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2014/06/23

マブイの形態

 琉球弧では、マブイ(霊魂)の形態は三角形と認識されていた。象徴的なのは、産衣に縫いつける三角の布や袋で、「ハビラ(蝶)袋」(与路島、加計呂麻島)、「マブヤ布」(沖永良部島)、「マブイ袋」(与論島)(p.184、酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)などと呼ばれている。

 この形態認識の元になっているものは何か。柳田國男は、「心臓」をかたどったものではないかとしている。 

 餅のこと円錐形は握飯の三角と、あるいは考え合すべきものではなかったろうか。
 三角な握飯のもっとも正式に用いられるのは、信州などにも行われている年取の晩の供物、すなわちミタマ様の飯と称して、歳棚の片端または一段と低い処に、平年は十二個とかまたは家の人の数だけとか拵えて、皿や折敷に載せて上げて置くものであるが、これとやや似たことを盆の魂棚にもする土地がある。
 それで私は今後この類の式の餅の形を、あまり変化してしまわぬうちに詳しく記述しておきたいと念ずるのであるが、その前に自分の想像を言ってみるならば、これは人間の心臓の形を、象ったていたものではないかというのである。(柳田國男『食物と心臓』

 しかし、人間や動物の内部に形態の起源を求めるより、動物や植物に精霊が宿るとするなら、その生きた姿のなかに、その姿を求めるのが自然な気がする。つまり、日常的な知覚のなかにそれを求めることが。琉球弧でそれに該当するのは蝶だ。

 「南島では屡、蝶を鳥と同様に見てゐる。神又は悪魔の使女ヴナヂとしてゐるのは、鳥及び蝶であつた。」(折口信夫「若水の話」)

 蝶は、「神」や「悪魔」を運ぶだけではなかった。

一 吾がおなり御神の
  守らてゝ おわちやむ
  やれ ゑけ
又 弟おなり御神の
又 綾蝶 成りよわちへ
又 奇せ蝶 成りよわちへ
(我々のおなり御神が、守ろうといって来られたのだ。やれ、ゑけ。おなり御神は、美しい蝶、あやしい蝶に成り給いて、守ろうといって来られたのだ) (『おもろさうし』

 「神」は「蝶」に化身するものでもあった。

 「以前婚礼の宴にハビラ(蛾)が三匹、三味線にあわせて調子よく舞いあがった。音曲がやむとそのハビラは畳に落ちた。そのハビラは酒好きであった亡き祖父の姿によく似ていたので、たれかが「祖父を躍らせよ」といって音曲を鳴らすと、そのハビラはまた空中で舞いはじめたという(大島瀬戸内町)」(p.184、酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』))

 この例では、蝶ではないが、「ハビラ(蛾)」と死んだ祖父を同一視している。そして同一視しているだけではなく、「亡き祖父の姿によく似ていた」と抽象度の高い擬人化による見立てが行われている。

 蝶が、霊魂でもあることについて、島尾敏雄はとても分かりやすく説明している。

石牟礼 あの、あやはびら、という言葉は「生き魂」ですか。
島尾 はい、「生き魂(マブリ)」でもあります。言葉そのものの意味は模様の蝶とということですが。つまり、アヤは模様、ハベラというのは蝶ですね。しかし蝶はマブリでもあります。マブリには「生き魂(マブリ)」と「死に魂(マブリ)」がありますけれども、蝶はそれらの象徴のように言っているようですね。そして、それはまた三角の形で表わします。ですから昔から三角模様というのが色んなものについています。それはハベラですね。ハベラというのは、つまり、マブリなのです。守り神の意味もこめられています。(「綾蝶生き魂 南島その濃密なる時間と空間」『ヤポネシア考―島尾敏雄対談集』

 「蝶はマブリでもあります」というのは、「蝶」に霊魂(マブイ)の象徴を見ているということだ。蝶をマブイと見立てることによって、相似形としての三角形の形態認識は起こっていると思える。

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