« 南太平洋の再生・転生信仰分布 | トップページ | 転生・再生における霊魂の運動 »

2014/09/07

霊魂の運動としての再生・転生

 棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』から、琉球弧の再生信仰がどのような霊魂の段階を経たものか考えてみる。


【他者の中に入り込む】

1.ウォンガ・ムラ族とその周辺(オーストラリア南部)。死者の霊魂はやや離れたところにいて、兄弟に会い、その中に入り、兄弟が死ぬまでその中に住む。兄弟が死ぬ頃には忘れられてしまう(P.52)。

2.ウォンガ・マズ族(オーストラリア南部)。死霊は寡婦、兄弟または父の胸に住むけれど、しかも、ある土人によれば、それは叢林を彷徨し、最後には大きな洞穴に行き、さらに再生するという者もいる。(P.53)。

3.アルリッヤ族(オーストラリア)。死霊は北方の島に行き、数ヶ月の後、黒雲とともに帰来して、息子、特に孫に入り、その生長を助成する。再び離れて死者の島に行き、離れたことを悲しむ。死者の西方に行き、しなの木の所に来て、これを回って眺めていると西方から雷雲が出て来て、この木に落雷し次いで霊魂が打たれ、降雨で木の根元に流れ、終わる。(P.54)。

4.アルンタ族(オーストラリア中部)。北海の海の中に死者の島が信じられている。死者の島、霊魂の地と呼ばれる死者の霊魂は、薄い白い姿。夜は踊り、昼は寝る。死後、霊魂は墓の付近にいるが葬宴が行われると死者の島に行く。雨が降ると、南方に彷徨いだし、故郷を見ようとする。子息をたくさん残した場合は、その肩を抱き、身体の中に次々に入り、成長させる。孫がある時は、孫に入る。1~2年して死者の島に帰る。死者の島の西方に行き、死者の木(しなの木)をあらゆる方向から観察する。西から黒雲が現れて落雷に打たれる。そしてこの世に戻り、ともに食事をし、死者の島の東方に行ってとどまる。死者の島の自分の家に戻り、西方から大きな黒雲が出て、雷に打たれて絶滅する(by シュトレーロー)(P.54)。

 最も淡い例は、近親者の中に入り込むというものだ。これは実際には、残された者の記憶として確認されたことを根拠にしていると考えられる。対象は、兄弟、妻、父、息子、孫という近親者だ。この場合、近親者に入りこむまでの期間も短く、また入り込んだ後の生も長いわけではない。.ウォンガ・ムラ族において、「兄弟が死ぬ頃には忘れられてしまう」というように、身近に覚えている人が存在している間が存在期間だ。ただ、ウォンガ・マズ族のように、他者に入り込んだ後、再生するという観念も存在している。


【再生ごとに性を変える】

1.マラ族(オーストラリア北部)。死霊は儀礼が適正に行われると、父祖の地に帰り、再生までとどまる。死霊は再生ごとに性を変える。大昔には、祖先達は精霊児を残し、それが正しき女に入り、今も生れ変っているいるのだとする信仰がある(P.56)。

2.ムンガライ族(オーストラリア北部)。死者の霊魂は父祖の地に行き、やがて再生するが、再生ごとに性を変える(P.56)。

3.ユングマン族(オーストラリア北部)。再生ごとに性を変える(P.56)。

4.ヌラクン族(オーストラリア北部)。死者の霊魂は父祖の地に行き、やがて再生するが、再生ごとに性を変える(P.57)。

 独特なのは、再生ごとに性を変えるとしているオーストラリアの例だ。この場合は、再生は永続的であり、マラ族のように神話時代からのものだとしている部族もある。


【子供の再生】

1.ユーアライ族(オーストラリア南東部)。成年式を経ずして死んだ子供は再生すると信ぜられるが、再生は実母を通じても、他の女を通じても行われる。実母を通じて生まれたと信ぜられる子供をmillanboo(再び同じの意)という。老婦と結婚した年少の青年は、再生前に好きだったものだとも説明される。(P.51)。

2.アンタキリンジャ族(オーストラリア)。死産児は近き将来の再生を確保するために母によって食われる(P.117)。

 子供が死んだ場合、再生を思考する例。アンタキリンジャ族では、子供を食べることが子の再生の祈念の行動になっている。


【人間としての再生】

1.トロブリアンド、マーシャルヘッド(ニューギニア東方海上)。死者の霊魂の生活をした後、死んで再生する(P.282)。

2.アルリッヤ族、マズダラ族(オーストラリア南部)。死霊wangaは叢に住む見えざる黒人である。Wangaは友人を助けると考えられる。しかし、再生の観念もあり。精霊児の夢で再生するという(P.53)。

3.マズダラ族(オーストラリア南部)。死霊は、喪者の胸に儀礼的に置かれるが、次いで叢に住み、天に行く。また再生の可能性もある。(P.54)。

4.アルンタ族(オーストラリア中部)。死者の霊魂は、岩など一か所に集まり、狙った女の中に入り、子供に再生する。実在の岩がある(by スペンサー&ジレン)(P.54)。

5.ウンマトラ族、カイエティシュ族(オーストラリア中部)。樹上葬後、埋葬。死霊はこの式が終わると、神話的祖先の地に行き、この世に再生するまで同族の死者と交際している(P.55)。

5.ワラムンガ族(オーストラリア北部)。樹上葬後、1,2年後に骨の処理をすると、死者の霊魂は砂粒くらいの大きさで、神とともに住むが、これは再生すると考えられている(P.55)。

6.グナンジ族(オーストラリア北部)。霊魂は男だけが持ち、死ぬと歩きまわって父祖の地を訪問し、雨が降って骨が洗われてきれいになった時に再生する(P.56)。

7.ビンビンガ族(オーストラリア北部)。死霊は骨や火の上を彷徨う。儀礼を終えると、死者の霊魂は神話時代の祖先の地に帰り、しばらく歩きまわって再生する。(P.56)。

8.ワドゥマン族(オーストラリア北部)。精霊児は、一時、母のトテム動植物に留まるが、トテム集団の者に入って生まれ代る。(P.57)。

9.ヨーク半島(オーストラリア南部)。死や他界に関する観念は明白ではないが、死者をトテムと同一視する信仰があり、また再生観念も存在する(P.59)。

10.ウィデシ地方(ニューギニア西部)。男の霊魂のひとつはあの世へ行くが、他のひとつは生きた男に(まれには女に)再生する(P.300)。


 再生する場合は、祖先との生活を経てから再生するという場合が多い。トロブリアンドで、祖先たちとの生活をしてやがてそこでも老いると精霊児として再生するというのが典型的だ。

 グナンジ族、ウィデシ地方のように再生が男性にのみ限定されている場合もある。また、グナンジ族の、「雨が降って骨が洗われてきれいになった時に再生する」という様式は、琉球弧の洗骨と似た思考を思わせる。

 ワドゥマン族とヨーク半島では、トーテムとの関わりが明示される。特にワドゥマン族では、トーテム動植物への転生を経て、同じトーテムを持つ氏族の人間へと再生するということだ。


【再生あるいは転生】

1.ロツマ島(ポリネシア)。死者が死後、人間や動物に入るという信仰もある(サモアから伝わった考え方であるという)(P.383)。

2.マルケサス諸島(ポリネシア東部)。ヌカヒヴァの土人は生れ代るまでにそんなに長い時間はかからないという。特に祖父の霊が孫に生まれ代るというが、ときには動物に生まれてくることもあり、また生まれ代るためばかりでなく、死霊としてこの世に来て、生者に苦しみを与えるという観念もある(P.398)。

3.ミナンカバウ族(スマトラ島)。死後100ヶ日の饗宴が済むと、死者の国に行く。善人は天上界の大木のところに行き復活するまで留まり、地上の人間の後継ぎとして再生する。悪人は地獄に留まるが、永久ではなく、虎、野豚、蛇などになる。(P.560)。

 これらの例は、再生と転生が同時に存在する点が特徴的だ。スマトラ島のミナンカバウ族は、善人が人間で悪人が動物となっており、すでに人間と動物に優劣の意識が入り込んでいる。


【この世と同じ生活をした後、転生】

1.ニューブリテン島人(メラネシア)。あの世はこの世に酷似している。人体に一つ以上の霊魂があるとは信じられていないが、各種の動物に入りうるとしている(P.163)。

2.マライタ島(ソロモン諸島)。死霊は島でこの世と似た生活を送る。この生活は永遠ではなく、一般人の単なるアカロ(霊魂)は白蟻の巣となり、より強力な死霊に食われる(P.169)。

3.ファテ島(ニューヘブリデス諸島)。あの世は現世よりも悪い生活をする。霊魂は死んでは地下、海下の下へ下へ行き、六度死んでついには無に帰するともいい、鼠や蛇になるともいう(P.177)。

4.タミ族(ニューギニア東部の小島群)。人は長い霊魂と短い霊魂を持つ。長い霊魂は影と同一視。睡眠中、身体を離れ、覚める時、帰ってくる。胃にある。人が死ぬと長い霊魂は、死体を離れて遠方の友人に死去を知らせる。その後、ニューブリテン島西岸を経て、北岸の村に行く。短い霊魂は死後のみ離れて、しばらく死体の付近を彷徨ってから地下界、ランボアムに行く。ランボアムは現世と酷似するが、現世より美しくより完全。ランボアムに行った霊魂は、蛇形でときに現世に帰来する。この時、シューシューという音を立てるだけだが、この音を解釈する者(主に女)がいて何を話しているか判断する。また、死霊に尋ねる能力のある者(主に女)がいて、これは世襲。ランボアムで死んだ霊魂は、蟻や蛆になる(P.289)。

5.ヤビム族(ニューギニア東部の小島群)。死霊は、あの世では影のごとく、この世の延長の生活をする。他界はシナ諸島のひとつにある。一方、死者の霊魂は動物に転生するとの観念もある。ひとつは水鏡に映る映像、一つは陸に映る影で、シアン島に行くのは前者、後者は転生する(P.290)。

6.カイ族(ニューギニア東部)。あの世の生活は全くこの世と同様。あの世でも死があり、死霊は再び死んで動物(一般にはcuscus)になり、峨々たる山の最も荒れた、深い、暗い幽谷に住む。(P.292)。

7.ボントック族(ルソン島)。死者の霊魂はアニトと呼ばれる。アニトは村の近くの山に住み、生者と同様の生活を送る。どれだけかの期間生活すると再び死ぬ。そして蛇に姿を変える。岩になる、枯木の燐光になるともされる。(P.545)。

8.ニアス島人(スマトラ西岸沖)。この世の継続であるあの世で9度死ぬと消滅すると言われたり、種々の動物や昆虫になって地上に再来するとも考えられている。蛇や鰐は特に死霊動物と見られる。(P.561)。


 転生信仰では、転生の前に、死霊があの世でこの世と似た生活を送るという報告が多い。ファテ島では現世より悪い生活で、タミ族では現世より美しく完全としているのが対照的だ。転生は「蛇」が多く、これはトーテムであると考えられる。ニアス島で、あの世で九度死ぬというのは、琉球弧のナナユーフィを思い出させる。


【その他の転生】

1.カミラロイ族(オーストラリア南東部)。死して美しい啼き声をする小鳥に転生するという者もいる(P.50)。

2.エディストン島人(ソロモン諸島)。父母の死霊は御霊蝶となって、わが子の頭にとまるともいう(P.168)。

3.サンクリストヴァル島(ソロモン諸島)。アウンガ(霊魂)は、身体を離れて島を渡り、特に善良で敬虔な人であれば、永世を得て至上神と結合される。この世に帰って蛇身と化す(P.171)。

4.サンクリストヴァル島(ソロモン諸島)。鮫もまた霊魂を有し、死ねば鮫になると予言した人の死霊が鮫の霊魂になるとする。(P.221)。

5.リフ島(ロヤルティ諸島)。死が近いと、瀕死者に獣鳥、昆虫の名を附し、これを死後の代表者とみて、家族はこれを神聖視する(P.231)。

6.ケーニヒウィルヘルム岬付近のパプア人(ニューギニア東部?)。死霊は生前の村をさまよい歩く、影のごとき生活をする、動物に転生するともいって、観念が漠然としている(P.295)。

7.モヌンボ族(ニューギニア東部)。死霊が老いて再び死んでも絶滅することはなく、動物や植物になる。白蟻、野豚の珍種がこれで、殺してはならぬとされる。木ではbarimbarhが死霊の転生とされる(P.295)。

8.サモア人(ポリネシア)。戦死や不慮死を遂げると、死者のata(影)は、蟻または昆虫として現れる。霊魂が動物に入ったり、他の人に入る輪廻思想はない(P.385)。

9.バテク族(バハン州)。死霊は花を頭にかさり、後、小鳥になる(P.489)。

10.ミラナウ族(ボルネオ島)。あの世で長生きした後で再び死に、その後は森で虫になる(P.555)。

11.チモール中部(チモール島)。遺族の最大の関心は死霊を遠ざけるかにあり、時とすると、墓の足もと、または棺のおいてある家の部分に灰を入れた籠をおいて、朝、足跡によって死霊の夜間の動静を語ることができる。転生を信ずる地方もある。(P.565)。

 転生が「鳥」であるのは、霊魂を鳥と見なした思考と同じものだ。エディストン島人の、「父母の死霊は御霊蝶となって、わが子の頭にとまるともいう」のは、琉球弧の蝶(ハビラ)と似た観念だと思う。転生では、動植物を選らばいない。

 琉球弧においても転生の観念は見出せる。奄美大島のマブリツケ(マブリ別し)の晩に地炉の灰をきれいにならしておき、翌朝最初に目をさました人がその灰をみると動物の足跡がついているという。その足跡の形で動物を判断して、死者はその動物に生まれ変わったという(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』p.224)。この灰についた足跡から判断するのは、チモール島の所作と同じだ。


 これらを霊魂の運動としてみると、

 1.葬儀を経た後、近親者のなかへ再生あるいは動植物へ転生
 2.他界である期間を過ごしたあと再生・転生
 3.他界での一生のあと再生・転生

 という段階を辿っていると考えられる。この間、トーテム原理が喪失される度合いにおいて、転生ではなく再生を思考するようになる。

 琉球弧においては後生(グショー)という思考は広く見られる。そこは現世と似た世界であり、生活が現世と逆であるという観念も見られる。転生の痕跡もある。かつては、即時的なものから後生での生活の後、再生するという観念があったのだろう。

|

« 南太平洋の再生・転生信仰分布 | トップページ | 転生・再生における霊魂の運動 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/59714151

この記事へのトラックバック一覧です: 霊魂の運動としての再生・転生:

« 南太平洋の再生・転生信仰分布 | トップページ | 転生・再生における霊魂の運動 »