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2014/07/15

加藤典洋×高橋源一郎

 昨日、三省堂書店本店で、加藤典洋と高橋源一郎のトークセッションが行われた。加藤の『人類が永遠に続くのではないとしたら』の刊行を記念したイベントだ。二人が出した『吉本隆明がぼくたちに遺したもの』は、昨年最も昂奮して読んだ一冊だったので、二人の対話は楽しみだった。

 最前列に席を取ったので、はっきりとは分からなかったが、百名の定員は埋まっていたのではないだろうか。月曜の六時半スタートという時間的制約もあっただろう、高めの年齢の人が多かったように思う。

 高橋は、雑誌「SIGHT」の内田樹と渋谷陽一との鼎談でも事前の準備ぶりが、いつもすごいのだが、昨夜もノートを取ってきて、加藤に質問するのだった。真摯だ。

 トークの内容は時代の空気を存分に感じさせてくれたが、それ以上にぼくはお二人が、いい顔をしているのに見惚れてしまった。人の心を大切にしながら時代とわたりあう人の顔つきとは、こういうものかと、美しいと思った。それはビジネスマンの顔とも違う。人はやっぱり顔だなと、そんなことがいちばん印象に残った。

 25年前のチェルノブイリ事件を地球の裏側のぼくたちがきちんと受け止められなかったように、3.11のことは西洋やアメリカにはよく見えていないのではないか。それなら、このたびのことは自分たちがやらなかったら誰もできないのではないか。加藤はこういう強い動機に突き動かされたのだという。『人類が永遠に続くのではないとしたら』はいわば、世界思想として世に問うているのだ。

 バイトに追われながら、不必要なものを削ぎ落とし、身軽になっているいまの若者について、高橋は、空気が薄くなって肺が鍛えられたようなものと言い、加藤は薄暗い、でも暗くはないと評していた。「希薄な空気」と「薄暗さ」。その通りだと思う。

 振り返ってみれば、と、加藤は、1968年が人類の絶頂期だったのではないか、と指摘した。ゴールデン・シックスティ―ズとは前後の年代と比較してのことだけではなく、人類出現以来のことだったかもしれない。その年、ビートルズは、通称ホワイト・アルバムを作成しているが、その作品はビートルズでいることが不自由に転じてしまったニヒリズムを吹き出させていた。ホワイト・アルバムでは、リンゴ・スターが一時脱退の自由を行使し、実質上の解体劇を演じた「LET IT BE」では、ジョージ・ハリスンが同じく一時脱退の自由を行使した。弱者から順番にビートルズからはじき出されたのだ。そして1969年、四人は最後のレコーディング、「ABBEY ROAD」に臨むが、これは1968年までの自明のビートルズとは違い、ビートルズをする自由を選択したものだった。もう片方の手にはビートルズをしない自由を、もう四人は手にしていた。とりわけジョン・レノンはそうだった。1968年が人類の絶頂期だったとするなら、その直後の1970年のビートルズ解散は、することも、しないこともできるコンティンジェントな自由の嚆矢だったのかもしれない。

 『人類が永遠に続くのではないとしたら』はとても大きな本で、ぼくも最初は自分の考えとの違いをコメントするだけに終わってしまったが(cf.『人類が永遠に続くのではないとしたら』)、それだけに質問したいことはいくつかあった。質疑応答の時間は設けられていなかったので果たせなかったが、サインをいただく折、ひとつは聞かせてもらった。平日の夜だから仕方ないとはいえ、充分なディスカッション時間を設けるイベントがあればなあと思う。

 ともあれ、心に残る、励まされる共演だった。多謝。


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