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2014/09/24

穀物として再生するために殺害される女性としてのおなり

 また、気になるものを読んでしまった。

 オナリは元々'沖縄を始めとする南西諸島で姉妹のことをいうが'自分の姉妹のことをオナリというのは男性のみで'女性は使わない 。オナリは呼び名として今でも使用されているという。古くは、姉妹はオナリ神として兄弟たちを守護するという信仰があり、兄弟の旅立ちには姉妹の持ち物をお守りとしてもらっていったという。

 本土にもオナリという女性はいる。しかしそれは姉妹とは無関係で、沖縄のオナリと同じものであったかどうかは問題になっている。本土のオナリは'オナリド・ オナリサマと言われ、田植時に食事を運ぶ役目、苗取りの束ね藁を渡す役目をする。東日本ではヒルマモチというが'それは昼食を持つ意である。 彼女達は山麓リ'野寵リ、また浜降りなどの物忌みをし、別火生活を送る若い女性であった。別火生活は神事を行う神聖な役目を担う者のつとめである。(中略)オナリ・ ヒルマモチがコモリを行うのは'田植に際して来たるべき神を迎えるためで'彼女達は巫女の性格を持っているといえる。

 問題は、その田植に従事する女性が非業の死を遂げる話の数多いことだ。或いは死なないにしても、祭りの日に田の中で蹴り倒される習俗がある。前者の例では「嫁殺し田伝説」といわれる話が各地に存在する。(中略)

 田植時に田や水で死ぬ女性がいる。そこから柳田国男氏は古来オナリが田の神の犠牲に供えられた習俗があったと推測した。そして田植儀礼は'神への犠牲としてオナリを殺すことをその一 成素としていたらしいといっている(瀧川美穂「ヤマタノヲロチ考-イケニエと巫女-)。

 本土のオナリには巫女としての意味を持っている。それなら、なおさら琉球弧とのつながりを考えざるをえない。

 瀧川は、「来訪神が怪物化、邪神化するとともに、異界と接する巫女は神の妻から生贄へと移っていったのである」と締めくくっているが、ぼくたちは男子結社のなかで神話を演じた来訪神の横で、殺害される穀母としての女性の名がおなりであった可能性を認めておけばいいのだと思う。

 注。谷川健一は、

ヒルマモチは田植のときに弁当をはこぶ役であるが、オナリとも呼ばれる。神酒をかもす早乙女の十七は神に仕える巫女であり、また南島で言うオナリ神とみて差支えない。

 と断言している。


『谷川健一全集〈第5巻〉沖縄1―南島文学発生論』

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