陽ガナシは、入口に迎える。「太陽の呪文の双紙」を手の裏に受けて、一枚あけて七枚あけて占い明かしてみると、門口の北脇に悪霊がいる。外に三人、内に五人、棒くさり、鉄くさりを持って打ち出した。
 (悪霊が言う)弟の子のユヌカニは、生き神、サヤ神ではないか。
 (ユヌカニが言う)生まれと親を聞かせてください。
 (悪霊が言う)東の竜雲、西の鬼雲がナカビ島で一緒になって生んだ子だが、生みの親は鬼になり、吾を生んだ親は竜になり、行き散って、飛び散った。聖名を与えなかったので、聖名を付けなかったので、聖名がほしくて、天の庭に昇ってきたのです。
 (ユヌカニが言う)生まれと親をを聞いてみると、鬼の子、竜の子ではないか、暁の夜明け雲と一緒に、雲の行くところを見て一緒に行くのだ。行けよ、去れよ。十二方の神は、十二方に戻すぞ。

 呪詞はすでに意味不明な言葉を含むが大意は損なわれないとみていい。それより、呪詞には主語が省かれているので、語る主体を受取り損ねると意味が違ってきてしまう。現に、山下は別の個所では、後半の問答は太陽とユヌカニの間でなされたものと解して、太陽が悪霊を払う流れにしており(p.319)、谷川健一は、『南島文学発生論』のなかで、悪霊とユヌカニを同一視していると取れる要約をしている。しかし、太陽は患っているのであり、悪霊を払うのは呪術師の役割であれば、ユタと悪霊が問答をし、ユタが悪霊を払う文脈として理解するのが妥当だと思える。

 山下によれば、ユタは夕方、病人の家に出かけ、ウチドナミという呪詞を唱え、翌早朝に「アカトゥキヌタチラ」(暁の竜?)を唱えるという。瀕死の病人を前にしたこの呪詞は、太陽の病の原因である悪霊を払うというストーリーを病人の病の原因である悪霊を払うという呪力として用いているものだが、呪詞の内容自体は病の内容とは関係のない比喩になっている。

 たとえば、レヴィ・ストロースは、南アメリカのクナ族において、難産の際、産婆の要請を受けてシャーマンが唱える長い歌謡について考察している。難産は胎児をつくるムウという霊の力の過剰性によって母親の霊プルバが捕えられることによって引き起こされると解されている。そこで、シャーマンは歌謡のなかで「ムウの道」を通り、「ムウの住みか」、「濁った泉」に辿りつくが、文脈からみればこれは明らかに、膣と子宮のことを指している。

歌の主旨はまったく捜索、失われたプルバの捜索にあり、これは障碍物お破壊、猛獣の征服、果てはシャーマンとその守護霊たちがムウとその娘たちに向って、彼らがその重さに耐えることのできない呪術の帽子を武器として大勝負を交えるといった有為転変の末に取り戻される。征服されたムウは、患者のプルバを発見され、解放されるままに委せる。分娩は起り、歌は最後に、ムウが彼を訪れた人たちのあとについて逃げてしまわないために守らねばならぬ注意事項を述べることによって終る。(『構造人類学』

 シャーマンの歌謡は、分娩に寄りそう意味内容で辿られる。有為転変の過程に登場する「空想的怪物や猛獣たち」は、「擬人化された苦痛そのもの」なのだ。歌謡は、比喩であることは「アカトゥキヌタチラ」と同じでも、この場合、患者である者にとっての切実度はまるで違うだろう。レヴィ・ストロースは、「歌謡は病める器官に対して施される心理的触診であり、治癒はこの触診によって達せられるのである」と書いているが、そういう言い方をすれば、「アカトゥキヌタチラ」の心理的触診の力は微弱なものにとどまらざるを得ないだろう。

 もちろん、難産と瀕死とでは症状に対する理解も手だての可能性もまるで違うから、それだけで両者の呪力を比較するのは意味がない。けれど、クム族の場合は、レヴィ・ストロースがそうしているように、精神分析と比較しうる意味内容を持つのに対して、ユタの「アカトゥキヌタチラ」は象徴的な意味を持つに留まることは言える。

 もうひとつ、「アカトゥキヌタチラ」の呪詞内容は、「脱魂」におけるシャーマンの病気治療に似ていることだ。しかし、ユタはここで実際に脱魂を行うわけではないから、脱魂型のシャーマニズムの例になるわけではない。これまでのところでは、ユタは憑依型のシャーマンであり、脱魂型ではないのだが、呪詞の内容には脱魂における天空飛翔の道程が辿られていることに興味は惹かれる。高神の観念を生んだ琉球弧であってみれば、これは脱魂型シャーマニズムの痕跡を示すと言えるのかもしれない。しかし、それが不可能になった段階では、呪詞のなかに、脱魂の形式だけが残存しているのは確かだ。


『奄美説話の研究』

『構造人類学』

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2015/01/18

タイラ-の生気説(アニミズム)

 タイラーの『原始文化―神話・哲学・宗教・言語・芸能・風習に関する研究』。1871年、産業革命の頃の論考だ。

 タイラーは、「霊的存在者を信ずることを、生気説」としている。この「生気説」がアニミズムだ。

古代の未開な哲学者は、人には生命と影形との二つがある、という明らかな推測を下だして、第一歩を進めたであろう。これら二つは身体と密接に関係して、生命は身体をして感じ思い行わしめ、影像は身体の像あるいは第二我である。

 ぼくたちの文脈からいえば、「生命は身体をして感じ思い行わしめ」るのは「霊力」で、「影像は身体の像あるいは第二我」は「霊魂」であるということになる。タイラーのアニミズムにはこの二重性があったわけだ。

未開人の第二我は、生命と形像とを単に結合する。生命と影像とが身体に属するから、これらは互いに所属し合って、同一の霊魂の表現であるという。

 ここでは、「霊魂」観念に、「霊力」観念の混入が見られる。

霊魂は実体ない人像であって、その性質は蒸気・薄い膜・影の一種である。これら、個人の生命と思惟と思想との原因を生ずる。身体を有する者の意識と意志とを、過去あるいは現在において有する身体から抜け出して、ここかしこと速やかに飛びまわる。捕えられず、見えないが、物質力を現わし、身体の々姿の幽霊となって、覚醒する人や夢中の人に現れる。

 ここでも、「物質力を現わし、身体の々姿の幽霊となって」という個所は、霊魂思考に霊力思考が関与したことを示している。タイラーはこの後、「呼吸作用」もアニミズムのなかに加えているが、これも霊力思考によるものだ。

 タイラーの弟子マレットは、メラネシアでは、精霊や霊魂に宿りなかば人格的でなかば非人格的な力を示す「マナ」と呼ばれるものが、初歩的宗教の本質にもっとも近いと考えた。そしてタイラーのアニミズムに対して、より高度な霊魂的アニミズムと、より生命的ないし生気化の性質をもつアニミズムとを区別し、生命的ないし生気化の性質をもつアニミズムをプレアニミズム(アニマテイズム)と呼んだ。

 ぼくたちの文脈では、霊魂と霊力とは本質的には新旧を競うものではなく、野生の思考における霊性の二つの観方を示す。これが二つの側面と捉えられなかったのは、より霊魂思考を展開した種族とより霊力思考を展開した種族とが、分かれており、また、観察した時点で、混融した思考を持つ種族に出会ったためだ。


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2015/01/17

「シャーマニズムと狂気」(森山公夫) 2

 もうひとつ森山は興味深いことを書いている。シャーマンのイニシエーション(入巫礼)は、通過儀礼としての成人式(加入礼)の手本になっている。エリアーデが挙げたその特徴は以下の五点。

 1.家族からの隔離と森林地でのひきこもりの生活。
 2.イニシエーションの小屋。これは母親の腹を意味する。
 3.死のシンボリズムに関する儀礼。拷問。
 4.特殊な手術。割礼や下部切開。新たな名前をつけられる。第二の誕生。
 5.あるところでは、「人を殺せ」という命令。首狩りや食人(カニバリスム)。

 これは、ぼくたちも以前、見てきたことだが、森山はこう書いている。

 この尋常ならぬ過酷さは、おそらく過去の人類形成史上の或る不幸な過程の表現である以外にない。つまり、個人史での幼児期への過酷な告別と再生に相当するのは、人類における「楽園」追放の神話であると思われる(「シャーマニズムと狂気(3)」『精神医療 74号』)。

 これはとても大胆だが、説得力がある。「思うに成人式におけるあの過酷な成人化の過程は、この人類がたどった失楽園の過酷な過程に相当する。つまり、ヒトが猿人として立ち、原人・旧人へと石器を開発してゆく困難に満ちた過程はまさに失楽園へと至る道程であり、これをj個体の困難として再現し体験するのがこの成人式である、とも云える」。

 証明はできないことだが、納得がいく。植物や動物から自己を区別していった痛みをイニシエーションは示しているわけだ。


『精神医療 74号: 特集:ピアスタッフの現在と未来』


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2015/01/16

「シャーマニズムと狂気」(森山公夫) 1

 吉本隆明は「憑人論」のなかで、柳田國男の入眠幻覚にあいやすい資質について触れている。

 絵本をあてがわれて寝ながら読んでいるうちに、神戸にお母さんがいるという考想がとりつかれ、いつの間にか実在しない神戸の叔母のところへゆくつもりで家をとびだしていたという挿話。

 もうひとつ。

 それから又三四年の後、母と弟二人と茸狩に行ったことがある。遠くから常に見て居る小山であったが、山の向ふの谷に暗い淋しい池があって、暫く其岸へ下りて休んだ。夕日になってから再び茸をさがしながら、同じ山を元登った方の山の口へ来たと思ったら、どんな風にあるいたものか、又々淋しい池の岸へ戻って来てしまったのである。其時も茫としたやうな気がしたが、えらい声で母親がどなるので忽ち普通の心持になった。此時の私がもし一人であったら、恐らくは亦神隠しの例を残したことと思って居る。(「九 神隠しに遭ひ易き気質あるかと思ふ事」)

 これについて、精神科医の森山公夫は、「奇しくも精神医学上の「解離」(disscociation)の二大症状(両極的症状)である、「遁走」fugue と「憑依」(dissociation(多重人格)の原型に出遭っている」と書いている。

 「いつの間にか実在しない神戸の叔母のところへゆくつもりで家をとびだしていた」というのは「遁走」の原型であり、「どんな風にあるいたものか、又々淋しい池の岸へ戻って来てしまった」というのは憑依体験とみることができる。原母的な存在に満ちた居場所を求めた遁走と憑依(同一性障害)は、解離の症状なのだ。

 解離における遁走と同一性障害の両極が「遁走/同一性障害」とも表される表裏をなし、より本人の積極性が表現される場合が遁走で、消極性が表れる場合は同一性障害と云えることである。従って遁走が一般に男性に多く、同一性障害が女性に多いという事態は不思議ではない(「シャーマニズムと狂気」『精神医療〈2013 no.71〉』 )。

 これは「脱魂」と「憑依」を考えてきたぼくたちに大きな示唆を与えてくれる。ある意味で両者は、能動的解離と受動的解離ということができるわけだ。なぜ積極性は男性に、消極性は女性に現れるのか、分からないが、それでも、憑依が女性に多く、したがって巫女への道も拓きやすいことも見通せる。

 そして森山自身も、シャーマニズムを考察するなかでこれを書いているのだった。フランク・W・オアトナムは、多重人格性障害の原型は、シャーマン的人格変容と憑依状態であり、シャーマニズムは人間の心の根本的なある過程を表現しているという言葉を引いて、「「神隠し/憑依」ないし「遁走/同一性障害」の対的な両極性が、人類の「ヒステリー=解離」の歴史を縦糸のように貫いてきた」として、「解離」を定義している。

 解離とは「母性の喪失とそれへの憧憬」による病いであり、対幻想における障害として、積極(遁走)と消極(多重人格)の両極性をもつ。

 これをシャーマニズムまで敷衍すれば、

 「神隠し-憑く」
 「遁走-多重人格」
 「脱魂-憑依」

 と位置づけることができる。」

 エリアーデは、シャーマニズムが「原初の時への回帰」をモチーフに持っていることを指摘したが、この願望、憧憬を軸として、その「実現」を目指すのが「神隠し・遁走・脱魂」であり、その「欠如」に基づくのが「憑く・多重人格・憑依」であると、森山は書いている。

 これは、ぼくたちが「脱魂」を自己幻想と共同幻想が分化した段階、「憑依」が自己幻想と共同幻想が分化し段階に生まれたと仮説していることに対応すると思える。


『共同幻想論』(吉本隆明)

『精神医療〈2013 no.71〉特集 精神保健福祉法改正』

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2015/01/15

「シベリアにおける仮面と狩猟儀礼についての覚え書」

 荻原眞子による北方の仮面考察(1982年)。

仮面は第一に装着者の正体を隠す。このことが第一義的に求められる場合には仮面はどんなものであってもよいはずである。例えば、コリャク族の白鯨送りの儀礼で用いられる草の面は、実際には「仮面」と称するには多少躊躇せざるを得ないような粗雑なものであるが、鯨の霊を恐れて少女が着用する。第二には正体を秘すことだけでなく、仮面の表わす対象に自己を擬すことに一義的な意味のある場合である。例えば、狩猟の際に着用される陸獣や海獣の頭皮がこれである。獲物に接近する最善の策は猟師が獲物の一員と同じ姿になることである。このことは狩猟民で角を表の世界では広く認められる。そして、仮面仮装の第三の意味は仮面着用者が単なる擬装の段階を超えて仮面の表わす対象そのものに化身することである。自己の全存在をどのようにかかわらせるかによって化身の度合にはニュアンスの違いが生ずる。例えば、後述のエヴェンキ族の例に明らかなようにシャマンの仮面仮装には多かれ少なかれこうした化身の要素を看取できるし、また、化身の最高の極地に能舞台を想起することがでる。

 荻原はそこで、「仮面のもっとも原初的な形態はこの擬装にあると思われる」としている。この点については荻原とは別の観点からも言えるかもしれない。来訪神としての仮面は、身体が霊魂の衣裳であるとみなされた段階のものであると見なしてきた。これは言い換えれば衣装が霊魂を規定するということだ。だから、仮面仮装は、人間が仮面を来て仮想しているのではなく、仮面の示す精霊や神そのものであるとみなされた。これは霊魂思考によるもとも考えてきたが、これが成り立つためにはもうひとつ、霊力思考が関与し、衣裳の中身も、神や精霊の霊が充満しているとみなされる必要があった、というように。これが、単なる擬装との相違点だ。

ナナイ族では死者儀礼の一つとして、死者の霊魂を他界に送付する儀式カサでシャマンが仮面を装着する。これはシャマンが自分の正体を隠蔽するためであり、もし、仮面が顔から外れ落ちることがあったりすると、シャマンは冥界から帰還することがきず死ぬことになる。また、死者の霊魂を封じ込めた木偶ムグデに仮面が装着してあったという記述もある。ウデヘ族の大儀式には数十人のシャマンが仮面を装着して参加する。この仮面はシャマンの守護霊であり、病人のテントにいる悪霊を脅かして排除するという。

 シャーマンが天界や冥界へ赴く際に正体を隠すのは消極的な意味づけだが、仮面の者になるという意味では霊魂の衣裳という概念もあったかもしれない。また、悪霊払いの際の守護霊への化身として仮面が用いられたことも分かる。

海岸コリャク族には春から秋までの海岸生活を終えて、冬の村に移動してから行なわれる「仮面装着」儀礼がある。これは「新月の後の最初の冬月」に行なわれ、夏の留守中、家の中に入り込んだ悪霊カラウを追い出すことを目的としている。仮面は「大きなワタリガラスとその家族」を表わすと言われるが、実際には男女の人面である。若者たちが仮面を着けて各家に騒々しく間入し、家内の隅々を点検した後に、熊狩り、橇、橇競走など冬の生活の到来を象徴する様々な場面を演じ、家の主から砂糖、煙草、装飾品を受取る。
 また、ヴァロンコルフ湾のアリュートラヨリャク族には耳に垂げ飾りのついた木面があり、子供たちが装着して無言で各家を訪ねて贈り物を要求する習慣があった。

 これは来訪神儀礼における家払いや十五夜のトゥンガを彷彿とさせる。

 エヴェンギ族の豊猟と獲物獣の増殖を目的とするギルクムキ儀礼では、まずシャーマンが獣の所在を探索する。

 そして、次に重要な場面がはじまる。すなわち、トナカイの群を氏族の狩場へ誘き寄せ、増殖をはかることである。そのためにシャマンは雌トナカイの姿になり、氏族の狩場へ雄のトナカイを導き入れる。他の獣もやって来る。
 その後、参加者はシャマンの指示に従ってカラマツと白樺でオオジカと野生トナカイの像を作る。木偶はシャマンの天幕の傍に一定の順序に、交尾の姿勢で配置される。その脇でシャマンと氏族の成員たちはギルクという呪術的舞踊を繰り広げるが、これは明らさまに(特にシャマンについて)工ロチィックな性格をもっている。

 増殖儀礼において、動物の木像が交尾の姿勢で置かれるということは、交尾が出産につながることへの認識があるということを示している。ということは、彼らにとって再生信仰はトロブリアンドにおけるそれと比べて後退しているはずだ。

 荻原は、動物仮面が人面に変わる過程について、仮説を導いてる。

獣を表わす仮面が、いつしか人面に取り代る過程には獣の存在を現実視することと別に、その霊魂を想定する観念が介在しているように思う。すなわち、獣面から人面への移行にはアニミズムの観念の成立がかかわつているのではないかと思う。狼の仮装儀礼がチェクチ族とトナカイ コリャク族で極めて対照的なのも実はこうした観念のちがいに出来するのではなかろうか。すなわち、一方では狼の頭皮を被って太鼓を打ち歌舞に興じてこれを送るのに対し、トナカイ コリャク族は狼に旅仕度をせず、専ら狼の霊魂の宥和に努める。コリャク族にとつて「狼が危険なのはその可視的な動物の姿においてではなく、不可視の人間的姿においてである。コリャク族の観念では狼は豊かなトナカイ所有者であり、ツンドラの有力な主である」ばかりでなく、「強力なシャマンであり、トナカイに敵意をもつ悪霊であり、地上の到る所を徘徊していると見なされている」。こうした多分に人格的な狼の観念が生れたのはトナカイ コリャク族がトナカイ飼養に携あるようになってからであろうことは容易に想像できる。

 記述のなかだけでは判断ができないが、チュクチ族もコリャク族も脱魂型のシャーマニズムを行ったのであれば、両者ともにアニミズムの観念は持っているだろう。むしろ、コリャク族において、狼は「悪霊」と見なされているのであれば、ここに霊力思考が関与して、悪霊の憑依を恐れたためであると考えることもできる。

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2015/01/14

脱魂と憑霊

 脱魂と憑霊について、もう少し考えてみる。「霊魂」とは、モノに宿り、時にモノを離れ移動することができる。「霊力」とは、モノに充満するエネルギー量で、そのモノから離れない。霊魂が身体を離れると病気や死につながると考えるのは霊魂思考だし、食人は霊力思考の直接的なあり方だ。「憑霊」というのは、移動する「霊魂」と移入する「霊力」という思考が混ざり合ったところで生まれる。だから、「憑霊」は「脱魂」より段階的には後なのだ。

 「脱魂」の技術の修行が過酷なのは、対象への移入という思考が過小な場所で、それをやってのけなければならないところから来ており、それゆえ「脱魂」は一時的な意識の喪失を伴う。かつ、「脱魂」においては乗り移るという観念はないから、神や精霊との交渉という観念になり、それゆえ共同幻想を統御するという力を意味している。

 「憑霊」は、霊魂を移動させ、対象に移入するという技術だ。それはトランスの状態について、神や精霊やトーテムへ意識を移入させ、幻覚を生み出すことで成就される。乗り移りが可能と考えられているから、「脱魂」ほどには修行を必要としていない。また、交渉という概念は弱まるから、共同幻想を統御する力は「脱魂」より劣るはずだ。むしろ、共同幻想が持つ地上の共同利害を語ることが本領になる。

 おそらく、「脱魂」とは他界が生み出されていない段階でのシャーマニズムであり、「憑霊」とは他界が少なくとも時間性としては疎外された段階でのシャーマニズムだ。他界は、地上の共同幻想の彼岸に、もうひとつの共同幻想として疎外される。そこで、地上の共同幻想は、自らを他界に反映させる。他界が現世と似ているとされるのはそのためだ。

◇◆◇

 霊魂 宿る動体
 霊力 満ちる静体

 両者が合わさると、霊は移入できる動体になる

 脱魂 自己喪失を代償に共同幻想を再構成する技術
 憑霊 共同幻想に乗り移る技術

 脱魂 自己幻想、共同幻想、対幻想は分化
 憑霊 自己幻想、共同幻想、対幻想は分離

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2015/01/13

『エクスタシーの人類学―憑依とシャーマニズム』

 ミルチア・エリアーデの『シャーマニズム 古代的エクスタシーの技術』の20年後、この本の対になるように出されたのがI.M.ルイスの『エクスタシーの人類学―憑依とシャーマニズム』だ。エリアーデが、「脱魂」にシャーマニズムの本質を求めたとすれば、ルイスは「憑依」にそれを求めている。

 例によって、ぼくたちの関心に引き寄せて通過する。

 「憑依(possesion)」という超越的体験に伴う付加的な現象は、「異言、予言、千里眼、死者の伝言をつたえる口寄せ」。

 トランスについて、二つの側面が見られる。ひとつは「当事者の霊魂の一時的な不在によって起こるもの(「脱魂」soul-loss)。ふたつめは「超自然的力による憑依」。

 第一の解釈は個人の内的活力の喪失、「霊魂離脱」(de-possesion)を強調するものであり、第二の解釈は外因的力の侵入を強調するものである。いくつかの文化ではこの二つの見方が同時に受け入れられており、したがって、「霊魂離脱」の状態にある人間は、精霊あるいは霊的力に「憑依」されているとみなされる。

 脱魂現象のなかにも、憑依が見られる。このことが、ルイスにとっては、「憑依」を普遍的とみなす根拠になっている。

 憑依の形態は、「多くのケースでは、事実上女性に限って発生している」。

 女性のこうした憑依的「災厄」(affliction)は、いつもきまったようにその取り憑いた霊的力を永久に追い払うのではなく、それとの共存をはかるかたちで治療される」。「男たちが悪霊憑きの病気とみなすものを、女たちは密儀的なエクスタシーへと転換している」・。

明確に定められ、安定した政治的地位が存在しない非常に小規模の社会では、シャーマン自身が、人間同士のおよび人間と精霊との交流を司る、全能的な権能者として君臨する。

 北極地方のトゥングース族。

人間は各自、二つないし三つの霊魂をもつ。第一の霊魂が身体を去ると人は無意識状態になるが、しかしこれ以上の深刻な事態にはならない。しかし、第二の霊魂の不在が長期にわたると人は死に、死後、その霊魂は死者の世界に赴く。第三の霊魂は、身体が腐敗するまでそこに留まり、それからそこを離れて、死者の縁者たちのなかに入って共に生きる。

 これはぼくたちの考察にとって大事な記述だ。言うまでもなく、第二の霊魂は霊魂思考によるもの、第三の霊魂は、霊力思考によるものだ。そして、「死者の縁者たちのなかに入って共に生きる」という再生の在り方は、ごく初期のものだと言える。第一の霊魂が、なぜ第二の霊魂と分けられているのか書かれていないが、これは、シャーマン以外の人も、憑依状態になり、意識を失うことがあるという種族の位相を示しているのではないだろうか。

 シャーマンの活動で中心的なのは、巫儀(セアンス seance)。セアンスは、天界もしくは地下界の精霊と接触するために行なわれる。たとえば、「氏族民から、病気発生の原因を明らかにしてくれとか、狩猟が不運続きである理由をみつけてくれといった相談を持ちかけられる」。これに対して、シャーマンは、「精霊を召喚して体内に宿らせて不幸の原因を確かめて、そのうえで適切な行動を取らなければならない。たとえば、地下界の精霊にトナカイを供犠として差し出して、同族がいま直面している困難を取り除くよう、諸精霊を説得するのが必要だといったように」。

 ルイスにとっては、エリアーデがトゥングース族を典型例として「脱魂」を抽出したまさにその同じ種族から「憑依」を抽出することが重要だったのだ。

 シャーマニズムは、どのような概念的細目がそこに含まれるにせよ、神または神々との特別な関係、つまり憑依者の人格が完全に消失した時に完全な神的顕現が劇的に実現する、という関係を必ず包含している。エクスタシー的霊交はそれゆえ本質的に神秘的合一であり、雅歌(the song of solomon)やその他の神秘詩がこのうえなく豊富に例証しているように、この種の体験は頻繁に性愛的表現を借りてあらわされる。実際、アーネスト・ジョーンズが正確に観察している通り、「人間と超自然的存在との間に性的交わりは起こり得る」という考え方は、「もっとも広く行き渡った信仰のひとつである」。

 この性愛のイメージは「馬」によって語られる。憑依された女たちは「神々の雌馬」とあらわされる。憑依は「半死(ハーフ・デス)」とか「小死(リトル・デス)」と呼ばれることがある。

 ボルネオ南部のダヤク族の間では、共同体の祭司と女祭司が宇宙を統括する二柱の最高神-天界の犀鳥神と他界の水蛇神-に憑依される公開儀礼において、この憑依は神との交合とあらわされる。この主題は儀式中の聖歌において直接喚起され、また信者間の性的交わりによって再演される。

 このダヤク族の例は、ぼくたちにシニグへの視点を提供する。伊波普猷がシニグについて、「正視し得られぬほどのきはどい事」と評したのが、「性的交わり」であったとすれば、それに先立ち、シニグは、あるいはウンジャミにおける憑依は海神との交合を示していたかもしれない。(cf.「人身御供の資料としての『おなり女』伝説」

 「多くの文化において」、妖術(邪術)と邪悪な精霊による憑依は、同時発生している(p.153)」。ルイスとは別の視点だが、これもぼくたちの関心を引き寄せる。悪霊による病気が霊力思考に由来することを教えてくれるからだ。

 憑依の三つのコンテクスト。

 1.被害者は非自発的に憑依されたと受け止められる。
 2.自発的、統御的な憑依
 3.敵を攻撃するために邪霊を送り込み、敵対者に思いがけない憑依わずらいを引き起こす。

 セイロンのヴェッダ族。母系制で、政治敵権威機構は存在しない。家族主体の各小集団には、精霊召喚能力を持ったシャーマンが少なくともひとりはいる。シャーマンの最も重要な仕事のひとつは葬式。死亡した当の親族の精霊を呼び出す。口寄せして、かすれたしわがれ声で話す。憑依舞踏によってトランスに達する。このシャーマンは男性。

 この本を翻訳した平沼孝之はあとがきで書いている。

  憑依は、精霊が人に憑くことで、憑霊は人が霊につくこと。英・仏語の possesion は、精霊が人に憑くことを意味する。これは啓蒙された点。

 脱魂にしても、憑依から憑霊への転換にしても、どちらも精霊と人間が同等になる。「したがって脱魂の技術と憑霊の技術は、「シャーマニック・テクニックの二面と考えた方が適切である」と書いている。

 けれど、エリアーデからルイスを辿って、脱魂と憑霊とではやはり異なると言わなければならない。脱魂では自己幻想を共同幻想に同化させなければならないが、憑霊では自己幻想を共同幻想に同調させればいい。おそらく両者の発生では、共同幻想の位相が異なっているのだ。

 「脱魂」とはその名の通り、霊魂思考によるものだ。霊魂が身体を離脱するのが病因や死因と考えられているからこそ、意志的に霊魂離脱を実現することが技術になる。しかし、脱魂の本質は、離魂にあるのではない。そのことによって実現しなければならないことが本質的である。北方の例によれば、脱魂は天界への飛翔の現象を伴う。これが意味するのは、「脱魂」が生まれた段階では、他界はまだ時間制として発生していない。共同幻想と自己幻想の分離の度合いは低い。そこで、自己幻想を共同幻想を融合させ、そのうえで共同幻想を統御することが求められる脱魂の技術だ。

 これに対して、「憑霊」は、霊魂思考と霊力思考が混融したところで発生する。そしてこの段階の霊魂思考は他界が生み出されている。つまり、自己幻想と共同幻想は分離の度合いを高め始めている。ここではもう自己幻想を共同幻想に融合させることはできず、共同幻想に同調することができるだけになる。そこで憑霊者は神や精霊の言うところを語るということが中心的になる。「脱魂」と「憑霊」とでは、段階が違うのだ。

 またルイスの考察からは、女性憑霊者から巫女が発生する動態が分かる。女性憑霊者のうち、憑霊に比重を置くのがユタであり、巫女に比重を置くのが祝女だ。宮古島ではこの区分を設けず、憑霊者はカンカカリヤァ(神懸り人)と呼ばれた。


 

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2015/01/12

脱魂・憑霊現象の展開

 間違いは修正していくとして、整理してみる。霊魂思考の発現は東南オーストラリアに見られる。ここで高神は発生した。同様のことは、北方、中央アジアにも見られる。そして北方、中央アジアにおいて、「脱魂」による病気治療が発達した。この段階では、共同幻想と自己幻想、対幻想を未分離の状態に戻して神や精霊と交渉し、共同幻想を統御することが可能だったのだ。脱魂が神話時代との交流を可能にすると見做されているのも、その現れだ。

 ただし、東南オーストラリアの高神が、伸展位の埋葬を根拠にしているのに対して、北方、中央アジアでは乾燥葬を中心に、埋葬、火葬も見られ一定しない。というより、伸展位の埋葬が支配的ではない。絶対的なパラメータである自然環境によって埋葬は忌避されたのかもしれないし、すでに乾燥葬の影響を受けた後なのかもしれない。現に、明瞭ではないにしても、再生信仰も見られる。

 再生信仰は、中部から北部にかけたオーストラリアで発生している。再生信仰の元になっているのは霊力思考だ。ここにおいては、病気の治療は病因の抜き出しによってなされる。

 初期の農耕において生と死は分離し地下の他界が発生する。けれどこれはそのままでは、高神の発生を意味しない。それには、頭蓋崇拝が家族を抜け出して共同化される必要がある。この段階では、「脱魂」は既に難しくなり、シャーマンの自己幻想を共同幻想に同調させる「憑霊」が行われる。病気治療に当たっては「憑霊」による抜け出した霊魂の捕捉が行われるはずだ。

 そしてもうひとつ、ここに霊力思考が混入すると、悪霊を払うという観念とその治療が行われるようになる。また、「憑霊」が困難になり、対幻想が独自になると、共同幻想を対幻想の対象とする巫女が発生する。

 琉球弧では、憑霊を行う巫覡と巫女が活動した。そして、母系制の強まりとともに、両者は女性へと集約されていくようになり、彼女たちは「憑霊」シャーマンと巫女の二重性を帯びる。「憑霊」の比重が高い存在はユタとなり、巫女の比重が高い祝女は政権に関与し巫女の比重を高めた。

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2015/01/11

脱魂による治療の北方大陸例

 脱魂によるシャーマニズムが行われた北方・中央アジアの種族から、脱魂による病気の治療の例を挙げてみる。


1.脱魂による捕霊

トレミュガン族。脱魂して病人の魂を冥界に探す。脱魂から正常な状態に戻る時、握りしめている右手に病人の魂が入っている。

エニセイ・オスチャーク族。ざっと魂を探す。脱魂し魂を探す。歌ったり踊ったりしながら高く昇っていること、出会う精霊について語る。続いてトランスに入るために踊り、脱魂し死者の国に入り、遂に病人の魂を持って帰ってくる。

 この例では、「脱魂」が身体を抜け出した霊魂の探索と捕獲に適った行動様式だということが分かる。


ブリヤート族。魂呼びの呪文を唱える。これでうまくいかないと、村の近く、森、草原、海底と魂を探す。これでも見つからなければ、エルリクに捉えられていることを意味するので、捉えられた魂を取り返すために高価な犠牲を払う。犠牲の人が眠っている間に鷲の形をして魂を抜きとり、エルリクに捧げる。

 ここに「脱魂」の記述はないが、それと思しきものだ。


オスチャーク族(イルティシュ)。天界の至上神に着物を献上する。一日の断食、日没後の風呂の後、茸を食べ寝る。何時間か後、突然起き、全身を震わせて、精霊が死者を通じて語ったところを聞かせる。犠牲をささげるべき霊など。翌日、特別の犠牲が捧げられる。茸中毒による脱魂。

アバカン・タタール人。魂呼びの行事が、治療法探しの脱魂の旅に取って代わっている。

 意図的に中毒症状を起こしてトランス状態に入るのは、現地の大陸人には堕落だと思われている。タタール人では、目的と行動はちぐはぐになっている。これは、脱魂が自在ではなくなった段階のものだ。


バクサ(カザフ・キルギスタン)族。治療が魔よけの儀式に変化(悪霊を脅し、焼けた鉄の上を歩き、火のついた灯心を何回も口に入れ、舌で焼けた鉄を舐め、ナイフで顔を切るが傷は全くつかない。離れ業を演じた後、至上神を呼び出す。

 この例は、霊魂思考に霊力思考が混融していることを示している。そして、悪霊払いでは必ずしも脱魂を必要としていない。そこで、脱魂は別の場面で用意されている。


2.脱魂による捕霊と病因の除去

パヴィオツォ族(北米)。脱魂し補助霊を呼び出す歌を歌う。病人に意識がなければ霊を取り戻すために再び脱魂する。脱魂を終えると、旅の様子を長々と聞かせる。飄風(ひょうふう:つむじかぜ)の幻覚を見れば、原因がつむじ風であることを意味し、病人が美しい花のなかを歩いていれば、必ず癒えることを意味し、花が色褪せていれば病院はまもなく死ぬと予想される。病因が体内に侵入した異物だと分かると、トランスのなかで病気のいすわっていると思われる体の部分を吸って病因を除去しにかかる

 脱魂による病因の探索と吸い出しによる病因の除去。霊魂思考と霊力思考が見事に分かれている。


3.悪霊の除去と脱魂

ヤクート族。守護霊が呼ばれ、病気の原因を探す。次に悪霊と戦う。最後に犠牲にした動物の魂を天界に連れてゆくために脱魂する。

 悪霊払いは、「戦い」が重要だったことが分かる。そしてそこでは必ずしも脱魂は主眼にならない。しかし脱魂の技術はある。供犠の動物の魂を霊魂を天界に届けるために脱魂が行われるのは、脱魂の必然性の衰退を物語るのだと思える。

『シャーマニズム 上』


『シャーマニズム 下』

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2015/01/10

ワーフガミ(豚拝み)

 沖永良部島で、重病人の平癒祈願のために豚の供犠のために唱える呪詞がある。ワーフガミ(豚拝み)だ。

 「今日という吉日にユヌカニというユタがこの家と屋敷に頼まれてきました」と始まるワーフガミ(豚拝み)では、「照るお日様のお許しを受けて、この村の何某が病気して、村の物知りに占いさせたら、厄強くて、魂が迷っているとのことで、何某の身代り、身代りの供物を受け取ってください」として、こう続く。

今日なら今日、今なら今、髪の毛を抜いて、抜け替るように、この島の同年の者と膚を代えて下さい。

 この呪詞中、もっとも恐ろしいのはこのくだりだと思う。病人の治癒がその人物のみを対象とするのではなく、島の同年の者との代替が言われているのだ。ということは、豚の供犠は、病人のための犠牲ではなく、島の同年の者と病を代替するための犠牲なのである。この間接化は、すでに豚の供犠はそのままでは病人の霊魂の戻しを獲得できないという呪力の後退が意識された結果なのかもしれない。

 けれどそれより恐ろしいのはなぜ、島の同年の者が代替とされなければならないのかということだ。喜界島の同様の供犠では牛が対象になり、病人は助かるが家に来ていた同年の者がグショ(後生)の使いの者に引き取られていったということが語られる。そのため、喜界島では、同じ集落の同年齢の者は葬儀に参加しないとうのだ。

 ここで、島の生産力は一人の病からの帰還を補う力がなく、それは誰かと代替されなければならないという地上の経済が考えられているというのでは的を外す気がする。これは、人は誰かの生まれ変わりであるという再生の思考が関与して、死に変わりとも言うべき思考を呼び寄せているのではないだろうか。

 呪詞は続いて、豚の供犠の由来について触れている。「トームルク島のヘーフクジ、バシャフクジは、俵にお金をいれたてためていた人であった」。

 飢餓の世になった時、貧乏人たちがヘーフクジ、バシャフクジに物乞いをするが、相手にしない。そこで、「天に照るお日様」が、「心と性の悪者」にして豚に変えてしまう。それが豚の供犠の由来だとユタは唱える。

 ほんとうに恐ろしいのはこのくだりなのかもしれない。ここには、おそらく架空の島を舞台にした物語で、動物(豚)の供犠がもともとは人間であることが示されているからだ。ここでは、実際に人が供犠の対象になった時代があるかどうかが重要なのではなく、呪詞のなかで、豚が本当は人間であることをはっきり示されていることが重要なのだと思える。
 

『奄美説話の研究』

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2015/01/09

天の階層化と地下の対置

 天界を信仰する場合、単純埋葬によるものが原型だが、それ以外の類型がみつかる。それは、天が階層化しているときで、その場合は、葬法は伸展位の乾燥葬になるのだ。(棚瀬襄爾『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』)。

 典型的なのは、ポリネシアだが、この場合、地下他界が対置されて、社会階級によって天と地下の行く先は区別されている。

 棚瀬は、北方の諸民族についても考察を加えている。

 チュクチ族。上天と中天(階層化の萌芽が見られる)。地下の対置。
 アイヌ族。6層の天と6層の地下。
 ヤクート族。17層の階層と世界を天、中、地下の三界に分けているとの報告あり。
 アルタイ人。善なる神は地上17階に住み、悪なる神は地下7~9階に住む。
 モンゴル・ブリアト。99の天の観念。地下の報告はなし。

 これらの地域での葬法は、地上放置または台上葬が多く、埋葬が少ない。この、埋葬が少ない点を除けば、ポリネシアと同類型のものだと見なすことができる。

 琉球弧において高神が発生したとき、そこで天界が表象されても不思議ではない。このとき、天界を表象した根神、祝女たちはどの葬法を採っただろうか。ぼくも知る範囲では、埋葬も乾燥葬もどちらもある。乾燥葬、つまり台上葬を採った場合は、島人の、いわゆる風葬と見分けがつかない。しかし根神や祝女の場合は、天界の神へ赴くという観念を宿したかもしれない。そして、ここでの天界には階層は存在していない。だから、少なくとも初期は、内在的なもので、北方やポリネシアからの流入ではなかったのかもしれない。

 ただ、注意しなければいけないのは、天界というのはもともと厳密な意味での他界ではない。現世の延長上の超越としてそれは表象されている。棚瀬は、一種族が持つのはひとつの他界だから、天と地の対置は征服を含む種族の混交であり、これを特異な例として挙げているが、生と死が分離して種族全体が他界を観念するようになって天界も他界の表象を帯びるようになるのではないか。ポリネシアや北方の場合は、地下他界との対置によって、天界は他界化したのではないだろうか。そこで、天は階層化したと考えるのだ。

 cf.「宮古島における天上と地下の対置」


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2015/01/08

「女の作った御馳走」

 ぼくはこれまで、琉球弧におけるハイヌウェレ型神話について、喜界島阿伝の煙草の期限の民譚しか知らなかったが、山下欣一の『奄美説話の研究』(1979年)には穀物のそれが紹介されている。

女の作った御馳走

 「旅をしている若い侍がいた。旅をしているうちにいつのまにか夜になった。侍は泊る所を探すと、すぐ側に宿があり、年とった女の人がいた。侍が夕食をたのむと、その女の人は、暫く待って下さいといって、戸を全部しめてしまった。そしれこの戸をあけないで下さいとたのんで外へ出て行ってしまった。女が帰るのが遅いので不思議に思って侍がのぞいてみると、女は盛んに歯のくそ、目のくそ、目やり、鼻くそ、耳のくそなどを入れて御馳走を作っていた。侍はまったく驚いた。暫くして女が持ってきたのは、そんなものを入れたものと思われないほど立派なものだった。侍はしゃくにさわって女を殺してしまった。また不思議、女の口から米、鼻から麦、目から野菜、耳からは芋がすくすく生えたという」(田畑英勝『奄美大島昔話集』名瀬市浦上)

 これが後代に民譚として流入したものではないと仮定すると、民譚の要素は現在的なものに置き換えられることがありうることを示している。「侍」という登場人物がそうであり、また化成する穀物も稲作以降のものになっており、「野菜」という大括りなものになっている点でも、そう感じさせる。喜界島阿伝で化成するのも思い草(煙草)だった。琉球弧に煙草が伝来したのは17世紀前後と考えられているから、これも置換がなされていると思う。

 また、「歯のくそ、目のくそ、目やり、鼻くそ、耳のくそ」を入れて料理をしているのであって、「くそ」がそのまま価値のあるものになっていない点もこの民譚がハイヌウェレ型から逸脱した経緯を思わせる。ただ、身体からの分泌物や排泄物が価値あるものになるという視線には、霊力思考の投影を見ることができる。

 高橋一郎は「奄美・神の行方」(『奄美学―その地平と彼方』)のなかで、この民譚の採取された浦上が「噛みミキ」という「古来の製法を守る」所だと指摘して、浦上にハイヌウェレ型の民譚が存在する理由に迫っている。

 浦上に穀物女神を語る死体化成化伝承が存在しえたのは、宇賀弁天が祀られ、天女が酒を醸すように古法の噛みミキを造るシマだったからこそである。つまりこうした伝承が伝播され人びとが受容していくことを可能にする土壌があったと言っていい。

 ミキはもともと神酒で、口噛みした米を発酵させて造り、祝女による噛みミキは万病に効くとされた。ここにいう「古法」とはそのことを指している。高橋は、浦上のハイヌウェレ型民譚を「伝承され伝播された」新しいものと捉えているように思えるが、その当否はともかく、受容される土壌があったのは確かだ。あるいは、この民譚が存続する土壌があったと言ってもいい。たしかに噛みミキには、霊力思考とともに、ハイヌウェレ型民譚の祖形の要素、つまり、身体の分泌物、排泄物が価値あるものになるという同型の思考が潜んでいる。

 ところで、イェンゼンは『殺された女神』のなかで、ハイヌウェレ型の神話を持つ地域について、高神の不在を指摘している。

 天界やオリュンポス山上やまたは、他の他界領域に現に存在し、賞罰を加えることによって人間の生活に干渉し、その運命を支配し、そして人間が祈祷と供犠を通じて結びつくことのできる神」は多くの社会に存在していない。ここでは実際にこのような神観念は存在しない。それにもかかわらず、神的性格を帰せねばならないような神話上の人物が充分存在しているのだ。それは、神話的原古における偉大な人物であり、奇跡的存在であり、ある時は動物として、ある時は人間として理解されており、かつこの文化の人々にとって、重要なものを全てもたらし、現存する世界の秩序を基礎づけたものである。その創造行為は、確かにわれわれが熟知している高神(ホッホゴッド)のそれとは全く異なった種類のものである。つまり彼ら自身が生活に重要なもの、なかんずく植物に変身するのだ。(cf.「イェンゼンの「殺された女神」」

 女性が穀物として再生されると考えられた時には高神は存在していなかった。女性の殺害を祭儀として行っていたマリンド・アニム族は、死後、頭蓋を赤く塗るが、再び埋めて頭蓋崇拝は行わない。ここでは、霊魂思考より霊力思考が強いのだ。けれど、来訪神の原型となる死者、神話的存在としての仮面はすでに成人儀礼のなかで誕生していた(cf.「ハイヌウェレ神話とマヨ祭儀」)。

 東南オーストラリア、シベリアなどでは、単純埋葬のもとで、高神の観念を生んでいた。南太平洋において、初期の農耕で、霊力思考が混入したところでは、来訪神の観念を生む。

 ところで琉球弧では、高神、来訪神ともに、初期の段階で生まれていると考えられる。霊魂思考も霊力思考も、その混融思考もともにあったということが、女性の殺害の段階をすみやかに通り抜けさせ、ハイヌウェレ型神話の残存を希薄にしたのだろうか。

 少なくとも、自己幻想をシマの共同幻想と同一視する根神、祝女の出現は、ハイヌウェレ型神話の時期を終わらせた契機になったのに違いない。


『奄美説話の研究』

奄美学―その地平と彼方


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2015/01/07

『憑霊とシャーマン』

 佐々木宏幹(『憑霊とシャーマン―宗教人類学ノート』)は、沖縄のカミダーリィについて、

 1.神霊・精霊がある人物に事物・情景を見せたり聞かせたり、悟らせたりする「霊的影響=働きかけ」
 2.神霊・精霊が自らある人物に依り憑く「憑霊」
 3.自らの霊魂が他界に赴く「脱魂」

 と整理した上で、3は稀であり、1と2が連続、混合しあっているとしている。これをみると、琉球弧のユタは、憑霊型の巫覡であるように見える。宮古島の男性の例も挙げられているので、琉球弧の巫覡と言ったほうがいいかもしれない。

 カミダーリィの原因について、リーブラは夫婦の不和、家族の確執を挙げ、桜井徳太郎は、加えて医者にかかっても治らない身体的病、そして佐々木は、さらに、事業の失敗や金銭的な不如意を挙げている。どれも外側から、そう見えるということに過ぎないが、対幻想の失敗、共同幻想との関係づけの失敗に端を発している。そのどれも個人的に異常なわけではもちろんない。ただ、彼女らが共同幻想に自己幻想を同調させる憑霊型の巫覡と共同幻想を対幻想の対象に選ぶ巫女と両方の顔を持ちうることは示唆されていると思える。

 佐々木はシャーマンのトランス状態の中身に言及している。

実際には単なる忘我や脱我あるいは無意識の状態ではなくて、通常の意識とは異なる意識の中に、神仏はじめ種々の像や光景がきわめて強烈に表象される状態である。あるいはまた自己自身が神や精霊などに変身して行動するような状態である。換言すれば、それは幻覚や幻視を伴う異常な意識状態である。

 このトランス(神がかり)の状態について、職能者が「夢のような気持ち」と表現することから、佐々木は夢に着目する。

 アンダマン島では、呪術師はオコージュムと呼ばれるが、それは「夢見る人」、「夢から話す人」を意味している。また、メラネシアのニュー・へブリデスでは病人が出ると「夢見る人」に依頼する。ここでは、呪術師の呼称そのものが、夢に関係づけられているのだ。ぼくにはこれは、南太平洋の呪術師の霊魂思考をよく現すものに見えるが、佐々木は、「トランスは覚醒時あるいは昼の夢であり、夢は睡眠時あるいは夜のトランスである」と控えめに指摘しているが、その通りだと思う。シャーマンはトランスを意識的に引き起こすとすれば、夢もシャーマンにとっては意識的なものになりうる。

 タイラーは「霊的存在への信仰」をアニミズムと称した。佐々木はタイラーのアニミズムについて、万象にはそれを成り立たせている「いのち」・「個性」があるとの信仰と、万象には「霊魂」・「精霊」が宿るとの信仰という二つの意味が含まれていた。前者は一つひとつの物や存在がもつ生き生きとした個性あるいは性格であり、これにたいして後者は物や存在に内在するが、時と場合によっては、宿り場から自由に離脱しうる実体であると言える、と整理している。

 エヴェンズ=プリチャードは、「アニミズムには相矛盾する概念が含まれていたので、混乱と誤解を生むにいたった」と指摘しているが、佐々木も「現在にいたっても、この問題は解決されたとは思われない」と書いている。

 何が問題なのかはぼくには分からないが、タイラーが「いのち・個性」と呼んでいるものはアニミズムの霊力思考の側面であり、「霊魂」・「精霊」が宿るというのは霊魂思考の側面であると言えばいい。両者は出所が違うから、二つの側面として生きるのである。

 佐々木は沖縄のユタにも他界飛翔の経験をもつものがあるとして、谷川健一の挙げた例を取り上げている。そのユタは谷川の「あなたは後生(あの世)に行ったことがあるか」という問いかけに答えて「行ったことがある。母の袖につかまって空を飛んだ」と言う。後生にはこの世にある一切のものがあり、各人はこの世で暮らしたのとまったく同じように生活するのだという。このユタは後生から空を飛んで帰ってきた。後生の渚に大勢の人たちが並んで見送った。みな白い衣装を着ていた。後生の神が、あとを振り返ってはならぬと言ったが、途中でいましめを忘れてふと振り返ってみると、大勢の見送り人はすべて骸骨だった。

 このエピソードを、佐々木は脱魂型のシャーマニズムと関連づけているが、本質的ではないと思う。ここには、自己幻想と共同幻想を融合させる苦痛もなければ、神々や精霊との交渉で地上の共同利害を調整するという共同幻想の統御の困難も見られない。流布された後生のイメージに沿った幻視があるだけであり、これはこのユタが巫女に他ならないことを示していると思える。

 堀一郎は、日本人の信仰の基本構造を、氏神型と人神型とに分けるが、佐々木はこれを受けて、氏神型はプリースト的であり、人神型はシャーマン的である、としている。堀の分類は、高神型と来訪神型と見做せるものだが、佐々木の整理ほど単純にはならない。

 琉球弧ではたしかに祝女は司祭として振舞ったが、同時に人神としても振舞った。また、そもそも脱魂型のシャーマンは高神の観念と共存していた。


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2015/01/06

エリアーデの『シャーマニズム』 2

 アメリカ先住民なら誰でも幻覚を見たり、守護霊を得ることができるが、「精霊との関係によって超自然的な世界に深く入り込めるのはシャーマンだけである」。シャーマンの主要な機能は、病気の治癒が主だが、狩猟や天候を左右することができるという点において、「社会統合的機能」を持つ。

 北米では、「ほかに宗教的儀礼がないから、シャーマニズムによる治療はとくに重要な儀礼なのである」。

 アチョマウィ族では、病因がほかのシャーマンの呪いの場合、治療者は長時間皮膚を吸ってから、呪物を取り出す。やはり、呪言(クチ)は、霊力思考によるものだとわかる。ただ、琉球弧の場合、対抗する呪言(クチ)によって呪いを解くから、ここには霊魂思考が関与しているように思える。

 南米のグァラニ族はシャーマンを尊崇するあまり、彼らの骨を礼拝の対象としているほどである。これは霊魂思考の産物で、祝女の骨を拝む琉球弧と同じだ。

 北米、エスキモー、シベリアにおいては、シャーマニズムが部族の宗教生活を支配しているが、オーストラリア、オセアニア、東南アジアにおいては、呪術宗教的生活を構成する一現象に過ぎない。これは高神の観念による霊魂思考においてシャーマニズムが「脱魂」(エクスタシー)の根拠をもったことの現れではないだろうか。

 マライでは、「精霊がシャーマンの上に降臨し、彼に「憑き」、参会者から発せられる質問に答える」。ポリネシアでは「預言者や司祭者、さらには単なる霊媒さえ、憑霊されている限りでは神の権化とされ、それ相応の扱いを受ける(p.122)」。こうした記述は、琉球弧との親近性を語るものだ。

 メラネシアではシャーマンが屍の傍で眠るという習慣も見られる。彼は眠っている間に死者に付き添って魂を他界へ導き、目を覚ますと旅での種々の事件を語って聞かせる(p.109)。

 ぼくたちはニューブリテン島のスルカ族では近親者が、ダントルカストー北部のメラネシア人では夫が死んだ場合は妻が、死者と添い寝をするのを知っているが、なるほど他界への同伴であれば、シャーマンの役割にふさわしい(cf.「埋葬思考と風葬思考の混融」)。

メラネシアでは古代の呪術的治療の存在と、厳密な意味でのシャーマン的伝統とイニシエーションとの欠落が見られる。シャーマンのイニシエーションの欠落は、イニシエーションに基礎づけられれている秘儀社会によって演じられる大きな役割のせいであろうか。その可能性はあると思う。たとえそれがどのような理由によろうとも、メラネシアの呪医の本質的機能は病気なおしと占いとに限定されている(p.113)。

 メラネシアでは、生と死が分離し、明確な他界が生み出されているため、「脱魂」が困難になっているためだと思う。また、高神の観念も生まれていないので、「脱魂」の根拠も生まれていない。そこで、「憑霊」が主流になる。だから、「秘儀社会によって演じられる大きな役割のせい」ではない。

 エリアーデは日本のシャーマニズムについても触れている。「日本のシャーマニズムは北方アジアやシベリアの厳密な意味でのシャーマニズムとはかなり異なっている。それはまず第一に、憑依技術であり、しかも女性によって行われる(p.258)」。「多くの日本の女巫は生来盲目である。今日では、彼女らのエクスタシーはひどく偽装されたものである」。

 これらはすでに共同幻想を対幻想の対象にした巫女の段階にあるものの観察だ。巫覡としてさかのぼれるとしても「憑霊」であり、「脱魂」までには届かないと思える。


 

『シャーマニズム 下』

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2015/01/05

「シャーマンの仮面」

 エリアーデはシャーマンと「仮面」の関係にも言及している。

 トゥングースのあるシャーマンは、「マルの霊がその身にあることを示すために」、即席に仮面を作る。それは、「精霊界への呪的参加に関する基本技術である」。

われわれがこのように信ずるのは、世界の多くの地域において、仮面は祖先を表わし、その着用者はこれらの祖先に化身すると信じられているからである。顔に脂肪を塗ることは自ら仮面を被ること、つまり死者の魂に化身すると信じられているからである。顔に脂肪を塗ることは自ら仮面を被ること、つまり死者の魂に化身する最も簡便な方法の一つである。他の処では、仮面が男性秘儀結社と祖先崇拝とに関連していることもあるが、歴史的、文化的研究では、この仮面、祖先崇拝、およびイニシエーション的秘儀結社から成るこの複合は女家長制の文化圏に属し、秘儀結社は、この説明に従えば女性の優位性に対する反動であるとされている。
 シャーマンの仮面がごく稀にしか現れないといって、驚くには当らない。(中略)シャーマンの衣裳はそれ自身一つの仮面であり、元来仮面から由来したものと見做されるべきだからである。

 男性の秘儀結社が、「女性の優位性に対する反動」だというのは当らないと思えるが、仮面と顔に脂肪を塗ることは同一だとみなすのは正確だと思う。シャーマンの衣裳と仮面はどちらも、死霊の衣裳としての身体なのだ。

仮面はシャーマンの衣裳と同じ役割を演じていること、そしてこの二つの要素は相互に転換され得るものである、と結論することができよう。どこで使用されようと、仮面は明らかに神話的人物の化身を表象するものである。そのような意味で、衣裳はすべての人の眼前でシャーマンを変質させる。その存在が示そうとする卓越せる属性が、生き返った死者の威光(骸骨)であれ、飛翔能力(鳥)であれ、「天上の配偶者」の夫の条件であれ、シャーマンを超人間的存在に変えるのである(p.282)。

 強いていえば、シャーマンにおいて仮面の使用が稀なのは、シャーマンにとって彼の霊魂が神話時代へ遊行することが重要なのであれば、彼は彼自身の顔のままで構わない。むしろ、その方が彼の霊魂が問題であることがはっきりする。儀礼のなかの仮面では、仮面こそが衣裳として重要になる。仮面が、精霊であれ死霊であれ、その仮面の霊魂を指し示してくれるからだ。


『シャーマニズム 上』


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2015/01/04

エリアーデの『シャーマニズム』 1

 エリアーデによれば、シャーマンとは脱魂(エクスタシー)を行使するものだ。したがって、呪医すべてがシャーマンではない。

シャーマンは呪医でもあるけれども、すべての呪医はエクスタシーを行使しないという意味でシャーマンではない。

 また、「脱魂」は「憑霊」に先立つ。

すなわち、一方でシャーマンの魂が、上方の世界もしくは地下界を旅している間に、「もろもろの精霊」がシャーマンの肉体にとりつくことは出来る。が、この逆のプロセスを想像することは困難だからである。

 ぼくたちは霊魂思考と霊力思考における病因とその治療の在り方から推察すれば、「脱魂」はすぐれて霊魂思考であり、「憑霊」は霊魂思考と霊力思考の混融の産物と考えられるが、その当否を確かめたいのはこの本を読む動機にもなっている。

 「脱魂」を本質と捉えるエリアーデにとって、シャーマニズムはすぐれてシベリアと中央アジアの宗教現象である。なぜなら、そこにシャーマンはトランスを得意とし、そのトランスの間に魂は肉体を離れて天上界に昇り、地下界に降りてゆくというシャーマニズムのモチーフが豊かだからだ。

 シャーマンは「憑霊」者とは違う。

シャーマンは人間でありながら、死者や「悪魔」や「自然の精霊」の道具となることなしに、それらの交通することができるということだ(p.44)。

 この記述だけにしたがえば、脱魂は憑霊より高度だ。憑霊者ができるのは、霊に憑くことだが、脱魂者は死霊や精霊と交通できるからだ。

 別の側面から考えてみる。

 ぼくたちは地下他界を持つオセアニアの事例から霊魂思考を抽出したが、それは東南オーストラリアにも見られたように、単純埋葬の狩猟民や牧畜民にも見られる思考だということが分かる。そして、「脱魂」の技術はこの段階で生まれたようにみえる。霊魂思考のもとでは、病気の原因は霊魂の離脱と考えられるが、「脱魂」とは自分の霊魂を抜け出させることであれば、「脱魂」とは意志的に病気を生み出す技術である。

 エリアーデは、「脱魂」には天界への飛翔が伴うとしているが、これは霊魂思考が、天上(他)界を持つ種族によって生み出されたことを示していると思える。天上へ飛翔し、地下へ降りるという場合は、天上界と地下の高いが対置されている種族において見出される。

 だが、「脱魂」にとって飛翔は本質的なのかもしれない。オーストラリアで呪医になる事例として取り上げられているアルンタ族、ワラムンガ族、ビンビンガ族、マラ族は、どれも再生信仰をもつ種族だ。こうしたところでは明瞭な他界観念は見られないが、ビンビンガ族とマラ族では、呪医になるなかで「天空へ連れ去られる」過程を含んでいる。この天空は、「神」とは形容されていないが、マラ族では「星の住人と会話を交わす」とあり、明瞭でないながらも、他界を天とみなす思考があったのかもしれない。ただ、高神が意識されていないところでも、天空への飛翔は思考されているのだ。

 シャーマンのイニシエーション(入巫儀礼)は、成人儀礼や秘密結社への加入礼と同型をなしている。ただ、違いといえば、シャーマンにおいては、「脱魂」の経験を必須としているということだ。この点で、「シベリアと中央アジアには、一つの年齢集団から次の年齢集団への過渡の儀礼はない(p.127)」と、エリアーデがシャーマニズムの本拠とみなした地域に、成人儀礼が存在しないのはとても興味深い。シベリアと中央アジアでは、それだけシャーマンの地位は高く、脱魂の技術が尊重されていたということではないだろうか。

 エスキモーのシャーマン候補者が、イニシエーションをパスしようとすれば、「自身を骸骨として眺める能力」を得なければならない。これは、「脱魂」が、骨を根拠にした霊魂思考であることを物語っていると思える。それはシャーマンの衣裳にも現れていて、しばしば骨を模した鉄製品を身につける。骸骨を模倣することで、シャーマンの衣裳はそれを着ける人の特殊な立場を明確にする。ある意味でそれは、死んで蘇った人ということだ。

さて狩猟民族の間では、骨は人間、動物ともに、生命の究極の源泉とされ、その源泉がその種族が随意に再形成されると見做される。それからこそ、狩りの獲物の骨は破壊されず、注意して集められ、慣習に則って処置-埋葬されたり、台上に安置されたり、樹上に置いたり、海に投げたり-されるのである。このような観点からして、動物の埋葬は正確に人間の遺骸処理方法に従うのである。なぜなら、このいずれの場合も同様に、「霊魂」は骨のなかに宿っていると考えられ、したがってその骨から個体の復活が期待され得るからである(p.273)。

 しかし、南太平洋で見た限りでは、埋葬か台上葬、樹上葬とでは考え方は異なる。単純埋葬は、骨を根拠に霊魂を思考し、高神の観念を生むが再生信仰はない。台上葬、樹上葬では、全身の骨を処理するが、ここには再生信仰がある。だから、骨を再生の根拠にするのは、台上葬、樹上葬の種族であるはずだ。両者がともに現れているとしたら、それは両思考の混融の結果だと思える。

 中央アジアと北アジアにおけるシャーマンの主要な機能は呪術的治療だ。そこでは病気の原因は「魂の誘拐」という考え方がもっとも広くゆきわたっている。

治療法はまず魂を見つけ出して捕え、患者の体内に戻してやるのが原則である。アジアのある地方では、病気の原因は患者の体内に何か呪物を入れ込んだり、悪霊に「憑」かれたりするためだと考えるから、その治療は、有害な物を体内から取り除くか、悪霊を追い出してしまえばよい。病気の原因が二重になること-魂が誘拐されて、かつ悪霊に憑かれたような場合-もあるが、こんなときには、シャーマンは魂を探すと同時に悪霊を追い出すという二つの治療法を行うのである(p.368)。

 これを整理してみる。

・「魂を見つけ出して捕え、患者の体内に戻してやる」 霊魂思考
・「患者の体内に何か呪物を入れ込んだり」 霊力思考
・「悪霊に「憑」かれたり」 霊魂思考と霊力思考の混融
・「魂が誘拐されて、かつ悪霊に憑かれた」 霊魂思考と霊力思考の混融

 治療を「脱魂」状態に入り行うのが本来。しかし、毒物を食べてトランス状態に陥るのがその頽落形態として現れる。次には、補助霊による脱魂の旅や神話的原型の知られている冒険物語からなるようになる。これはぼくの想定で並べてみたものだが、共同幻想に憑くことが難しくなると、換喩の力に依るようになったことを示すと思える。

 エリアーデは、霊魂思考と霊力思考を区別しているわけではないから、あいまいにしか分からないことも多いが、「脱魂」は霊魂思考の産物であり、脱魂時における飛翔の観念を伴う。霊魂思考においては高神の観念を発生させるから、飛翔は高神のもとへ赴くと考えられやすい。

 「脱魂」が霊魂思考の産物なら、「憑霊」は、霊魂思考と霊力思考の混融の産物だと考えてきた。「脱魂」が起こるのは高神のもとでだが、天上界は実際には他界観念とは言い切れない。つまり、共同幻想と自己幻想の分化し始めた頃を指し示すと思う。そこで、シャーマンは未分化の状態を心的に再現して、共同幻想に自己幻想を融合させる。「憑霊」は、地下の他界が発生した後の行為だ。ということは、共同幻想と自己幻想が分離しているので、シャーマンは自己幻想を共同幻想に同調させればいい。こう考えると、エリアーデとは別の側面から、段階として「脱魂」は「憑霊」に先行していると言うことができる。

 「脱魂」では、神話時代に遡行できると考えられている。アボリジニのドリームタイムを幻視できるということだ。この行為は「憑霊」ではできないのではないだろうか。

 そして、対幻想が共同幻想から分離すれば、対幻想の対象に共同幻想を選ぶことができるようになる。これが巫女だ。本には「脱魂」はほとんどの場合、エクスタシーと翻訳されている。しかし、このエクスタシーに性的な意味は伴っていない。だから、巫女が共同幻想を対幻想の対象として選ぶのとは、脱魂的ではあっても、やはり違うのではないだろうか。そこには性的な恍惚が伴うはずだ。


『シャーマニズム 上』

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2015/01/03

祝女とユタ

 吉本隆明は、『共同幻想論』のなかで、口寄せ巫女とシャーマンとの違いについて言及している。

 福島県の「わか」が、神々の名を呼び死者の名を呼んだあと、それらが乗り移って身体を振動させ、託宣をなす事例を挙げ、書いている。

 わたしの推量では、ここで記述された「わか」と呼ばれる巫女の神憑りの方法は〈性〉的な行為の象徴であり、「わか」が措定する対幻想の対象は「八百万の神」に象徴される共同幻想である。
 おなじように「わか」の神つけの技術は、粥一食の飢餓状態で心的な〈異常〉状態を統覚する修練にある。そして一方では師匠からの伝習によって呪詞を暗誦するのである。
 この「わか」に象徴される日本の口寄せ巫女がシャーマン一般とちがうのは、巫女がもっている能力が、共同幻想をじぶんの〈性〉的な対幻想の対象にできる能力なのに、シャーマンの能力は自己幻想を共同幻想と同化させる力だということだ。巫女はしばしば修行中にも〈性〉的な恍惚を感じられるだろうが、シャーマンでは心的に禁圧された苦痛がしばしば重要な意味をもつだろう。なぜなら本来的には超えがたい自己幻想と共同幻想との逆立した構造をとびこえる能力を意味するからである。

 共同幻想を対幻想の対象に選ぶという意味では、制度化された祝女の存在をよく説明するし、祝女が多く結婚をしなかったということとも合致する。けれど、一方、巫女が「村落共同体の共同体と〈家〉の共同体の利害の関係」を扱うという点では、ユタ的である。強いていえば、制度巫女か家巫女のちがいに過ぎなくなる。

 けれどユタは人を選び、時間を遡れば男ユタ(呼称はともかく)も存在したことを踏まえれば、自己幻想を共同幻想に同致させた段階を想定することはできるはずだ。そこへ向かってカンカカリヤがどこまで遡及できるか、確かめていきたい。

 メモ。いわゆる脱魂型とは霊魂思考のものであり、憑依型は霊魂思考と霊力思考の混融のものであるように直観的には思えるが、それも確かめなければならない点だ。


『共同幻想論』

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2015/01/02

霊魂思考と霊力思考

 棚瀬襄爾の労作、『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』を元に、霊魂思考と霊力思考を整理してみる。


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 この整理をもとに、琉球弧との対照から考えたことは次のいくつかだ。

 まず、高神の発生は霊魂思考に由来し、来訪神を霊魂思考優位のもとでの霊力思考の関与と見なした。複葬を行わない伸展位の埋葬を行う東南オーストラリア諸族において、高神は発生していた。霊魂の思考があれば高神は発生するのだと思える。これまで、来訪神は地下他界と結びつけて考えてきたが、資料で分かる範囲からは、純粋な地下他界の例はなく、地下他界であっても霊力思考の影響を認めないわけにいかなかった。しかし、肉体の再来は、霊力思考の産物であってみれば、来訪神はそれで妥当なのだと思える。

 霊魂思考のもとでは、死者との添寝は他界への供を意味したが、霊力思考との混融のもとでの死霊は、霊魂の転移の意味を持つと捉えた。

 琉球弧の呪言(クチ)も、霊の投げつけは霊魂思考だが、そこに霊力があり、病因になりうるという思考は呪術的なもので、これも両思考の混融ではないかと見なした。

 これらの整理をもとに、再度、琉球弧の習俗を見ていくことにする。

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2015/01/01

東インド諸島の他界と葬法

  東インド諸島(棚瀬襄爾『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』)。棚瀬のこの区分は、ニューギニアを除いた島嶼部、マレー半島、フィリピンを含んでいる。

 マレーシアでは、病因、死因は、自然なものの他は、

 1.呪術的原因
 2.死霊、悪霊の憑依ないし悪影響
 3.死霊が生霊を取ることによる霊魂の離脱

 それに対する治病法は、

 1.病気の正体の吸いだし、抜き出し
 2.悪霊、死霊の払い
 3.離脱した生霊を捕えて身体に戻す

 カリマンタン(ボルネオ)のカヤン族では、原因不明の重病は悪霊によるものとして祈祷を行う。狂気も何らかの悪霊の憑依であり、この場合は病人の霊魂が抜けだしたものと考え、霊魂の復帰を行う。これを行うのは職業的な巫者。この巫者は病中夢において勧められ、技術を習得する。女性が多い。巫者は頼まれるとトランス状態になり、自分の霊魂を送って、病人の霊魂に帰来を強要する。カヤン族の場合は、原因不明の重病の場合は、2であり、狂気の場合は3というように複合している。

 複合しているということについては、琉球弧も同じだ。悪霊(ムン)払いは、2の型に属すると思える。Ⅱ明日島では、伝染病は敵意を持つ悪霊が村を歩き回るからであるとするのも、琉球弧に似ている。

 ボントック・イゴロット族では、巫者を「夢見る人」と呼ぶのは印象的だ。「夢見る人」は、他界アニトの世界を語る。

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