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2014/04/18

35.「舟葬とニライ信仰」

 「舟葬とニライ信仰」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。

 棺を作るのには各島ともとても苦労した。「本来は死者は大気に曝して骨化を促進する形式をとっていた琉球列島において、棺の使用が困難で、かつ不自然でもあったということを右の事例は教えている。少なくとも常民の社会では棺の使用は後世的なものであった。そうだとするとフネが船であり、船が柩でもあるという理由だけのために、舟葬、もしくはこれが直ちに海上他界と結びつくということは、琉球葬制お歴史からすれば考えられないというのが、現在の私の考えである(p.255)」。

 そこで、舟葬は退けられている。

 いくつかの島で、死んだらどどの行くのかと老人に聞いてみた。
 「グソ(後生)に行く」
 「グソはどこですか?」
 少しばかり考えてから、墓地の方を指さす。

 「確かに常民たちはグソに行くといっても、二ライに行くとはいわない」(p.256)。

 死後、二ライに赴いたという伝承はある。
 
・根間の七歳の子が継母の悪だくみで底知れぬ洞穴に落され、そこからさらに奥にある「ニィラ」の国に行き、そこで神に助けられて現世に戻り、やがて世のためにつくして「根入りや下りあらふむ真王」として今の住屋御獄に祀られた(宮古島の神話)

 「ここではニライは海上というよりも洞穴の奥の、その果てにある世界と考えられている」(p.257)。

 「死後、死者の魂がニライの海上にその浄土を求めて去っていくという信仰は、(中略)英雄か、祝女などはやや例外としてあり得たようだ(p.257)。

 「常民たちの葬式でも、東方聖地に魂が去っていく話」はある(p.258)。

 酒井の事例を頼りに自分のここまででの自分の仮説を対置させておきたい。もともと他界が時間性としてしか疎外されなかった段階では他界はどこにもないし、どこでもあると言ってもいい。それは墓地を指さした老人の感覚だ。ついで、最初に他界となった空間は洞窟の向こうである。宮古島の神話が語るように、二ライという言葉も、もともとは洞窟の奥を指していたかもしれない。後になって、海上他界の信仰が入ってくる。これは島人にはあまり受容されず、英雄や祝女の他界観念として存在した。天上他界もどこかのタイミングで入っている。

 

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