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2014/08/16

なぜ、トーテムを観念できるのか

 アボリジニの創世の神話世界、ドリームタイム。 

 こうした存在はすべて、同時に生みだされたが、それらは互いに入れ代わることができた。植物が動物に変身することもできたし、動物が地形に変わることも、地形が人間の男女に変身することもできた。先祖は、人間であると同時に動物でもありえたのである。ドリームタイムの物語で冒険が企てられる際に起きた。森羅万象は、「偉大な先祖の夢見と行動」という共通の源から生みだされた。ドリームタイムにおいては、あらゆる段階、局面、周期は同時に存在していた。『アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声』(p.34)。

 人間は動物でも植物でも地形でもありえたし、逆もそう。それらは地上に、精霊として出現しただろう。こう観念されるのであれば、蛇やアマムをトーテムとする理由が分かる。

 アボリジニの思考はもう少し整除されている。

 先祖が備えていた特性のうち、動物には、外的な体型や行動が与えられ、人間には、心的活動と情動とが現れた(p.441)。
 人類と動物はしたがって、お互いにそれぞれの内部と外部とを反映し合っているのだ(p.444)。

 これは、「人間の内的心理状態と情緒が、外的には、動物の体や行動に象徴されるということである」。こうなれば、トーテムとしての動物は指定できることになる。

 ただ、アボリジニおいては植物はやや違っている。植物は、先祖から直接現れることがなく、大地が形成される過程で堆積された潜勢力から生じた(p444)。

 これは、少なくともこう記録されたアボリジニは、人間、動物と植物との差異が意識された段階にあると言えるだろうか。

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