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2014/08/20

死者の場を離れる根拠

 南太平洋の部族に見られた、死者の家を捨てる習俗について。

 死後数年のあいだは、死者の名前を氏族メンバーないしは親族が口にすることはない。故人が使っていた道具と身の回りの品々はすべて処分されるか、死者と一緒に埋葬される。また死者の出た野営地には、氏族はいっさい近寄ることもない。また死者が出た場所の正確な位置が身分の高い長老によって突きとめられると、その位置ははっきりと示され、数年のあいだはそこに近づいてはならないとされる。死者が受精し、誕生した場所も同じく、死後数ヶ月ないし数年の間は、敬遠されるのだ。死者の名前を口に出すことはタブーとされ、厳しく監視される。それは、個人の名に含まれている振動パターンが、留め金ないしは錨の役を果たすことで、死者の霊的エネルギーが自己撞着を起こし、挙げ句の果てには現世に留まりかねないからだ。同じように、死者の名前の出所となった動植物や土地の名称も変えられねばならない。死者の名前と似た響きを持つ言葉もしばしば、別の呼び名に変えられるのである(p.471 『アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声』)。

 アボリジニは、狩猟採集を行うから、家という概念はないから、家を捨てるという行為は生じようがないが、野営地を離れている。それどころか、死者に関わる主要な場所に近寄らない。距離を離すことにおいては、名前にはまで及んでいる。

 これは、南太平洋においては、「家を捨てる」行為にだけ焦点が当てられたことに対して、その内実を与えてくれている。やはり、死者の霊魂を意識して生み出された行為なのだ。

 残された物の悲嘆の大仰な表現も死者を「故郷」へと帰すための行為である。これは自我霊に関わり、ここでいう「故郷」とは他界に他ならない。

 これは、共同幻想から自己幻想が分化することで生み出されるのだと思える。



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