« 来訪論 承前 | トップページ | 新城島の来訪神儀礼 »

2014/09/14

ニーラ・カネーラ

 前花哲雄の「定説に対する疑問」(『八重山文化論集』1976年)。

 八重山では、ニライ・カナイとは言わず、ニーラ・カネーラと言っていた。

 井戸祭りの願口。(前略)掘リ当テアレール、井戸(カア)ヌ神、水元ヌ神、ニーラスク、カネーラ底ガラ、噴キ出デアール、若水、汲(フ)ミ飲ミ給うラルバ、家人衆(ヤーインジュ)、足(タラ)人衆身肌(ドウハダ)健康アラシメ給リ、働キ勝イシミ、願イツクバ、神ヌ前、口合(フチアイ)アラシメ給リ。・・・オートウドゥ(p.45)。

 この願い口の中にある「ニーラ底、カネーラ底」は即ちニライ・カナイを意味する。八重山の井戸は普通二十数メートルを掘り抜き地下水を求めているので、地下の深いところをニーラスクといい、更に深い地点をカネーラ底と言っている。畑を耕すとき「ニーラ底から耕せ」と昔の人はよく言った。
 「ニーラ底」には地下水があるだけでなく、其処には豊作の神々が居られるものと信じていた。この豊作の神を「ニーラピィトゥ」「ニーローピィトゥ」等を言っている。

 ここではニライ・カナイは地下の水と結びつけられている。農耕の段階での認識だと思うが、しかし豊穣なイメージで表象されているのが印象的だ。しかも、「地下の深いところをニーラスクといい、更に深い地点をカネーラ底」と、ニライとカナイは地下の階層として捉えられているのが面白い。「ニーラ底から耕せ」と、生活民の言葉はリアリティがある。

 前花の「定説に対する疑問」というのは、ニライ・カナイは海の彼方ではなく、地の底のことだと言いたいわけだ。これは元の意味として大事な指摘だと思える。考察を概念遊びにしないためにも、出身者の身体感覚に根づいた言葉は重要だ。

 「トウドゥ」と濁音化するのも発見だった。

|

« 来訪論 承前 | トップページ | 新城島の来訪神儀礼 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/59767190

この記事へのトラックバック一覧です: ニーラ・カネーラ:

« 来訪論 承前 | トップページ | 新城島の来訪神儀礼 »