« 「マレビト祭祀と他界観」 | トップページ | 「海神憑依の祭祀構造」 »

2014/06/06

「水による《死と再生》」

 吉成直樹の『マレビトの文化史―琉球列島文化多元構成論』(1995年)。「水による《死と再生》」。

 住谷一彦が指摘するように、これらの祭祀が《死と再生》の構造をもつのであれば、アカマタ・クロマタが一年の豊饒感謝祭と翌年の予祝祭との境界に誕生し、また川平などのマユンガナシが南島の夏正月ともいうべきシツ(節)の日に出現するなど、これらのマレビト祭祀が一年のもっとも重要な折り目に行われることは見過ごすことができないであろう。なぜならば、これらのマレビト祭祀の根底には、神々が死に、ふたたび蘇ることによって、世界もまた再生されるという死す-換言すれば、円環的な時間サイクルのなかで、世界は永遠に祖型的世界に回帰してゆくという思想-を読み取ることができるからである。この限りでは、他界から人びとを訪れ、祝福、そしてふたたび立ち去って行くという常識的なマレビト像の様相は一変することになる(p.102)。

 吉成が「マレビト」という言葉を使い、ふつう用いられる「来訪神」という言葉を使わない理由が、ここで分かる。死と再生であれば、「訪れる」ことは矛盾するからだ。もしかしたら「神」と見なすことすら矛盾になってしまう。

 数々の来訪神が「死と再生」のメタファーを持つものか確かめてみなければならないが、琉球弧において他界が時間的な奥行きや世界像を持っていないという、ぼくたちの視点と接点を持つのかもしれない。生と死が連続であるという時代の観念を多く引きずっている度合いに応じて、「来訪」は「誕生」に近づくと思える。

 ある種の動物にはすでると言ふ生れ方がある。蛇や鳥の様に、死んだ様な静止を続けた物の中から、又新しい生命の強い活動が始まる事である。生れ出た後を見ると、卵があり、殻がある。だから、かうした生れ方を、母胎から出る「生れる」と区別して、琉球語ではすでると言うたのである。(折口信夫「若水の話」)

 この折口の示唆にあふれる文章を引いて、吉成が説いていくのは、八重山の仮面仮装のマレビト祭祀が、脱皮をモチーフにしたスデル(誕生、j復活、再生)ことを包含しており、そのスデルを媒介するのが、スデ水であることだ。

 大林太良によれば、このような「脱皮型の死の起源神話」は世界的にみられるものの、特に東南アジアからオセアニアにかけての地域に濃密に分布しており、日本はその分布域の北限にあたるという(p.108)。

 これは、他界の時間性が長期にならないのは、死の季節がない自然環境に依るものではないかと考えてきたぼくたちの仮説とも符合する。

 住谷一彦とJ・クライナーは、これらのマレビトを端的に、人類全体の祖ないし親である太祖であるとし、普通に考えられる「祖先崇拝」の祖先とは基本的に異なることを指摘している。この見解は、これまで論じてきたことを踏まえるならば、支持することができる。ただし、ここで人類全体というのは、琉球列島のシマが、それぞれ独自の小宇宙をなしていたことを前提とするものである(p.114)。

 来訪神と祖先崇拝の祖先とが異系列であることは、当然のことだと思う。それより、「土中」と同様、「人類」という表現にも違和感を覚えてきたが、「琉球列島のシマが、それぞれ独自の小宇宙をなしていたことを前提」という認識を元にしたものであれば氷解する。これも、琉球弧の内側から言えば、人間(ミンギヌ)という表現でいいのだと思う。

 ただ、「祖先崇拝」の「祖先」とは異なるものの、「人類全体の祖」でもないのではないだろか。マレビトは、もっと奔放なものだと思う。マレビトは他界を強烈に意識させるが、それは単に死の世界というだけでなく、生と死がひとつながりだった過去の、人と自然との関わりを想起させるものとして意味を持つのではないだろうか。土地の精霊の凝集化された姿とでも言うように。

 琉球列島の仮面仮装のマレビト祭祀に出現するマレビトとは、「始祖としての蛇」ではなかったか、と考えられるのである。そのように考えるならば、八重山諸島においてニライ系の名称を持つ地下他界から出現するマレビトが、スデ水によって脱皮するように再生するばかりでなくはなく、水をもたらす水神としてつの性格をもつ理由も理解できよう(p.117)。

 かつ、二ライ系の地下他界から龍宮への海上他界への転位を可能にしたのは、地下他界から出現するのが「始祖としての蛇」ならば、「龍=蛇」という考えに引かれてのことだ、としている(p.117)。

 ぼくはここに、洞窟(洞穴)他界と海上他界は水平視点という共通性もあるのではないかということも添えておきたい。また、崎山理によれば、アマムという言葉を伴ってオーストロネシア語族が北上したのは1800年前と、比較的新しい。それであれば、それ以前のトーテムがあったはずだと思ってきたが、それは蛇だということが分かる。


 折口信夫は、吉成の引用箇所の後段では次のように書いている。

 すでると言ふ語には、前提としてある期間の休息を伴うてゐる。植物で言ふと枯死の冬の後、春の枝葉がさし、花が咲いて、皆去年より太く、大きく、豊かにさへなつて来る。此週期的の死は、更に大きな生の為にあつた。春から冬まで来て、野山の草木の一生は終る。翌年復春から冬までの一生がある。前の一年と後の一年とは互に無関係である。冬の枯死は、さうした全然違つた世界に入る為の準備期間だとも言へる。
 だが、かうした考へ方は、北方から来た先祖の中には強く動いてゐても、若水を伝承した南方種の祖先には、結論はおなじでも、直接の原因にはなつてゐない。動物の例を見れば、もつと明らかに此事実が訣る。殊に熱帯を経て来たものとすれば、一層動物の生活の推移の観察が行き届いてゐる筈だ。蛇でも鳥でも、元の殻には収まりきらぬ大きさになつて、皮や卵殻を破つて出る。我々から見れば、皮を蛻ぐまでの間は、一種のねむりの時期であつて、卵は誕生である。日・琉共通の先祖は、さうは考へなかつた。皮を蛻ぎ、卵を破つてからの生活を基礎として見た。其で、人間の知らぬ者が、転生身を獲る準備の為に、籠るのであつた。殊に空を自在に飛行する事から、前身の非凡さを考へ出す。畢竟卵や殻は、他界に転生し、前身とは異形の転身を得る為の安息所であつた。蛇は卵を出て後も、幾度か皮を蛻ぐ。茲に、這ふ虫の畏敬せられた訣がある(「若水の話」)。

 「冬の枯死は、さうした全然違つた世界に入る為の準備期間」だという見なしは、「北方から来た先祖の中には強く動いてゐても、若水を伝承した南方種の祖先には、結論はおなじでも、直接の原因にはなつてゐない」という考えは、ぼくたちの仮説に接続できるものだ。冬という季節ではなく、動物の観察に基づいた。とりわけ、卵おから出現し脱皮をする「這ふ虫」に。そこで、「卵や殻」は、「籠る」のであり、「他界に転生し、前身とは異形の転身を得る為の安息所」だった。

 ここに他界が時間として伸びてゆかず、すぐに転生、再生へと接続される象徴に「這ふ虫」を見ていたことになる。ぼくの関心からいえば、他界は発生したが、それは一時的な時間性しか持ち得なかった。それはすぐに転生、再生へと環流する構造だった。


 

|

« 「マレビト祭祀と他界観」 | トップページ | 「海神憑依の祭祀構造」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/59300434

この記事へのトラックバック一覧です: 「水による《死と再生》」:

« 「マレビト祭祀と他界観」 | トップページ | 「海神憑依の祭祀構造」 »