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2014/04/16

33.「海に去る死者」

 「海に去る死者」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。

 琉球列島ではニライ・カナイという海上信仰が古くからあった。これは琉球の常民社会では大きな位置を占めている一種の聖地信仰である。私が本章で考えてみたいのは、この海上信仰と祖霊信仰との関わりである。これをさらに具体的にいうと、一望千里に広がニライ・カナイという海上の聖地をもって死者の魂の原郷とみるか、またはまったく異質の世界として捉えるかということである(p.240)。

 自分の実感を言ってみれば、与論ではニライ・カナイという言葉はほとんど聞かない。海上信仰は濃厚にあるものの、それをニライ・カナイという言葉で表現することは少ないように見える。他の言葉があるわけでもない。ニライ・カナイという言葉に対しては距離感がある。むしろ、首をはねられたアージ・ニッチェーの妹、インジュルキが、「ニリャバイシリ、ハネーラバイシリ」と叫んだ、ニライ・カナイを指す呪言の印象の方が強い。与論感覚からすれば、ニライ・カナイという言葉はひとり歩きしていないように見える。

 ただ、ニライ・カナイはそれがどこを指すかは置くとしても、海上他界の信仰の地であるとともに、来訪神の出現地であるとは言えると思う。

 酒井はここで、折口信夫と柳田國男の言葉を引いている。重要な個所だと思うので、煩をいとわず引用してみる。

 にらいかないは元、村の人々の死後に霊の生きてゐる海のあなたの島である。そこへは、海岸の地の底から通ふ事が出来ると考へる事もある。「死の島」には、恐しいけれど、自分たちの村の生活に好意を期待することの出来る人々が居る。かうした考へが醇化して来るに連れて、さうした島から年の中に時を定めて、村や家の祝福と教訓との為に渡つて来るものと考へる事になる。(折口信夫「古代生活の研究」)
 二ライは此方の根国又常世の如く、かつては死者の行く処として望み又慕われて居た時代があったろうかということを考えて見る。南方では死者の世界を、あの世又はグショ(後生)と呼ぶらしいが、その後生の観念が島毎に又は家毎に、甚だしく区々になって居て、是からの現地調査に、まだ多くの収穫を約束するかと思われる(柳田國男「海神宮考」)

 酒井は、折口と、断定を避けた柳田を比較して、「重要な問題の結論を後世の人に委ねようとする柳田氏の慎重さと、一つずつけじめをつけておこうとする折口氏の几帳面さの相違でもあろうか」と指摘している。酒井の指摘は優しいものだが、ここには山上他界を追求した柳田と海の彼方の常世に目を凝らした折口の差を見ることもできるだろう。

 二人の後世に蓄積された事例をもとに、酒井は琉球列島で柩をフネと呼ぶことに着目して、「海上を死者の世界とした痕跡がこの名称のなかにこめられている」と指摘している(p.244)。

 酒井はいつものように豊富な事例を挙げるが、ここにはいくつかだけ。

・改葬が終わると雑骨を船につんで海に出る。沖あいに出たところで「竜宮に帰って下さい」といってその雑骨を海に投げる。ただし、頭骨は捨てないで残す(加計呂麻島)。
・死の直後、灯の神(竈)をもって浜に捨て、いっしょに持参してきたサンを海に流して祈る(与那城)。

 どの事例も、目に浮かぶように身近な気がする。

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