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2014/11/13

マオリ族のハワイキにおける東西の対照

 後藤明の「海彼世界への魂の旅-オーストロネシア(南島)語族における死者の島の諸相-」によると、ニュージーランドのマオリ族におけるハワイキの概念は重層した意味を持っている。

 1.ハワイキは祖先たちが航海してきた故郷である。

 2.最初の人間が想像された場所。土をこねて作った人間に息を吹きかけて生命が宿った。この過程は人間が子宮のなかで繰り返している。人間の原境はハワイキである。

 3.男がハワイキに着いたところ、タブーの強い神聖な島だった。島人は火を知らず料理を知らず正常な生と死のサイクルを持っていなかった。彼は火の起し方、料理の仕方を教え、一人の女を妻として正常な子供の作り方を教えた。こうして正常な生活、生と死のサイクルが生れた。ハワイキは生命の巨大な潜在力の土地として描かれている。

 4.ハワイキは生命の源であると同時に、食料の源である。ハワイキではサツマイモが人間の手を介さずに繁茂している。鯨もハワイキから来た。すべての魚はハワイキの近くの海から来ている。食用としてのネズミもハワイキから泳いできた。またある種の鳥もハワイキからやってきた。

 5.ハワイキではよいことと悪いことの両方の起源があるとされる。出来物、くしゃみなども呪医によってハワイキに戻される。引き潮がハワイキに向かうのは死の兆候。敵の死を祈る場合は、ハワイキに向かって潮が引くようにという意味の呪文を唱える。引き潮は、この世とハワイキの間にある障害物を運んで行ってしまうと考えられる。

 6.ハワイキは遠くにあり、容易に到達できない。ハワイキの方角は一定ではない。東は生命の実りがもたらされる方向である。健康や安寧を祈る儀礼では、神官は東の方を向き、しばしば昇る太陽に手を伸ばして行う。サツマイモを植える時は太陽の方向に向かって行った。同時にハワイキは太陽の沈む方向であると考えられた。死者に向ける歌では、ハワイキの方に向かって船出をし、沈む太陽に沿って行けと唱えられる。

 1~3の描かれ方はオーストラリア・アボリジニのドリームタイムとそっくりだと思える。その始祖の地との距離が、マオリ族では、種族の移動に重ね合わされているように見える。

 そして、東西の方位の違いは、琉球弧におけるニライ・カナイの違いとそっくりだと思える。もっとも、琉球弧では西をニライ・カナイとは呼ばないことの方が多い。東は豊穣の概念も持てば、悪事もやってくる場所という両義性を持つ。西は死者の赴く場所として東西は対照をなす。この対比は瓜二つである。

 後藤は書いている。

 昇る太陽を見る場合、ハワイキは東であるし、沈む太陽を見る場合は西である。生命や実りがもたらされる方向は東であり、死者は西に赴く。西欧の方位観では東西は逆だが、ポリネシア人はここに連続を見ていたのではないか。

 ぼくたちにとっては、琉球弧における東西の対比が似ていることが重要だと思える。沈む太陽を死者の赴く世界と捉えた時、昇る太陽を浄土的な世界と見なす思考も同時に立ちあがることがありうるという、これは例ではないだろうか。


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