« 「われらみな食人種(カニバル)」と「狂牛病の教訓」 | トップページ | 死者儀礼のなかの仮面 »

2014/11/20

「仮面は生きている」

 ニューギニアのセピック河流域の精霊堂(ハウス・タンバラン)。精霊堂はあらゆる祭祀の中心となる神殿。

祖霊の像や精霊の姿が、巨木の柱に彫りこまれたり、天井一面に描かれるなど、屋根、破風、棟、梁、天井、柱、壁と、ほとんどあらゆる部分が念入りに彫刻、彩色され、仮面、神像、楽器などの神聖な祭具がなかに安置され、槍、盾、弓矢などの武器が保存されている。その絢爛、華麗、幻想、怪奇の様相は圧倒されるばかりの迫力である。これらの装飾となるあらゆる彫刻、彩色が神や精霊の姿であり、精霊堂のなかは顔、顔、顔にあふれている(p.148、福本繁樹『仮面は生きている』 )。

 男子結社の集会場である精霊堂は、スピリットが自在な変容、変態を起こす高次の対称性の世界の再現をしているように見える。

 ここで、成人儀礼に出てくるのは、アバンという仮面(cf.「「イメージの力」展、見聞記」)。マイは、家屋落成のときに出現する。マイは兄弟と妹の仮面がある。

 彼らにとっては、精霊は万物に宿っている。仮面や神像などの造形物が、生きた人間のように動き、話すことがあったというストーリーがしばしば出てくる。マプリク山地には、人間が顔につける舞踏用仮面バパ以外に、ヤムイモにつける小型の仮面クンプがある。これはヤムイモの精霊の姿を現したものだと考えることができる。

 メラネシアには、仮面に相当する言葉は存在しない。仮面は多くの場合、死者、祖霊、神などの名で呼ばれる。セピック河流域の例をみると、仮面とは精霊の表象そのものである。

|

« 「われらみな食人種(カニバル)」と「狂牛病の教訓」 | トップページ | 死者儀礼のなかの仮面 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/60089469

この記事へのトラックバック一覧です: 「仮面は生きている」:

« 「われらみな食人種(カニバル)」と「狂牛病の教訓」 | トップページ | 死者儀礼のなかの仮面 »