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2014/03/30

16.「洗骨文化の成立」

 「洗骨文化の成立」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。
 

深夜、腐敗の状況を心配して鎌を携え、黙々として月の影をふんで、墓地に向かう姿を想像すると、そこには洗骨のもつもっとも本質なものがこめられているように私には思える(p.87)。

 「鼓ねり祭」の詳述(メモ)。

 辛うじて十三世紀頃、那覇波之上洞窟からそれらしい痕跡がみられるところから、およそこの時代を出発点として洗骨文化が開始されたのであろう。波之上はやがて「舟楫を以て万国の津梁と為」すための接点として国際的な重要な港となるので、おそらく東南アジアや中国大陸との文化を接収する過程の中で、洗骨習俗も受容したとみられる。これはやがて墓制の確立、位牌祭祀など、祖先崇拝の風習が色濃くなってくる時代につながっていくわけである(p.98)。
 たぶんその時代は、十四、五世紀の頃、異文化との接点であった首里、那覇を起点として、琉球南北の文化圏に波及していったというのが私の考えである(p.100)


 酒井の説明は説得的だ。これを踏まえると、与論に洗骨文化を持ち込んだのは、花城真三郎らだというのが最も確度が高いことになる。16世紀与論である。

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