« 『琉球独立論』を読む | トップページ | 遷居からの推移 »

2014/08/05

『吉本隆明』(田中和生)

 生前に交流のあった人が、吉本の目が届かなくなったから言えることを書いたのではないところがいいと思った。つまり、ずるくない。

 田中和生の『吉本隆明』は、吉本思想の太い幹を正面から丹念に辿ることによって、その必然史を浮かび上がらせている。

 ここでは琉球弧に引き寄せて、触れておきたい。最後近く、田中は書いている。

その部分(「語母論」-引用者注)の結論めいたものは、それらの詳細な比較を行う前に「ある言語がいくつの母音から成るかということは、ただすべての言語は時間(時期)と空間(地域差)の組み合せの仕方によって三母音から八母音までのさまざまな姿として理解することができるということにいきつくようにわたしにはおもえてくる。日本語を含めたマラヨ・ポリネシア語族の一系統の要素だけについていえば時間(時期)は二~三万年をとれば充分だとみなされてくる。わたしたちの言語の像からいえば三母音の与那国方言(やそれと類似した東北方言)はマラヨ・ポリネシア語族のひとつである古層の日本語であり、そのうえに北方大陸のアルタイ語の要素が降りつもって、古層の日本語の地肌がみえるほど薄くつもった部分が与那国方言(やそれと類似した東北方言)となり、古層が覆い隠されるほど厚くつもったのが本土日本語だったというほうが実体に近いことになる」(同前)とさり気なく記されているが、この言語学上の仮説に見える端正な記述こそ、六十代から七十代に差しかかる吉本隆明がついに書きつけた「言葉の残虐行為」を上書きする詩にほかならない。

 なぜならそこにある認識は、かつて『高村光太郎』で語られた日本語による「言葉の虐殺行為」と「絶対におなじもの」である、日本人による「同胞の隊伍がアジアの各地にもたらした残虐行為」の根拠になった、日本語によって同一性をあたえられる日本人という国民としての意識を根源的に破壊するものだからである。まず日本語は「北方大陸のアルタイ語の要素」が降り積もっていることによって朝鮮半島、中国大陸、ひいてはユーラシア大陸に結びつけられており、次にその古層にある「マラヨ・ポリネシア語族のひとつ」としての性質によってフィリピンからマレー半島、広く環太平洋地域までが、言語的に日本人の同胞と見なされる。実際それらの地域に住む人々が日本人の「同胞」であるとすれば、戦争中の日本人が「アジアの各地にもたらした残虐行為」は存在しなかっただろうし、だとすれば「言葉の残虐行為」である戦意昂揚詩もまったく違ったものとして書かれたはずである。

 もちろんこれは、敗戦後の日本から戦前の日本をふり返った夢想だ。しかしそのような夢想の自由を許すという意味において、吉本の『母型論』は時代の変化を超えて力を持ち続ける「普遍文学」になっていると言える。少なくともわたしにとってはそうである。(『吉本隆明』)

 田中の吉本論はここでぼくたちのモチーフにも重なってくる。環南太平洋に散ったオーストロネシア語族の習俗を追っていくと、アルカイックな琉球弧のそれと似ているのに驚く。そしてさらにその地が太平洋戦争の激戦地であることが多いのに気づき、さらに驚く。 埴谷雄高が、「太平洋戦争は日本人が故郷に分散したものだった」と書いたのはその通りなんだなぁと思えてくる。そのことを身体のどこかで感じた兵隊さんもいたのではなだろうか。

 ぼくたちが琉球弧のアフリカ的段階を掘り下げてゆくことは、南太平洋の戦地へ赴いた兵隊さんたちを弔う言葉を持つことにつながるのだろう。


『吉本隆明』

『母型論』

|

« 『琉球独立論』を読む | トップページ | 遷居からの推移 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/60096303

この記事へのトラックバック一覧です: 『吉本隆明』(田中和生):

« 『琉球独立論』を読む | トップページ | 遷居からの推移 »