« シヌグ踊り | トップページ | 霊力思考と霊魂思考における病因と治療法 »

2014/12/10

J・クライナーの「滞在神」

 順番が逆になるが、J・クライナーの「南西諸島における神観念、他界観の一考察」の「滞在神」に焦点を当ててみる。

 加計呂麻島や与路島のイベは、村の真ん中のミャーにある小高い所で、木が植えてあるか石がおいてあり、そこに神は一年中滞在している。その神をシマ守りの神、シマナオスの神といって、たいていノロかグジが祈っている。

 武名部落のスドゥガミは、もしも神がこの世から一分でも去れば、この村の生活はとまる、何もできなくなって、例えばこうしてあなたと話すこともできなくなる、と説明してくれた。
つまりここではあの世とこの世の区別というものはない。世は一つ、この村だけであり、これと異なる他界のことは全然考える必要がない。神は常にここにいて下さるのであって、神のいないこの世というものは存在しないのであるから、もはや来訪という考え方はないわけである。

 これは高神と来訪神との区別を語る明快な言葉だと思う。

 イベは、ノロ、グジ、あるいは村の草分けの祖先の墓。トネヤはその草分けの屋敷で、たいていはグジが住んでいる。グジは毎朝、トネヤでイベの神を拝む。トネヤはオボツヤマの木を使用して建てられる。トネヤを建てた日は夜になると、オボツヤマで鐘の音が聞こえ、神が自分の家ができたことを喜ぶという。

 この、イベの神を拝むトネヤの木をオボツヤマから取り、トネヤの建築をオボツヤマの神が喜ぶというところに、イベの神とオボツ神が同一であることが端的に示されていると思える。この両者の連結が御嶽だと考えればいい。

 加計呂麻島では、ネリヤの神を拝む神人とシマ守りの神を拝む神人ははっきり分かれている。

 クライナーはイベの神の観念形態を観察するなかで、祖先神、土地とのつながり、農作物とのつながりを指摘している。

 祖先神とのつながりで引いているのが、奄美大島南部のモーヤだ。

 モーヤは村の中心につくられた祖先の墓で、村の人々は愛情をこめてこれを拝んでいる。村の人々は愛情をこめてこれを拝んでいる。つまり死んだ人、死霊を恐れない。

 ぼくはクライナーが引くように、このモーヤも高神が発生する基盤になるものだと思う。それと同時に、村の中心に墓があるという構成に驚く。これは、トロブリアンド諸島と同じく、縄文中期の集落の構造と同じだからだ。

 またクライナーは、与路島にハイヌウェレ型の神話がありことを指摘しているが、埋葬思考の系列には、頭蓋崇拝の他に、植物としての転生とも含まれるから当然、ハイヌウェレ型神話と接点を持つのである。

 クライナーは、これらの諸要素があるとしながら、シマ守りの神には、高神に近い観念があったのではないかとしている。(cf.「常在神とオボツ神の同一性と山中他界」

|

« シヌグ踊り | トップページ | 霊力思考と霊魂思考における病因と治療法 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/60184914

この記事へのトラックバック一覧です: J・クライナーの「滞在神」:

« シヌグ踊り | トップページ | 霊力思考と霊魂思考における病因と治療法 »