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2014/07/13

祝女・聞得大君・天皇

 明治40年頃、当時12、3才の、島せんこあけしののろの継承祭儀。

 11時頃、御嶽に到着。
 「水撫で」。神前に供えた水を四回、祝女の額につける。
 「神霊(せじ)づけ」。洗米を三粒程つまんで頭にのせながら、「島せんこあけしののろ」と神名を唱える。
 「神酒もり」。神酒を神前に注ぎ、残りを祝女に供する。神人も供する。
 2時頃まで、オモイを唄う。
 「神と共に寝る」。筵を二枚敷き、左に祝女は寝る。右は神の座と言われている。御嶽のなかで一泊する。(「沖縄の民俗と信仰」島袋源七)

 祝女の継承において、神との共寝は積極的な意味を露わにしている。そして、琉球王朝のが制度化した聞得大君の継承祭儀も、ほぼ祝女の継承祭儀と同型を取っている。

 「大グーイの儀式」。神座に着席した聞得大君の頭に玉冠を載せ、「聞得大君みおうしぢ」と唱える。
 「ユインチ、サングーイ等の神前を巡拝」。
 「御待御殿」。午前3時、御待御殿で一泊する。金屏風を立てまわした部屋に金の枕が用意されている。一つは神の枕、もうひとつは大君の枕。(「沖縄の民俗と信仰」島袋源七)

 聞得大君の継承においても、神との共寝は祭儀の中核のひとつをなしていることが分かる。

 この神との共寝は、天皇の即位祭儀である大嘗祭においても、同様なのだ。悠忌殿・主基殿に八丈畳の上に寝具が二枚敷かれ、天皇は寝具にくるまって寝るのである。鳥越憲三郎は、かつては献上された女性と具体的な性行為が行われたと考えられるとしている。(『大嘗祭―新史料で語る秘儀の全容』)。

 霊魂の転位を主眼とした添い寝という習俗は、霊威の継承として変奏され、神との一体化を主眼とする共寝へと祭儀化されたのである。そして、祝女のみならず、聞得大君と天皇の即位においても、共寝が共通しているということは、神との性的行為という擬制が普遍性を持つことを意味していると思える。

 なぜ、性的な行為が中核になるのか。このことを本質的に考察したのは吉本隆明だった。

 悠忌、主基殿の内部には寝具がしかれており、かけ布団と、さか枕がもうけられている。おそらくはこれは〈性〉行為の模擬的な表象であるとともに、なにものかの〈死〉と、なにものかの〈生誕〉を象徴すするものといえる。
 西郷信綱は「古代王権の神話と祭式」のなかで、天皇はこの寝具にくるまって、胎児として穀霊に化するとともに、〈天照大神の〉として誕生する行為だと解している。折口信夫は「大嘗祭の本義」のなかで、天皇が寝所でくるまって〈物忌み〉をし、そのあいだに世襲天皇霊が入魂するのをまつため、ひき籠もるものだと解してている。
 しかしこの大嘗祭の祭儀は空間的にも時間的にも〈抽象化〉されているため、どんな意味でも西郷信綱のいうような穀物の生成をねがう当為はなりたちようがない。また折口信夫のいうような純然たる入魂儀式に還元もできまい。むしろ、神とじぶんを異性〈神〉に擬定した天皇との〈性〉行為によって、対幻想を〈最高〉の共同幻想と同致させ、天皇がじぶん自身の人身に、世襲的な規範力を導入しとようとする模擬行為を意味するとかんがえられる。(『共同幻想論』

 添い寝が共寝に転化する途上で、神女が始祖に擬定された裸体で髑髏を洗う行為を見てきたぼくたちは、共寝が性行為の模していることに頷くことができる。祝女、聞得大君jの継承も大嘗祭も、男女神の片方に自分を置き、対幻想を共同幻想に同致させたということだ。

 この同致は、母系社会における対幻想と共同幻想の同致とはまるで異なっているのに気づく。母系社会においては、兄弟姉妹の対幻想の永続性と空間的な拡大に耐える強さをもとに、「われわれは一体」であるとして共同幻想と一体化させていた。「われわれは一体」であるとは共同幻想でもあれば島人が発することができる言葉でもあった。だが、祝女、聞得大君の継承と大嘗祭においては、対幻想はあからさまな男女神のものであり、同化し一致された共同幻想は、むしろ共同幻想のもとにいる人々に顔を向けている。そして、「わたしは神である」と言っている。神話はそのもとに生きる人々に存在の根拠になる物語を与えたが、ここではそれは規範力として機能することになるのだ。これが添い寝という霊魂の転位をめぐる習俗が祭儀として共寝に変容した時に持った意味である。

 言い換えれば、規範力に転化した共寝は、霊魂の転位としての添い寝まで解体させることができるのではないだろうか。


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