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2014/11/07

風葬の系譜

 けれど琉球弧の洞窟の意味は、地下の他界への入口という意味だけに留まらない。むしろ、地下の他界が埋葬に伴ったとするなら、別の葬法を視野に入れなければならない。それは、ぼくたちが風葬と呼びならわしてきたものだ。洞窟近くに喪屋を立て、そこで骨化するのを待ち、洞窟に納める。しかも、風葬に視点を移すと、骨を置く場所は洞窟に留まらず、崖の下や叢林をも含む。むしろ、こちらの方が、普遍的だ。風葬とは何か。これは酒井卯作が琉球死霊のあり方で最初の問題意識に置いた野ざらしに通じるものだ。

 この葬法の場合、他界を持たない、あるいは他界が時間性としてしか疎外されない段階まで遡ることができる。たとえば、ニューブリテン島のバイニング族では、死体は埋葬するが塞がない、あるいは簡単に寝かせたまま放置すると報告されているが、彼らに死霊に対する恐怖心はなく、死霊はどこにでもいるが、目には見えず、定まった住所を持たない。ここで死霊がどこにでもいる、定まった場所を持たないというのが、他界が時間性としてしか疎外されていないという中身だ。

 この後の段階になると考えられる例もある。マレー半島のサカウ族は、「誰かが死ぬと遠い森に運び、特に建てた小屋の中に寝かせ、七日間毎日そこに出かけて子供や最近親が見守るが、七日過ぎると、消えうせるものと考えてもう見守りに行かない」。サカウ族が森の中に立てた小屋を、ぼくたちは喪屋と見なすことができ、そこに毎日通う姿には琉球弧の同じものを見出すことができる。ぼくたちは殯という行動が、風葬のなかで生れた行動だということにも気づかされる。

 さらに、死体を見守るのが七日間ではなく、さらに引き延ばされて骨化するもなで関心を寄せる段階はこの後にくると考えられる。それは棚瀬によれば、台上葬や樹上葬と呼ばれている。琉球弧では、樹上葬は祝女という宗教祭祀にしか見られない葬法で、後代に入ってきたと考えられるから、台上葬に着目すると、これは南太平洋の島々に広く見出すことができる。ただ、南太平洋の島々の台上葬は、他の他界観念との混合として現れているので、より祖型を見出すためにオーストラリアの先住民に例を取ってみる。

 オーストラリア北部のマラ族では、死者はおそらく親族の誰かだろうが、決められた人が食べる。食べ終えると、丁重に骨を集め樹皮にくるんで樹の台のうえにのせる。人が死ぬと死者の霊魂がうろつくのを恐れて直ちに遷居する。3~4ヶ月して骨がきれいになると、骨の包みを解いて地上に落し、全部ばらばらにし、頭蓋を打ち砕いて、上腕骨の他は埋葬する。樹も燃やしてしまう。2~3年後の最終儀例で、トーテムの模様をつけた丸太の棺に入れ、山腹の岩穴に隠すか、百合の生える流れの岸の木の枝におく。この際、歌や泣哭、食事をし、歌は夜通し行う。

 マラ族では食人が行われ、骨は全身が処理されるが頭蓋は崇拝されるどころか打ち砕かれている。最終的に骨が置かれる山腹の岩穴は、琉球弧の洞窟を、百合の生える流れの岸の木の枝におくのは歌う骸骨の説話を思い出させる。マラ族では記録が正しければ死霊への恐怖が現れているので、原型からは遠ざかっているが、彼らの他界観念を見ると、死霊は死後長期間、服喪の儀式が正しく行われているか監視して彷徨するが、全部の儀例が適正に行われると、「父祖の地」に帰り、やがて性を変えて再生するという。ぼくがここで注視するのは、この「父祖の地」と呼ばれているものは、精霊が次々と姿を変える高次元の対称性の世界を指していると考えられることだ。そこは死んだ者たちだけではなく、これから生まれる者たちの場でもあり、原他界とでも言うべきものだ。おそらくこれが死者の行く先としての他界の元型と思える。

 棚瀬は、原始農耕種族に現れる埋葬の時と同じように樹上葬、台上葬に現れる葬法の行動についても抽出している。この葬法は、もともと狩猟採集種族のもので、死後の他界観念は明瞭ではない。そして死穢の欠如、全身の骨の処理、死者儀礼の未発達、食人、再生観念の系列が取り出されている。ぼくたちはここでも、全身の骨の処理や浅い死者儀礼、食人、再生観念として琉球弧に流れる習俗と同位相のものを見出すのだ。ぼくたちはここに、殯を加えることもできるだろう。

 考えてみれば、埋葬とぼくたちが呼びならわしてきた風葬とでは、葬法が異なるだけでなく、死穢と死穢の欠如、死者儀礼の発達と希薄、祖先崇拝と再生信仰は、全く対照的であると言っていい。仮に葬法と他界観念をの元型を保持している種族同士が同じ島のなかで出会ったとしたら大きな衝撃を伴わずにはいられなかっただろう。どうして共存することができたのか。しかし、両者が支配、被支配の関係に予めあるのではないとしたら、種族は混ざり合い、種族の共同幻想同士は相互作用を及ぼしあうはずだ。また、これを時間で見ると、狩猟採集から農耕へと移行するのが文明の矢印であれば、これは死後の世界として他界観念を生みだし、定着に伴い空間化させたときの衝撃だと言い換えることもできる。確かなのは、琉球弧において、この両者の系譜ともにその痕跡を明瞭に残しているということだ。

 もうひとつ注意すべきことがあるとすれば、埋葬の思考においても風葬の思考においても、祖先崇拝も再生信仰を最初からあったものではなく、後になって出てきたものだということだ。なぜなら、祖先崇拝も再生信仰も、人間を無機物、動植物から区別し人間のなかのみで系譜を辿っているからだ。

 

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