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2014/11/05

洞窟の向こうの地の底

 よく知られたラスコーの洞窟壁画のなかで、奥の小部屋のさらに奥まったところには、傷ついて内臓を出したバイソンと仰向けに倒れた男が描かれている。そのそばには、シベリアやアメリカ先住民のシャーマンの道具として知られているのとよく似た、鳥を頭部にした杖が転がっているのだが、考古学者はこの絵画を死を主題にしたものだと考えている。

 またモンテスパン洞窟では奥の広い部屋に、粘土で作った首のない熊の像が発見されている。熊の像には小さな穴が空いていて、これは毛皮をかけた上から矢を射かけた痕だと考えられている。熊の像の手前の地面には小熊の頭蓋骨が置かれていた。ここでは熊を矢で射る儀式が行われていたようで、考古学者たちは繁殖に関わる儀式ではないかと考えている。

 もっとあって、洞窟に描かれた絵画は少なからず岩の凹凸を利用して描かれている。しかも頭部なと部分的に描かれたのは部分しか描かなかったのではなく、岩の内部から顔を出した姿にしたものだ。つまり、洞窟の岩の向こうには精霊動物たちの済む世界があると信じられていた。洞窟には手形も多く残されているが、それは手を描くことに意味があったのではなく、絵の具を手に塗り岩に触れたり、岩に触れた手に絵の具を吹きかけることで、岩と、つまり精霊世界とつながることを思考していた。そう考える考古学者もいる。

 ヨーロッパを離れて琉球弧に近いカリマンタン(ボルネオ)では、高さ150メートルもある険しい岩山をよじ登ったところに洞窟があり、そこに人間や動物の壁画と一緒に数百個の手形が、やはり残されていた。ただ、この手形んは、手相でみる掌線のようなデザインが施されているから、精霊動物のすむ洞窟の向こうへとつながるのとは別の思考も働いていたのではないかと考えさせる。辿りつくのにも困難な洞窟の場所と、手形も頭上よりも高い位置に描かれていることから、何らかの通過儀礼や祭儀が行われていたのではないかと、やはり考古学者たちは考えている。

 こうした洞窟をめぐる思考に引き寄せられるのは、珊瑚礁でできた島の多い琉球弧では、洞窟は島を縦横に走っていて、琉球弧に普遍的と言ってもいい地形的な環境だからだ。しかも、港川原人が三万二千年前とされるから、後期旧石器時代には琉球弧にも到達している。鍾乳石の多い琉球弧の洞窟では、岩肌に絵を描くことはできなかったかもしれないが、それでも当時、琉球弧にいた島人もこうした祭儀を洞窟のなかで行っていたとしても不思議ではない。共同体は特別な洞窟を持っていて、そこで増殖や死と生にまつわる祭儀を行っていたとしてもおかしくないのだ。あるいは、沖永良部島のように巨大な洞窟から吹き上げられる潮は、オーストラリアのアボリジニの虹の蛇のように、グレート・スピリットとして見なされることはあっただろうと思われる。

 祭儀の場所として以外にぼくたちが想定できるのは、初期琉球弧人にとっての居住地としての洞窟ということだ。そしてそこでは、死とともに洞窟を変えただろうことが考えられる。

 人が死ぬと、死体はそのまま死の起こった洞穴または岩屋に、仰臥の姿勢で寝かせ、木の葉や小枝で覆い胸上に石を乗せることもある。生存者は他へ居を遷す。火も燃やさず水もたむけない。死者の持ち物も忌避するところはない(シタラ・ワニヤ族、セイロン島)。

 シタラ・ワニヤ族は洞穴居住者なのだ。そして、洞窟を去る行動は、家を捨てる習俗として続いていったのだ。

 その次の段階では、洞窟は他界への入口として思考されたと考えられる。洞窟は、それが深くても浅くても、その入口に立つだけで、その向こうに何かある気配を濃密に漂わせる。そして琉球弧の地理的環境からいって、これ以上に他界の入口にふさわしい場所もないように思えるのだ。

 琉球弧の場合、洞窟を他界の入口とする思考を現在に伝えるのは、来訪神だ。西表島古見のアカマタ・クロマタは、鍋のような洞穴を意味するナビンドゥから出現する。石垣島宮良のアカマタ・クロマタは底の知れざる深い穴を意味するニーロー、またはニーラスクから、新城島でも手の届かぬ土の底を意味するニーレースクから、小浜島でも大地の底であるニーレスクから出現するのだ。どうやら、洞窟の向こうとは地の底と考えられている。


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