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2014/04/14

31.「マブイ別しと死の完了」

 「マブイ別しと死の完了」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。

 守護霊としてのマブイの除去、つまり脱霊によって、死者は自分の死を認めるのがマブイ別し(p.224)。

 マブイ別しはモノ追いと似ているために混同しやすいが、これはまったく異質のもの(p.229)。

ユタは人間の霊魂の部分だけを司る女性で、男性は稀である。通常、彼女たちは死者に手をふれることはもちろん、死者を見ることすらしない。墓地に立ち入ることもない。僧侶たちが死者のために果たした役割からみると、ユタは死者の魂だけを中継ぎする、きわめて限定された職能をもつ女性たちである。そのユタは死の直後のモノ追いにはほとんど参加しない。モノ追いは、葬儀に参加した親族の中の男性によって行われるのは事例によって示したとおりである。ところがマブイ別しの方の主役はユタであり、宮古島ではカンカカリヤーという神職の女性がやる場合もある(P.230)。

 マブイ別しの時期。野辺送りから百日(大体は三日から四十九日)。

 死後五十日前後が、いちばん妥当な気がする。それは死者の腐敗完了、もしくは骨化の完了した時期(p.231)。

 内地においては、四十九日の中陰の行事をもって忌明けと呼ぶ言葉に馴れてきた。これまでの部落内での厳しい忌の生活から解放されるのが中陰の行事であるが、琉球列島のそれは少しばかり意味あいが違う。ここではむしろ内地の三十三年忌にみられる最終的な弔いあげが四十九日に集中する。死者が先祖になる日、死者が自分の死を認める日、つまり死と生の境界をこの四十九日に設定しており、それ以後の供養はもう行わない(p.233)。
 四十九日というのは仏教の影響が無視できないが、それだけではない。「忌が晴れる」ということではなく、死穢からの解放というのが根底にあり、「忌の観念はきわめて稀薄」(p.233)。
 葬送儀礼の中でいつをもって最終の供養とするかは、じっさいはかなり早い時期の、死者の骨化前後の時期ではなかったかと思う。危篤の病人のアビケェン(呼び返し)にはじまり、モノ追いを経てマブイ別しに至る行事は複雑にみえても、短かい期間に、うまく納得できるような形で調整されているのが琉球に限らず、日本古代の葬制ではなかっただろうか。すなわち人間には肉体の死があり、次いで死をもたらした悪霊(ムン)の排除を行う。そして最後には守護霊としてのマブイとの訣別がある。これで死は完成する(p.236)。

 とても説得力がある。土葬後の洗骨改葬は、遅延された五十日祭なのかもしれない。マブイ別しで「さっぱりした気持ちになる」という加計呂麻島の事例にある声は、洗骨改葬の時のそれと一緒である。


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