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2014/07/21

予兆と添い寝

 琉球弧の島人は、死にどのように対して来たのだろう。

 それはまず、死の予兆から始まっている。

 予兆
 
 鳥が屋内に迷い込むこと、特に仏壇に入るのは大事になった。このときは、自宅のみえない場所や海辺近くで外泊し、難をさらしてから家に戻った。難がさったかどうかを判断する行為もある。

 昔は浜下りをしていたようであるが、古老達の覚えているのでは、海の方向の自分の家より見えないところにある家に一晩泊まってくる。家を出るときカマドの灰をかき出しきれいにならなして、その上にカマンタ(かまのふた)をかぶせておく。一泊したあとそのカマンタをとり、その灰に鳥の足跡のようなものがあったりすると、まだ厄は晴れていないが、難もないと厄は晴れたとされた。(「浦添市史民俗編」)

 蓋を被せるのだから、足跡は鳥の霊魂を通じて、他界への通路が開けることを意味しており、自分の家が見えない場所の家や海辺で一夜を過ごすことが死や不幸を解除する呪術になっている。

 屋内への侵入が合図になるのは、トンボや蛾(ハーベールー)が夜、入ってくることや、泥鉢が屋内に巣をつくるのもそうだった。

 鶏が時間はずれに鳴くことも予兆のひとつだった。昼に鶏が鳴くとその首を切り落とした。そして、お箸などで首を刺して屋根に挿す。その首は鶏が鳴いていた方向に向ける。通常ではない時間の鳴き声が察知の合い図であり、そこには方位も伴っていた。死や不幸を解除するには、異変を察知させた鶏の死をもってあがなわなければならなかった。

 犬や猫の場合、ふつうではない鳴き方の場合である。キリギリスが夕方、家のなかに入り込み、柱などに止まって変わった鳴き方をする(竹富島)、家の壁に逆さまに止まる(宮古島島尻)。

 虱の異常発生、農作物や漁の異常な収穫もそうだった。収穫が増えることは必ずしも吉報にはならず、葬儀の賄いの知らせと察知されたのだ。それは夜の大工仕事が棺を造る音として嫌われたことにもつながる。

 時間や量、そして鳴き方が通常ではない場合、つまり変わらない日常に対する異変への察知が、予兆につながっている。殊に対幻想の場である家屋への侵入が、ことを大きくした。これは、対幻想への共同幻想の浸食を意味したからだ。そしてどの場合においても、予兆に対して受け身だったのではなく、鳥の迷い込みの時の外泊のような呪術行為や、軽度の場合でも呪言によって解除する行為が伴ったのである。


 添寝

 ぼくたちは添い寝を死の前後に時間を引き延ばして見てきたが、霊魂の転位について動物を供犠とした場合もあった。

 喜界島
 危篤の病人が直りそうにもないと、その身代わりとして山羊や鶏などを殺す。そのとき山羊などしばっている縄を病人に掴ませておいて、山羊を殺し、その肉七片を家の表に吊してユタが祈願をする。病人が少しでもこの山羊の汁を飲んだら蘇生するそうである。

 奄美大島竜郷
 庭先で豚を殺す人と病人とをつないでおいて、その肉を一回で食べ、余分を海か川に流す。

 竜郷での光景を目撃した小野重朗は、病人と豚との間に電話線を設けているようだと報告している。ぼくたちは添い寝において、生者から瀕死者への、瀕死者から生者への霊魂の転位の場合、抱いたり起したりという身体の接触や「膝」という身体部位を介すると考えてきたが、瀕死者と離れている場合、縄が転位を媒介するのを見るのである。しかも、それが動物の霊魂である場合もあった。どちらも即時的な転位が想定されているが、動物から人間の場合は、人間同士よりも古層として考えられるかもしれない。人間と動物の霊魂に区別を設けていないからである。

 

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