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2014/07/27

ゴジラよ、ふたたび日本だ。

 加藤典洋が言うように、1998年にニューヨークがゴジラに襲われたのは、アメリカ人の原水爆使用に対する「後ろめたさ」が呼び寄せたものだとしたら、2014年のゴジラ(『GODZILA』)では、水爆実験は、ゴジラを倒すためのものだったと、冒頭で解説されて肩すかしを喰らう。というか、正当化をするつもりかと、反発心が起きそうになった。

 けれど観続けるうちに、そのことに端を発して別の感想がやってきた。ゴジラを倒すためという「正当な」理由で水爆を使ったが、それでゴジラは倒されずにアメリカの都市を破壊したというなら、サンフランシスコを襲ったのは広島、長崎の死者たちではないのか、と。映画はもちろん、そのようなプロットを組んでいるわけではない。使われたのは水爆で、水爆実験の犠牲者といえば、ぼくたちに思い起こされるのは第五福竜丸であり、どれも広島、長崎を直接的には指示していない。けれど、それが対象を倒すために使われたという正当化がなされる場面といえば戦争なのだ。

 映画のオープニング・クレジットでは、一瞬、広島、長崎をカバーした西日本の地図が映し出される。また、作中、積極的な動きを終始見せないものの、怪獣の解読を行う日本人、芹沢猪四郎(この芹沢という博士の名は、日本の初代ゴジラを倒した博士の名であり、そこには日本ゴジラへのオマージュを充分に感じさせるものでもある)は、広島に原爆が投下された8月6日8時15分で止まったままの懐中時計を、父の形見として持っている。こうしたことも暗示として響いてくる。アメリカは、広島、長崎での原爆使用に対し、いまに至るも公的に謝罪していない。その「後ろめたさ」が、このたびのゴジラを呼び寄せたのではないか。ゴジラや別の怪物、ムートーが引き寄せられたのは講和条約が結ばれたサンフランシスコだった。

 昆虫の怪物のようなムートーは、日本の原子力発電をメルトダウンさせ、その放射能を吸って成長し、これもまたゴジラとともに、というか、ゴジラと闘うことによってさらにサンフランシスコの都市を破壊する。原子力発電崩壊の事故後、退避区域として市民を立ち入らせず、ムートーに放射能を吸わせ、そのことを隠し続けるさまは、3.11の事故にも関わらず、原子力の武器利用への転化の潜在的能力を捨てようとしない日本政府を否応なく連想させる。日本の旧原発からのムートーの出現は、日本政府の姿勢に対するアメリカの潜在的な不安を示しているようにも見える。つまり、原爆使用について謝罪をしないアメリカに対し、日本がいつか報復するのではないかという恐怖心が、そこに潜んでいるのではないか。そうも思わせるのだ。その恐怖は、ラストに近い場面のなか、朦朧とする意識のなかで、主人公の目にかすかに映る。従来の原水爆とは比較にならない規模のメガトン級の爆発として、サンフランシスコ沖に。

 ただ、穿った観方をすれば、同じサンフランシスコを破壊したゴジラとムートーであっても、二体のムートーを倒した後、都市を去るゴジラに対して、「救世主か」という報道がされるのであれば、原爆投下の「後ろめたさ」より、日本の報復の可能性の方に、不気味なリアリティを感じているのかもしれない。たしかにその意味では、今回のゴジラは都市の破壊をムートーに譲っていた。

 これをアメリカの監督が描いたとしたら、大きな変化なのではないかと感じたが、監督はイギリスを母国とするギャレス・エドワーズだった。その意味では、イギリス人だから描けた映画なのかもしれない。作品にはハリウッドらしいエンタテイメントの要素が散りばめられていて、上記のような受け取りを一笑に伏すだけの作りにもなっている。しかし、まさにそんな装飾をはぎ取っても小さく届く声はある。この映画がアメリカでもヒットしたということは、アメリカの不安や後ろめたさに響いたということはありえるように思える。

 だが、ゴジラよ。あなたは再び日本へ来なければならない。そういうときが、残念だが巡ってきている。加藤典洋は、ゴジラについて、かつてこんなどきっとすることを書いていた。

 しかし、もしもう一作、ゴジラが作られるなら、筆者はぜひその脚本制作陣の一角に加えてもらいたいものだと思っている。筆者の考えからすると、ゴジラにはまだ、し残していることがある。それを行わないことには、成仏できないのである。筆者のアイディアは以下の通り。ゴジラが再びやってくる。品川沖から東京に上陸する。夜であってほしい。そのゴジラはこれまで行かなかったところに行く。
 行き先は、靖国神社。
 ゴジラは、靖国神社を破壊する。(『さようなら、ゴジラたち―戦後から遠く離れて』

 2014年ではこう附け加えなくてはならない。ゴジラは、靖国神社に行く前に、首相官邸を破壊する。



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