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2014/04/12

29.「葬宴と死の確認」

 「葬宴と死の確認」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。

 ナァチャミ(ヌゥチャミ)。死後三日目に墓地に行って故人の名を呼んだり、知人一同が慰安の時を過ごす。「慰み」か。

 これは、死者への追慕を示す行事と考えられているが、それだけではない。本来の意味は別のところにある。として、酒井がたくさんの事例を挙げて言うのは、死の確認ということだ。

 恐らくわが常民の社会では、この絶命を確かめる第二の手段として、三日めの行事に大きな役割を託したのではないかというのが、現在の私の考えである。それではなぜ三日めなのか、それはたぶん三日めあたりから、死者の腐敗が目にみえてはっきりするからであろう。つまり肉体の完全な終焉を、腐敗という形で認め、それを自分の目で確かめることができるからで、その猶予の期間が三日であったと私はみる(p.207)。

 「内地では不思議にこの三日めの行事が少ない」。「仏教の影響の薄いとみられる琉球列島における三日の、もしくは七日めの風習は、やや特殊であるとともに、この行事はかなりの古い伝統的なものであったようだ」(p.206)。

 そして死の確認というだけではなく、「最後の供養と思われる意図が、かなり濃厚にみられる(p.211)」。

 「慰み」にみられるように、死者は埋葬するのではなくて、屋外の地上におかれ、いわゆる喪屋生活の中で腐敗が確かめられる機会があるので、そこで死を確認するという意図は十分に果たすことができた。むしろこの方が、現在のように屋内に死者をおいて、翌日野辺送りをするという方法よりも、いっそう風土にあった確かな仕方であったと私は考える(p.213)。

 三日めという終わり。

 

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