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2014/08/18

アボリジニの死生観

 アボリジニの死生観。

 人間が死ぬと、身体を構成している霊は三分割される。

 1.トーテム霊

 身体を支える生命の源にまつわる霊。この「生命の源」は、生命と動植物種の霊の生まれ故郷ともいうべき「地上の場」であり、人の血統と密接な関係にあって、一生を通じて滋養を吸い上げてきた源である。人が死ぬと、かつてはその精神と肉体とに宿っていたトーテム霊は、儀礼を通じて、動植物をはじめ、岩、水、陽射し、火、木々そして風といった生命維持には不可欠の自然霊へと立ち返る(p.462『アボリジニの世界―ドリームタイムと始まりの日の声』)。

 2.先祖霊

 「ドリームタイム時代の想像力溢れた偉大なる先祖と共鳴する」。「不変の「超自然的元型である」ドリームタイム時代の先祖」が支配する領野とは、天空にある「死者の国」にほかならない(p.462)。先祖霊は、夜空の特定の位置に輝く星座へと赴く。

 「来世の生活ってのはどのみち、現世における最終狩猟生活そのものなんだよ。ただ天空には獲物はもっとたくさんいるんだがね(p.470)」。

 3.自我霊

 場所との因縁が強く、妻、夫、親類縁者とはもちろん、道具や衣服といった物品との結びつきも強い。

 これを見ると、先祖霊が他界に該当している。アボリジニが長く独自の思考を保存したおかげで、霊魂に対する考え方もはっきりしている気がする。他界発生以前は、トーテム霊だけが観念されていたということではないだろうか。


 海岸地帯に暮らすアボリジニの部族は例外なく、沖合に自分たちの島を持っている。また内陸部に住む多くの部族も同じような島を描いており、その島こそ、死者が最初に赴く先と考えている。さて、アボリジニは、一連の浄化儀礼を経ることで、体力、美貌、知性のすべてにおいて絶頂にあったころの「状態」へと戻ってゆく。死者の島は、天空の旅への出発点であり、その終着点が宇宙なのだ(p.474)。

 これはトロブリアンド諸島の観念と似ていて面白い。トロブリアンドにおいては、死者の島からどこかへ行くことはなく、再生する。

 アボリジニにおいては、「意識をつくりなしている個々人の魂が再誕することはない」(p.460)」。

 生まれ変わりという発想は、次の二点によるもの。

 1.個人という幻想に取りつかれていると、自我が死後も生きつづけ、来世でも変わらず存続するという発想にゆきつく。

 2.こう考える文化では埋葬に関する知識は廃れてしまう。埋葬とは死者の霊的エネルギーを現世から引離すための習俗だからである。

 再生が、「個人」という発想を元にしているというのは、大きな示唆を与えてくれる。最古の観念ではないとうことだし、自己幻想の分化、分離を意味している。

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