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2014/03/25

11.「折目行事と洗骨」

 「折目行事と洗骨」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』

 洗骨はいつするのか。奄美と沖縄では異なる。

 沖縄の場合。七夕。日無し、骨無し、天無し(国頭与那)。七日盆として、祖霊迎えの初日に当たる。

 ただし、盆行事は過大評価できない。「七夕の存在そのものが、琉球列島では大きな比重を占めていない」。「七夕行事ばかりではない。盆行事にかかわる一切がそうである」。「首里、那覇の王府を除けば、一歩王府から外に出た各村々の年中祭祀の中では、盆行事は新しい風習に過ぎず、年中行事としてはむしろ、稲・粟などの祭・ウンジャミ、シヌグなどの行事の方が大きな意味をもっていることがわかる」(p.63)。

 七夕重視以前の洗骨。奄美大島を中心とする島々では、ドンガ、トモチの日。三八(みはち)月。アラシツ・シバアzシ・ドンガの三つの祭りの総称。「この祭りの最終日が洗骨改葬の対象」(p.64)。

 沖永良部島。秋の庚寅(かのえとら)。トールミと呼ぶ。トールは洞窟墓。トールミと似ているのは与論島のギシビラキ(崖開き)。シヌグの年にギシビラキをするが、日取りは三月二十九日で、このとき改葬もする。

 小野重朗は、トモチの日の改葬を古型として、それからドンガ・カネサルなどへ移行したと考えた。沖永良部島、与論島になると、ドンガ系の名称は消えてシヌグが浮上する。

 七夕の導入される以前の沖縄では、改葬をしようとする日はたぶん、シヌグもしくはウンジャミなどの折目の機会が選ばれたのではないかということである(p.65)
 まず三八月という折目、またはシヌグ・ウンジャミという折目は、本来は豊饒の祈願や予祝行事として出発したもので、来訪神のような神は祖霊の形をとるようにみえても、それは死者の浄化されたものの延長にあるのではなく、死者儀礼とは無関係の神行事だというのが私の持論である(p.67)。
 すなわち年中行事と洗骨行事は本来は独立した別行事であったものが、祖霊信仰の高まりと共に、年中行事の中にしだいにくみこまれたのではないかという考え方である。

 ここには「死者に対する強い禁忌感、もしくは死穢観」がある。「要はいちばん日柄の悪い日が、洗骨するのにいちばん都合のよい日なのである。その考え方の底には、骨を洗う行事の死穢観念が濃厚にみられる」(p.67)。


メモ
 奄美、沖永良部・与論、沖縄の三段落が興味深い。そういうことだったのか。また、来訪神は、「死者の浄化されたものの延長にあるのではな」いと言うのはその通りではないだろうか。つまり、先祖は遡れば神と見なされるが、それは来訪神とイコールではない。来訪神は出自が違うと思う。


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