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2014/10/19

地下から西方へ

 棚瀬襄爾は『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』において、西方の他界観念は、民族移動によるものだけではなく、もう一つの理由が考えられるとしている。

他界が西方に固定せられる原因をなしたものは太陽に関心が深かった民族と、地下界の信仰を持った民族の混合ではなかったと考えるのである(p.796)。

 たとえば、ハーヴェイ諸島のマンガイア島では、死者の霊魂は下界に行くとされているが、冬至と夏至の朝陽に面する島の二つの地点に集まり、朝陽が昇る瞬間に太陽の通る道に行くために出発し、夕方、沈む太陽に面して集合し、太陽が地平線に沈む瞬間に、死霊の一行は夕陽の黄金色の光跡を追い、きらめく海を越えて太陽とともにあの世へ下る、とされている(p.396)。

 ここから棚瀬は、太陽と西方は無関係ではないとする。ポリネシアにおいては西方への思考は明確ではないが、地下界を信じる先住民において、地下界への落日の場所、死霊がその後を追う夕陽が意識されているのはポリネシアばかりではなく、ニューギニア等にも見られることなどから、地下界を持った先住民に、太陽に関心を寄せる種族が交錯したとき、地下界の入口は夕日の沈むところとなって、他界そのものが西方に移行したのではないかと考えている(p.799)。

 この移行は、琉球弧についても言えるものだと思う。

 けれども落日に関係があるにせよ、なにゆえ地下界が西方に移行せじめられるのであるかは更に一考を要する。地下界という現世と垂直関係にある世界が、西方という現世と水平的関係の世界に移行するためには相当の理由がなければならぬであろう。筆者はこの理由は心理学的には太陽に関心を有するトテミズム文化が父権的な男性文化であって、ややともすれば彼らにとって陰鬱な連想を伴いやすい地下界に耐えられなかった点に求めうるのではないかと推測する(p.799)。

 という心理的な理由に求め、また、西方他界が、母権とトーテミズムを持つ種族に起源を持つと指摘している。

 もちろん、地下他界が西方他界になるためには、異種族の到来がなければならないと思える。しかし、地下他界は西方他界とは連結できると思える。それは、地下は垂直、西方は水平と視線が異なるのではなく、地下にしても洞窟や叢林の奥というように、水平視線は加担しているからである。ぼくの考えでは、どちらも人間の身体の高さから下をみる垂直視線と人間の目の高さの水平視線から構成される点においては連続的なのだ。そして、地下他界が、光と闇を二項として持っている点も、太陽の沈む場所としての西方と連続的である。

 こう考えるということは、琉球弧ソバージュの海上他界も、最初は西方他界から始まったのではないかと想定していることになる。東方海上が他界となるのは、もっと後のことだ。こうしてニライ・カナイは地下から海上へと接ぎ木されていった。


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