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2014/04/17

34.「海からくる祖霊」

 「海からくる祖霊」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。

 死者の霊を海から迎える信仰。

 海に原郷を求めようとした考えは、特定の神事に限らず、日常生活の中にも影を落としている。その典型的なものは、はじめにふれた入墨の紋様である。琉球の女性たちが、痛さをこらえて突針した紋様の中に、アマンと呼ばれる特定の形式があり、琉球列島は北から南までのほとんどの島で、この小さな紋様が手の甲の一角にその位置を占めている。ご存知のように、入墨の紋様は島ごと、また人ごとに違う。しかし琉球列島の南北の各島で完全に一致しているのは、左手の手首に必ず丸味の紋様を一つだけいれて、これをアマン、アマングヮなどと呼んでいることである。小原一夫氏の『南嶋入墨考』によればアマンとは島々ではヤドカリの意味で、ヤドカリから人びとは生まれたので、その祖先のしるしだという。野口才蔵氏によると、与論島では祖先はアマンからなったものだから、死後はその根源に帰るという意味でアマンの入墨をするのだという(『奄美郷土研究会会報』二三)。私がみた宮古の多良間嶋の土地メガさんのアマンの左手首であるが、メガさんはアマンとは蟹のことであるらしいという。アマンがヤドカリにせよ蟹にせよ、女性がこの紋様に執着したのは、アマンというその名が暗示するように、海上信仰のアマにつながっていたのではないかということである(p.249)。

 アマムは琉球弧のトーテム動物であり、これを海上信仰と結びつけるのは言葉の罠ではないだろうか。お馴染みのアマ・マジックである。

 アマムが広く琉球弧で共通しているとすると、崎山理の言うように1800年前、第三次のオーストロネシア語族の北上とともにこの言葉がやってきたとすれば、アマムをトーテム原理とする人びとが渡来した可能性はないだろうか。


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1.大和から琉球にかけて柩をフネと呼ぶのは、あるいは死者を海上に送ろうという名残りを示しているのかもしれない(p.250)。

2.トカラ列島などでは死者の霊は海を越えて特定の島に行くという信仰があり、宮古島などでもやはり同様な伝承がある。これとともに、最終年忌に死者は海に出るという徳之島や、改葬後の雑骨を竜宮に送る加計呂麻島の事例は注目される。死の直後のモノオイもまた海に向かって行われる。(cf.「海に去る死者」

3.死者の魂の赴く場所が海であったという一般的な考えの裏づけとして、祖霊の来訪が海上からとする信仰が注目される。奄美のコスガナシ、沖永良部のウミリ祭り、徳之島のハマオリ、沖縄の海神祭、シヌグなど、年中行事の大きな折目に、神々は足を潮でぬらしながら常に海から訪れる。

・シバサシのコスガナシ迎え。この日に門口で藁火を焚く。竜宮から濡れてきたコスガナシの足を暖めるため(大島瀬戸内)。

・与論のピッチャイプドゥンの伝承も挙げられている。(cf.「ピッチャイプドゥン」

4.人間が果報を求めるような時も、多くの民間信仰の中にも、海上聖地が濃厚に意識されている(p.251)。

 これらが海上信仰の要約。

 

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