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2014/08/10

無他界の段階

 琉球弧において無他界の段階を想定することはできるだろうか。他界が発生する前の段階の人類が琉球弧にいたことはあるだろうか。

 この問いに葬法から示唆を与えてるのは、酒井卯作の『琉球列島における死霊祭祀の構造』だ。酒井は、琉球弧の葬制を議論するなかで、野ざらしの風景から出発している。野ざらしとは何か。山野に散在する人骨のことだ。ぼくたちは洞窟に人骨が散乱しているのを知っているが、酒井によれば、それは洞窟に限らない。奄美大島の古見ではミャー(広場)の浦に昔は人骨が山のように積まれて、島人が祀っていた。瀬戸内では、海辺に散乱する人骨が村の禍になるとして、モーヤ(骨置場)を作って納めた。徳之島の徳和瀬のナーパマの近く、ハマジ川の近くの藪の中にも古い人骨が散乱していた。沖永良部島の小さな森、ウジチ山にも人骨がある。伊計島の西側には人骨が散らばっていた。

 歌う髑髏の話もある。これは同工異曲のものが多いが、たとえば沖縄島羽地の沖に奥(おう)島ではこうだ。夜になると奥島から女の声で「屋我地前の黒潮渡ららん(渡ることができない)」という上の句だけの歌が繰り返し聞えてくる。あるとき夜釣りに行った翁がこれを聞いて、「七橋架きて渡ち給ばり」と下の句を添えてやると、以来下の句も添えて歌うようになった。奥(おう)島はかつて死者を運んだと伝えられる島だ。

 酒井は「歌う髑髏」の昔話は大和由来かもしれないが、伝承の根拠は「野ざらしの風景」として、もともと琉球弧にあったものだと考えている。そして、この野ざらしの風景のひとつの系譜として、死者が出るとその家を捨てたという大胆な仮説を提示しているのだ。家を捨てる。それは本当にあったのだろうか。

 民俗を聴き取る耳を持った柳田國男は、南島を旅行した際に、沖縄島知念において、「死人を大いに忌み、死すれば家を捨つ。埋葬なし。棺を外におき、親族知己集飲す」と記している。また、19世紀に首里王府は久米島具志川に対して、死者の出た家で住居家財を放置して別居することがあるのに対して止めるよう通達している。確かな感触を伝える例は少ないが、奄美大島南部では死後の「マブイ別し」の時に、「イキチュンチャヤ・スィゲーユン」(生きている人は巣を変える)という言葉がよく使われ、沖縄島島尻では主人が死ぬと火の神はもちろん、臼・鍋などを庭に出して転がすが、これを「家(やあ)ざらえ」と言い、家を捨てたことを示唆する言葉を残している。与那城では、死後浜に出て払い清めをする際、家の灯を消しておき、家に入る際に改めて灯をつけるが、これは家を更新することを含意させている。現代では琉球弧においても痕跡を辿るしかないわけだ。

 ここでぼくたちは、琉球弧の南に目を転じると、死者の出た家に死者を残し、遷居する例を見出すことができる。

 1.クブ族(スマトラ島)。家の中に死者や瀕死の病人を残して逃げ去り、遠く隔たった場所に新しいさしかけを作って住む。以前には死者を埋葬せず、死者の死んだ小屋または死者の発見せられた場所に木の棒で二尺位の高さの垣をして、その上に木の葉で屋根を作り、それがすむと、その場を逃げ去ったという報告もある。

 2.イロンゴット族(ルソン島)。死者が出ると家族の人々はその夜中、悲しい声で泣き続け、その声は遠方からでも聞える。死の翌朝、死者の出た家を捨て、再び帰来しない。価値のある物は持ち去る。瀕死の病人の家が立派で捨てるに忍びない時は大急ぎで小さい別の小屋を作り、死去前に病人を遷す。

 3.プナン族(ボルネオの僻遠の叢林、諸大河の源流地方に分布する移動部族)。弔葬儀礼を行わない。人が雨小屋のなかで死ぬや否や20~30人からなぢ彼らの集団は死体を小屋に残して、ただ木の葉や声だで覆うておくのみで、他に移ってしまう。(棚瀬襄爾の『他界観念の原始形態―オセアニアを中心として』より要約)

 いずれの例も死から時間をおかずに家を出ている。そのさまは「逃げ去る」と言えるほどだ。南太平洋でも記録された数は多くはないが、死者を家に放置し家を捨てる習俗があるのは確からしく思える。この習俗は直観的にも古層に属するものと見なすことができるが、それ以上に関心をそそられるのは、スマトラ島のクブ族について、「未開のクブ族では、人間は死んでしまえばそれまでで、死後の世界の観念については何も持ち合わせていない」と報告されていることだ。昭和初期の宗教学者は、「クブ人の多くは森、川、雨、風等の自然の悪霊をみとめ、種々の病気特に痘瘡をこれらの悪霊の業と考えて病人に対しては呪文を唱えたり唾を吐きかけて悪霊を逐う」、あるいは「子供の誕生後の浄めの式に祖先を呼んで踊る」(宇野円空『宗教の史実と理論』1931年)と記しているから、他界観念を持たないとはいえ、最古層の観念ではないことが分かる。しかし、それでも、これらの報告を信じるなら、葬法から辿ると、家に死者を放置し、家を捨てる習俗は、他界の発生以前までの射程を持っていると考えることができる。


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