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2014/09/01

他界の方位メモ

 棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』から。

 他界の方位は種族移動に伴った原郷観念ではない、として挙げる例。

 マリンド・アニム族では霊魂の国、Hais Mirau は一般にこの世よりは美しい、よりよいところとせられているが、この国は普通フライ河の彼方になるとせられている。しかし、更に古い観念では Digul(地名)にありとせられていた。このことはマリンド・アニム族が地上に他界を認めた民族であったことを示している。しかるに現今では外人との交通の結果、他界をアンボン、マカッサル、スラバヤに認めるように至っている。このような変化はマリンド・アニム族中の特に海岸住民によってなされているのである。
 このような他界の方位決定は民族移動とは無関係のことである。移動ではなくして、外人との交通の結果、彼らの知るに至った文化の中心へに対する憧憬が他界の在所を決定したと思われるのである(p.788)。

 それ以外にも、多くの種族に認められる西方方位観念。

 地下界信仰を持つ民族には月は最重視せられたが、太陽信仰はなかった。しかし、地下界信仰を持っていた民族に太陽に関心を寄せる民族が交錯したとき、太陽が西に沈んで東に昇る間、太陽は地下界を照すという観念を生じ、従って、昼夜がこの世と逆であるという思想を生じ、また地下界の入口は夕日の沈むところとなり、やがて他界そのものが西方に移行せしめられたのではあるまいか。
 けれども落日に関係があるにせよ、なにゆえ地下界が西方に移行せしめられるのであるかは更に一考を要する、地下界という現世と垂直関係にある世界が、西方という現世と水平的関係の世界に移行するためには相当の理由がなければならぬであろう。筆者はこの理由は心理学的には太陽に関心を有するとて水無文化が父権的な男性文化であって、ややともすれば彼らにとって陰鬱な連想を伴いやすい地下界に耐えられなかった点に求めうるのではないかと推測する。また事実上でもトテミズムぶんかはその基本形態においては高々他界としてはトテムセンターまたは父祖の地に一時期に霊魂が行き、やがて再生を遂げるものと考え、後期においても地上の他界観念を持つに過ぎない。現世と垂直関係にあるる地下界を水平にまで引き上げたのは太陽に関心を持つこの文化の性格によるのではあるまいか(p.800)。

 他界の方位に関するメモ。

・種族移動に伴う原郷の方位
・憧憬の地
・太陽の沈む西

 ただ、「地下界という現世と垂直関係にある世界が、西方という現世と水平的関係の世界に移行するためには相当の理由がなければならぬ」ということについては、天空の垂直と地下の垂直とでは意味が違うと思える。

 水平と地下は、人間の目線の高さが及ぶ範囲という意味では同じになる。水平か、水平と目の高さから見下ろす垂直の掛け算で済むからである。これに対して、天空の垂直は、宇宙の遠点を見上げことになる。地下から水平への視線転換は異質な転換とは言えないのではないだろうか。

 

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