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2014/11/29

共同幻想としての霊魂

 影を霊魂と見なすことは、霊魂のイメージ化の兆しだった。ついで、水面に映る自身の姿を霊魂と見なすようになると、イメージとしての霊魂は独立しはじめる。そして肖像に霊魂が宿ると見なすようになる。精霊を描くということは、そこに精霊が存在することと同義だった。この段階まで来て、身体と霊魂は二重化される。霊魂は身体と分離して捉えられるのだ。

 ここまで来たとき、共同幻想は自己幻想と分化の契機を持ったのではないだろうか。霊魂は共同幻想だが、その霊魂は一人ひとりに宿り個別化するからである。

 やがて、夢で出会う死者は、自分の霊魂が死者の霊魂と会ったと見なすようになると、他界が時間性として存在しはじめる。そして、死者を家の外に出すようになったとき、他界は空間性を持つようになる。家が定着し、生者の空間と死者の空間が固定された時、共同幻想と自己幻想、対幻想は分離することになった。

 身体と霊魂が二重化され、霊魂は自身の衣裳として身体を規定し、逆に衣裳が霊魂を規定するようになった時、仮面は発生する根拠を持つ。他界を時間性としてしか疎外していないバイニング族の仮面カヴァットは、この段階のものだ。そして他界が空間性としても疎外されたとき、仮面は農耕祭儀として表出されるようになる。

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