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2014/06/14

兄妹始祖神話の根底

 兄妹始祖神話の根底にあるものを確かめておきたい。

 夫婦の関係と親子関係は、関係をなす両項が感情的に交流するか、等しくないありかたをするかの、いずれかである。これにたいして、純粋な関係にあるのが兄弟と姉妹の関係である。兄弟と姉妹は同じ血を受けていながら、その血が両者のあいだで安定と均衡を保っている。だから、どちらも相手を求めたりしないし、自分の自立性を相手にあたえたり、相手から受けとったりもしないで、自由な個人としてむかいあっている(p.308)。

 兄弟というものは姉妹にとって安定した対等の存在であって、両者のあいだの相互承認は純粋で、自然な関係が混じりこんではいない。だから、この関係にあっては、個がどうでもよいと考えられることはないし、個の共同体的な価値が偶然に左右されることもない。個としての自己が相互に承認されるさまは、血縁上の均衡が保たれていることからしても、両者の欲望が入りこまないことからしても、まさに利にかなったものということができいる。だから、兄弟を失うことは姉妹にとって埋めあわせるようのないことであり、姉妹の兄弟にたいする義務こそ最高の義務である(p.309『精神現象学』G.W.F. ヘーゲル、長谷川宏(訳)))。

 兄弟と姉妹は、夫婦のように「どちらも相手を求めたりしないし」、親子のように、「自分の自立性を相手にあたえたり、相手から受けとったりもしないで」、「自由な個人としてむかいあっている」。血縁という近しい間柄でありながら、「両者の欲望が入りこまない」ので、「個としての自己が相互に承認されるさま」は「純粋」である。だから、「兄弟というものは姉妹にとって安定した対等の存在」である。

 このヘーゲルの洞察を吉本隆明は引き継いで、言う。

 ヘーゲルが鋭く洞察しているように家族の〈対なる幻想〉のうち〈空間的〉な拡大に耐えられるのは兄弟と姉妹との関係だけである。兄と妹、姉と弟の関係だけは〈空間〉的にどれほど隔たってもほとんど無傷で〈対なる幻想〉としての本質を保つことができる。それは〈兄弟〉と〈姉妹〉が自然的な〈性〉行為をともなわずに、男性または女性としての人間でありうるからである。いいかえれば〈性〉としての人間の関係が、そのまま人間としての関係でありうるからである。それだから〈母系〉性社会のほんとうの基盤は集団婚にあったのではなく、兄弟と姉妹の〈対なる幻想〉が部落の〈共同幻想〉と同致するまでに〈空間的〉に拡大したことのなかにあったとかんがえることができる(p.162)。

 アマテラスとスサノオであいだにかわされた行為は、自然的な〈性〉行為、いいかえれば姉弟相姦の象徴的な行為を意味していない。姉妹と兄弟のあいだの〈対なる幻想〉の幻想的な〈性〉行為が、そのまま共同的な〈約定〉の祭儀的な行為であることを象徴している。べつのいい方をすれば、姉妹と兄弟とのあいだの性的な〈対幻想〉が、部落の〈共同幻想〉に同致されることを象徴している(p.164『共同幻想論』吉本隆明)。

 「アマテラスとスサノオであいだにかわされた行為」は、動物の交尾から教わって性行為をしたという記述ではないが、意味としては同じことだ。それは自然な性行為ではなく、対幻想を共同祭儀の核に埋め込むための幻想的な行為として意味を持つ。兄弟と姉妹の対幻想が、空間的な拡大に耐えられることを梃子に、対幻想を共同幻想に同化させ一致させた。これが、兄弟始祖神話の構造だ。

 ヘーゲルが世界史の外に起き、野蛮とみなしたアフリカ的段階の神話思考が、彼の洞察に則っていることを知ったらヘーゲルは驚くだろうか。

 洪水のあと兄神妹神だけがとりのこされて、ふたりは結びついて子孫をうみ、人々の始祖となったという神話は、研究者によって南中国や東南アジアの諸種族のあいだに分布していることが知られている。じっさいに兄(弟)姉(妹)のあいだに近親相姦が行われた時期がこれらの地域をふくめた南島にあったかどうかを、言うことができない。ただ神話的な対幻想と現実的な対幻想が同致できるような共同体の段階を想定することはできる。そしてこの段階がなんらかの条件で持続的な時期が、南島をふくめた南中国や東南アジア諸種族のあいだでは存在しえたということは象徴的に言われているとおもえる。(「南島論」)

 神話の性行為と現実の性行為との間の距離を踏まえること。


『精神現象学』(G.W.F. ヘーゲル、長谷川宏(訳))


『共同幻想論』(吉本隆明)

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