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2014/08/31

若水と再生

 蛇のように脱皮してすでる、つまり生まれ変わる力を持たない人間が、それによってすでる力を得ようとしたのが、孵で水(しぢ水)、若水だった。水は、琉球弧のなかでことのほか大きな意味を持っている。

 琉球弧の島人には帰属すべき水があった。家が所属する井泉(かわ)があった。井戸ができた後は、それに代わる。その帰属性が露わになるのは、家の移転、婚姻、出産においてである。

 たとえば、宮古島では、家の移転の際、元の家の井戸に祈願をし、その一部を取り、移転した家の最初の茶湯として飲むことによって移転完了の呪術とした。以前は、内地へ移転する時も、元の家の水を持参し、内地の家の最初茶湯に使い、飲んだ。帰属する水を断たなかったのだ。

 沖縄島知念では、婚姻の際、家を出る時、松明を灯し、臼を倒して親との別れの水盃を交わす。ついで婚家に着くと、その家の水を新夫婦が飲むことによって入り家の式が完了した。琉球弧は長く母系社会であってみれば、夫が妻方の井泉を拝むことになるのが普遍的だったはずだ。

 沖縄島喜如嘉では、出産の際、部落発祥の時から先祖が使っていたタマタ川から産水を汲んだ。宮古島平良でも、家系によって代々使われている生まれ井戸があって、産水はそこから汲む。それをシラ湯よと呼ぶ。八重山でもシラ水と呼ぶところが多い。シラは出産を意味している。

 宮古島砂川では産後数日めに子どもの親井戸から水を汲み、湯を沸かせて産児を浴びせる。浜比嘉島では産井(うぶかあ)から汲んできた産水(うぶみず)を湯にして浴びるか、その水を額につける。これが井泉(かわ)下りだ。

 琉球弧において、出産、婚姻、家の移転というライフステージにおいて、水、しかもその島人の帰属する水とのつながりが不可欠なものとして重視されているのが分かる。しかし、こうした例を挙げて、酒井が考察するのは、ライフステージの終局である死においての水の果たす役割についてである。

 沖縄では、死者の遺体を洗う湯灌をアミチャージと呼ぶが、これを産井から汲む例が、普遍的ではないが、多い。たとえば、那覇市小禄がそうだ。井戸水になってからは、産井の水に祈願を加えて井戸に加えた。名護市屋我部では、正月の若水も産水も古い井戸のものを使い、死んだ時も必ずここの水を使う。

 井泉や各戸にひとつできる前の井戸は数が少なかったのだから、必然的に同じ水を使わざるをえない。しかし、ここには、川の場合は上流を産水、下流を死水として汲む場所を分ける。井泉の場合は、死者の場合、二人で汲みに行ったり、桶ではなく木の葉で汲んだりして方法を変える、などの所作によって違いが意識されている事例がある。

 しかし、違いが意識されるのであれば、死者の場合は、「すでる力」を得ようとするのとは違う意味を持ちうるのではないか。

 酒井は自問のなかで生まれる問いに対して、いくつかの例を挙げている。

 事例1.産井から産水を取り、湯灌もそこから水を取る。これをウイミジと呼ぶ。ウイミジとは産水のことだと考えられる。洗骨の時もこの産井から水を汲む(伊是名島)。

 事例2.湯灌のことを「すで水浴びし」と呼ぶ(池間島)。

 事例3.湯灌用の水はなるべく遠くの井泉から汲んでくる。水汲人とそれを受け取る人との問答。
 受取人 「その水は何水か」
 水汲人 「これは死水です」
 受取人 「その水は何水か」
 水汲人 「これは死水です」
 受取人 「その水は何水か」
 水汲人 「クンミジィヤ スィディルミィジィ(この水は生き返る水だ)」
 この答えを聞いて初めて水を受け取る(奄美大島竜郷、赤尾木の渡重彦翁)。

 事例4.死水を浴びせるものは、「果報の人」を選ぶ(西表島祖納)。

 事例5.湯灌(アミチュウジ)をするのは、二人の姉妹(うなり)である(宮城島)。

 事例6.喪屋のことをシラヤと呼ぶ(沖縄島与那)。

 事例7.井戸を亀甲墓に似せて作っている。古老たちは、墓に似せて作るように教わったという(沖縄島大里、村井)。

 産水を意味する「ウイミジ、ミジウブ」を湯灌にも用い、洗骨にも用いることもある。湯灌を「すで水浴びし」と、生き返る水を浴びせると呼び、その役を「果報の人」や「をなり神」に託す。喪屋のことを、出産を意味するシラの言葉でシラヤと呼ぶ所がある。こうした例で酒井が追究しているのは、死に際しても、帰属する水を用いるが、そこには、すでる、再生する信仰があるからではないかということだ。

 井戸を墓に似せる例に触れて酒井は書いている。

 井戸をことさらに墓に擬して作る理由は、もう説明するまでもないと思う。かつて琉球王朝が先祖の水を拝んだように、人びとは先祖に回帰しようという意味で井戸を墓の形に擬して作る。その先祖の水が生児の産水となり、やがて死水ともなるわけである。ここには水を媒介として、死から祖霊へ、祖霊からまた生へと還元されていく信仰の一端を垣間みることができる。

 この再生への祈願は、死水の水汲人が、水を受け取ってもらうために、二回の問答の後に言う、「クンミジィヤ スィディルミィジィ(この水は生き返る水だ)」という言葉が鮮やかに示している。酒井も、「なんという素晴らしい会話であろうか」として、「ここではもう、死と生の時間的な距離はほとんど存在しないのである」と書くのだが、ぼくもまた、この点に目が惹きつけられる。添寝で見られたのも、霊魂の即時的な転位の所作だったからだが、そこでは死者の霊魂が生者へと転位する所作を見た。しかし、ここでは、その死者もまた、即時的に生へと還元されるのである。

 ぼくたちは、骨噛み(食人)における再生は、死者自身の再生というより、生者のなかに死者の能力が取り込まれる形態を見、滴血においては、南太平洋の部族に、血ではなく岱赭(たいしゃ)で赤く塗る部族のなかに再生信仰があるのを見てきたが、食、血、水まできて、死者の再生への確かな手応えを掴むに至るように思える。

 ぼくたちが酒井の挙げる例と考察を追ってきたのは、再生ということを明確な信仰の形で耳にすることがなかったからだが、ここまで来ると、再生の明瞭な様式を持っていることに気づかされる。童名である。

 生後、名付け祝いとともに授かる童名は、身近であり、特に近親者のなかでは、戸籍上の名より使われることが多かったものだ。いま、現在でも童名をつけている島として与論島の例を挙げてみる。東恩納寛惇の「琉球人名考」を参照して、当てられた漢字に関わらず、元の意味を考えられるものはそれを付記する。

 男女共通
 ウシ(牛)、マチ(松)、カミ(亀)、ハナ(カナ、愛)、ハマドゥ(カマドゥ、竈)、ナビ(鍋)、チュー(千代)

 男のみ
 マニュ、マサ、トゥク、ジャー、ハニ、トゥラ(虎)、ヤマ(山)、サブル(三郎)、グラ、ダキ、タラ(太郎)、 ウシャ、ムトゥ、ハンドゥ、ビチャ

 女のみ マグ、ムチャ、ウトゥ、タマ(玉)、ウンダ、クル(黒)、アートゥ、アキ、チル(鶴)

 これを見ると、牛、亀、松など、トーテム的な動植物として選ばれたもの、三郎や太郎など大和言葉の男性呼称を拝借したもの、黒という色など、用法の広がりが見られるが、童名とはつまり霊魂(マブイ)の名を意味するものと考えられる。

 それは、奄美大島では山中で迷子になっても、けっしてその人の童名を呼ばない。もし童名で呼べば、ケンムンに知られてとりかえしがつかなくなると言われていた。また、沖縄では危篤の病人の魂呼ばいをする時は、老人であっても必ず童名で呼んだ。酒井が挙げるこうした例からも、そのことは了解できる。

 こうしてぼくたちは再生信仰は、どの段階で琉球弧に存在してきたのかという問いに導かれる。考えられるのは、家を捨てるという段階では、少なくとも動物への転生ではなく、人間への再生という観念は発生しないのではないかということだ。『アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声』によると、死者の死後、数年のあいだは、死者の名前を、氏族員や親族は口にすることができない。死者の名前の由来となるトーテムの動植物や土地の名称も変えなくてはならない。死者の名前と似た響きを持つ言葉すら、別の呼び名に変えられてしまう。妻にいたっては、沈黙の誓いを立て、数ヶ月から数年、沈黙を守り、その間は身振り言語で会話するのだ。そして名前だけではない。死者の生誕の場所も死の場所も、数年間は回避の対象になり、彼らには家屋の概念はないが、野営地に近寄ることができないのだ。この理由には、死者への不敬に当るということと、死者の霊が現世に留まりかねないという説明が当てられている。

 この場合、死が妻の対幻想に欠損が生じるというだけではなく、名前において氏族員全体の世界に対する関係性の組み換えが行われている。これは、対幻想と共同幻想は、わかちがたく結びついているので、死が妻の対幻想の欠損というに留まらず、氏族の共同幻想の再編成に及ぶのを見ることができる。

 再生という観念が発生するには、対幻想が共同幻想に対して独自の位相を持ち、そこに永続性が託されていなければならないと思える。琉球弧のように、掘り下げることによってではなく、強固な観念体系として再生信仰を持つ島人としてトロブリアンド諸島の例を挙げることができる。

 トロブリアンド諸島では、死者の霊魂は、実在のツマ島で新しい生を生きるが、戻りたくなると、流木、木の葉、樹皮、かれた海藻、海の泡沫など、海に浮かぶ媒介物によって島に戻り、「精霊児」として女性に宿っていた。生まれてくる子は、母系の氏族員の誰かの霊魂だと考えられているが、はっきりは分からない。時に、妊娠した女性に祖先が現れ、誰の霊魂であるかを告げることはある。
 
 このトロブリアンドの母系社会では、兄弟姉妹の関係を軸に、家族と共同幻想を同一視して、「われわれは一体である」という信憑を成立させていた。この対幻想の永続観念が、再生という観念を生んだ基盤なのではないだろうか。しかし、このとき、ぼくたちはたとえばニライ・カナイに移った霊魂が再び戻ってきて再生するという信仰を聞いたことはない。手元にあるのは、祖父母の童を授かるという習俗である。これは、記憶の範囲にある確実な名前が二世代前という現実的な要因もあるのかもしれない。しかし、膝抱き人(チンシダチャー)に、霊魂の即時的な転位という仕草を見る視線から言えば、ここでも再生は即時的に行われることが観念されていた痕跡を見ることができるのではないだろうか。



 

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