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2014/07/18

モノ追い

 これが喪屋(ムヤ)で殯をした時にどう行われていたかは分からない。墓制以降は、出棺後、死者の寝所を軸に行われている。しかし、これが死に追いやった根本の原因とみなされる悪霊的なモノ(ムン)を除去し、追い払う呪術行為であってみれば、喪屋の時代にも重要な行程であったはずである。また、出棺後ということは、直接的には死者の身体はここでは不在だが、これも死をみつめる所作として欠かせないものとしてあると言っていい。

 『琉球列島における死霊祭祀の構造』(酒井卯作)には、沖縄島を中心にいくつもの例が挙げられているが、ここではモノ(ムン)の存在を最も可視化させている例を挙げる。モノ追いの所作を端的に示すと思えるからだ。

 葬送をすませると、親族は息を引き取った部屋で車座に座る。成人三人が円座の周りを七回廻り、外にかけだす。このとき一人は棺に使った板一片を掴み、他の二人は湯灌の残り水を蹴る。そうすると四人目の男が「マブイはどこだ」と叫び、石を投げながら三人を追いかける。三人は「ここだ」と答えながら追いかけられ、海岸まで行って終える。棺の木片は人家のないところを選んで海に投げ捨てる。四人の男は部屋に戻ると、行事のあいだ全く動かなかった親族のあいだを五回廻り、生前死者の使用したものやいろりの三個の石を持って海に捨てに行く。これが終了してから親族も海岸に下りて足で波を蹴る。これはシュケリ(潮蹴り)と呼ばれる。(昭和初期、糸満)。

 「ホーハイホーハイ」(玉城)、「アリアリ、クリクリ」(久志)と、追い払う際に呪言を加える場合もある。また、後ろ手を石を雨戸になげつける(名瀬)、口に含んだ水を屋内に吹き付ける(今帰仁)、臼を蹴飛ばす(浦添)など、その所作は荒々しい。そしてモノを追い払うのは糸満では海辺までだが、他界との境界までを意味している。

 ここで糸満の場合、モノは三人の男に擬人化されている。モノが目にはみえないが、人間の本体は霊魂であるとみなした観念の所産であることを明瞭に示している。所作の荒々しさは、それだけモノ(ムン)が怖れられていたことを読む者に伝えてくる。

 マリノフスキーによれば、トロブリアンド諸島においては死は、「邪悪な妖術(evil magic)による死」、「戦闘中の死」、「毒による死」の三つの系列に分けられている。溺死は戦闘中の死と同じように見なされ、自殺は戦闘中の死あるいは毒による死に含まれる。それ以外の全ての死は、「邪悪な妖術(evil magic)」によるものだと考えられている。島人は、自然が原因による病気があるだろうと認めているが、生命に関わるのは「邪悪な妖術(evil magic)」だけだと考えられているのだ。

 琉球弧でも呪言(クチ・フチ)が人を死に至らしめると考えられていた。だが、トロブリアンドの戦死、毒死という特定の死以外は全て、「妖術」という呪術的な行為によるものでは既に無くなっているようにみえる。一方で、死の直接的な原因はモノ(ムン)の仕業ということは信じられていた。つまり、死と呪術的な行為との連関は途切れかかっており、結果としてのモノ(ムン)だけが存在感を残している。呪術的な行為と切り離された分だけ、モノ(ムン)の存在感が増し、その除去が主要な命題になっていることがうかがえる。

 このことは、呪術的な行為と死が緊密につながっていた段階が琉球弧にもあり、その場合は、モノ(ムン)の除去には、呪いを解く行為が不可欠だった可能性を示唆するように思える。また、モノ追いの習俗が沖縄島を中心に採集することも、このことに関わりがあるのかもしれない。

 しかし、呪言を解くにせよ、モノ(ムン)を除去するにせよ、ぼくたちは、死を前にしてモノという身体外の霊魂の取り扱いが不可欠だったことを知るのだ。


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