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2014/10/13

「樹上葬民族の霊魂観念」

 棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』から。

 樹上葬、台上葬を行うオーストラリア先住民の霊魂観念。彼らは、樹上の枝間に台を作って安置し、一定期間が過ぎて肉が腐り去ると、骨を処理し複葬を行う。

 病因は、死霊などによるものではなく、何か力あるものが身体に入ったことが原因であると考えられるので、物体の形をしている。

 樹上葬に伴う習俗は、死脂や死体から浸み出す死汁を遺族が自分の身体に塗ること。飲みさえする場合もある。これは死穢観念の積極的な欠如も示す。

 死霊は死体が樹上にあるあいだは樹の辺りをさまよい、服喪を監視するとも言われるので、沈黙の掟も守られるが、骨葬が終わると死霊は父祖の地へ去り、服喪も終わる。

 これらの先住民は、男女の性交が出産の原因とは考えず、精霊児の概念を持つ。トロブリアンドの霊魂観念はメラネシア的なものとオーストラリア的なものがやや複合しており、バロマは形像的だが、生命原質的である。

 生命霊の観念が強い時には、父祖はあるがごとくには祭られない。供養、祈祷、恵みを受けるという対人儀礼や信仰は発展しない。

 再生信仰を持つ場合においては、現存の人々は誰かの生れ代りである訳であるから、世代を通じての集団の一体感が強まるが、また他面ではどこまで行っても生れ代りなのであるから近死者が崇拝される形は取らず、結局始祖にさかのぼらざるをえない。この始祖が生命の原質を撒き、それが再生を重ねて現在に至ると見る訳である(p.852)。

 このような霊魂観念の場合は、他界信仰は一時的になるもののほか発達しない(p.854)。


 琉球弧ソバージュからみると、マブイ(霊魂)を本体とみる見方と再生信仰をとても近しく感じる。そして、再生信仰の根拠は、「始祖が生命の原質を撒き、それが再生を重ねて現在に至る」というよりは、母系社会の一体感であると思える。その点は、トロブリアンドと同じなのではないだろうか。しかし、母系社会の崩れ、性交による妊娠の認識の獲得から、再生信仰も薄れていった。死者に対する儀礼はそこから強化されることになる。

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