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2014/06/24

「沖縄における火の神信仰の史的考察-特に火の神の出自をめぐって」

 上江洲敏夫の「沖縄における火の神信仰の史的考察-特に火の神の出自をめぐって」(1976年)。「特に火の神の出自をめぐって」に期待したのだが、欲張りだった。

 火の神信仰は、「中国の民間信仰的道教の竈神信仰」の影響を受けている。

 『久米島仲里間切旧記』によると、「乙女の小腰・若娘の小腰」として、火の神は女神として表象されている。

 伊波普猷は、お部屋島年中祭祀の「タケナイヲリメ」のミセゼルを最古の形式を保存するものとして、「火の神が一家内の事をニライ・カナイに通す(報告する)という信仰の、道教の宏通以前からあったこと」の証左として見ている。

沖縄における火の神は守護神として盤石の位置を占め、一般的な諸種の守護活動や日神及びニライ・カナイへの中継ぎの機能神へ<お通しの神>として絶大な信仰を集め、それが日常生活の中に根強く浸透していることから、一般民衆の生活思想に深い影響を与え、大きな役割を果し関与してきた(p.45)」

 火の神は、琉球王朝の政治体制にも組み入れられたわけだが、それよりは、

火の管理者である主婦は、一家の火を絶やすことなく火を管理するのが重要な仕事であり、隣家に火種をもらいに行くのは主婦の恥と考えられていた。(p.43)

 ということの方が大事だ。「家を象徴するものが火の神で、火の神は女性によって象徴される」(酒井卯作)。

 火の神は対幻想の神として定着している。それ以前の姿があったかどうかが、ぼくの関心になる。火の神は火神信仰と結びつけられているが、ニライ・カナイへの「お通し」であれば、ニライは洞窟の奥を指した時代まで遡ることは可能である。洞窟の奥としての二ライの根底にあるのは、太陽の光と洞窟の奥の闇という認識だと思う。そして、家屋の中で、光の役目を担うのは火の神だった。


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コメント

 いつも興味深く拝見してます。

 我が家の「ヒぬカン」もトゥジ専属で、男の願かけはまったく効果がありません(笑)。
 普段は「ウミチむん(御三つモノ)」って呼んだりしますが、近所では「ジルママ」って言ってて、これは中国の「リャンママ(娘母?)」ですかね。

 ちなみに、我が一族の専属ユタさんは、「火の神は地面の下を通って世界中の台所と繋がっていて、インターネットみたいさあ」って言ってます。

投稿: 琉球松 | 2014/06/24 12:44

琉球松さん!

「火の神は地面の下を通って世界中の台所と繋がっていて、インターネットみたいさあ」

これ、最高です。さすがですね、ユタさん。いくたびの弾圧にも負けなかった底力を感じます。

投稿: 喜山 | 2014/06/25 05:52

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