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2014/12/08

常在神とオボツ神の同一性と山中他界

 J・クライナーの「南西諸島における神観念・世界観の再考察」をもう少し、掘り下げてみる。

 クライナーは、加計呂麻島のカミヤマについて三つの形態に分類している。

 1.ウボツ(オボツ)カミヤマ

 部落の一番、近い裏山。あるいは、その付近で一番高い山。そこに一本ないし数本の古木があって、その根元には線香と水が供えられている小さな拝所がある。

 村から遠く離れた山の場合は、そこまでなかなか登れないので、遠方から拝むだけで、それだからオボツのことを、ウガン、ウガンヤマと呼ぶこともある。ウボツにはウボツノカミが拝まれているが、この神は普通天に坐す男性の一柱、ないし七柱の神で、祭祀の時に天からこのウボツカミヤマの木におりて、ここから神道を通って村のミャー拝所に迎えられる。

 2.イヤンヤ(岩屋)

 岩や洞窟の中に「昔の人の骨」が散らばっていて、死者の霊の行くグショの地下他界への入口に通ずるといわれているから、非常に恐れられている。こういう山はグスクとも呼ばれている。

 3.イビ、イベ、イベガナシ

 イベは山よりも村に近い。あるいは村のミャー(広場)に接する平坦地の小さな林か藪と、その中の空き地にある拝所を指す村がある。ウボツカミヤマの斜面、あるいは直接、ミャーにある村も見られる。形態は、珊瑚岩でつんだ小高い塚、石で囲まれた一段高くなった土台と木、または自然石。

 この拝所も墓である。しかし、ここはイヤンヤ神山と異なって、神聖化されても怖れられてはいない。神祭りには必ず、供物が供えられ、拝まれている。このイベには村を常時守る神の観念が結びつけられている。たとえば武名部落のイベはシマガオス(シマコス=島高祖)として、この村の初めに当るシマタテヨタテ(=島建世建)の神の拝所とされている。この神は、シママモリガミと呼ばれるごとく、常にこの世に坐し(常在)、村と村民の存続を守る神である。

オボツカミか、後に触れるネリヤカミ、ナルコ・テルコカミと本質的に異なっている以外には、何の伝説も言い伝えもない点で非常に特色のある神と考えられる。この神の数、性または名前については一切分からないという村は多い。

 カミヤマの三つのタイプは部落によって一か所ないし二か所の山に集中している例もある。

 ぼくは、イベに祀られる常在神だけでなく、オボツ神も高神と見なした。その視点でみれば、オボツのカミヤマとイベは連結されてしかるべきだった。それが残っているのは、イベが「ウボツカミヤマの斜面」にある阿多地の例だと思う。

 阿多地では、イビである石の隣りに祠があり、そこは「村を開拓した人」を祀る場所である。ところで、このイビと「村を開拓した人」の祠は、実はボッ山(オボツ山)のなかにあるのである。イビとは、つねに村を守護する神が居る場所であることを考えれば、ボッ山につねに神(山の神)がいると考えられるようになったとしても不思議ではない。(吉成直樹『琉球民俗の底流―古歌謡は何を語るか』 2003年)

 これはぼくの言い方にすれば、村を守護する神がボッ山の神であり、それが山の神と呼ばれることもあったということになる。

 この連結が果たせなかった場合、イベとオボツのカミヤマは分裂あるいは二重化することになる。分裂、二重化契機になったのは、低地へ集落が移った時に、オボツのカミヤマとは離れた場所に移動したか、そもそも低地に集落が開拓されて以降に住み始めたかのどちからだ。

 そこで、高神に対する信仰の純粋形態は、イベに残り、オボツのカミヤマには別の集団による高神の信仰がかぶさったのだと思える。それは、イベの高神に対して、オボツの高神は、「天に坐す男性の一柱、ないし七柱の神」と、聖域が単性的であることの反映が神に対してなされていること、そしてオボツに迎えられた神が、来訪神の思考を接ぎ木していることに現れていると思える。

 興味深いのは、二月の神迎え(カムムケ)にボッ山から神を迎えるが、そのとき、ボッの神はいったんデイゴの木に降り立ち、さらに神が四月の神送り(オーホリ)に送られるときまで滞在することになるトネヤと呼ばれる建物にやってくると考えられていることである。(吉成直樹『琉球民俗の底流―古歌謡は何を語るか』 2003年)

 木に降り立った神が、トネヤにやってくるのは不可視の場合もあれば、祝女が可視化する場合もある。特に、後者の場合に、来訪神の思考の接ぎ木は露わになると言える。

 そして、イヤンヤ(岩屋)は聖域化されることなく、他界と見なされたカミヤマだ。これは埋葬思考と風葬思考が混合した際の、地上の他界のひとつであり、それゆえ非常に恐れられている。ただ、この場合でも、「グショの地下他界への入口」と、地下が意識されているのが興味深い。



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