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2014/03/24

10.「弔いあげと洗骨」

 「弔いあげと洗骨」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』

 沖永良部島の例。

・三年忌に洗骨する。
・前日の夕方、身内の者が埋葬所に線香や水、花などを持参して、「ナ-チャ キュラサシャーブンドゥ チケンラティタボリ」(明日はきれいにしますから、どうぞ家にお供されてください」といって、死者の霊を家にお供する。
・仏壇から霊位(位牌)をおろして供物する。
・翌日、身内の者だけ墓所に行って、屋形の下から掘り起こし、頭骨の方から順に棺から出して木の葉で洗う
・このとき傘をさして頭骨を陽に当てないようにする
・自家から持参したきれいな水で骨をゆすぎ、足の方から順に喉仏と頭骨を上になるようにして甕に納めて墓石の下に埋め戻す
・自宅で縁者が集まり供養の縁。招待された人は、必ず夕食は食べなければならない。(p.59)

 何日か前に洗骨のために供養を行う例は与論島にもある(p.60)。

 各島共通しているのは、「まち遠しい」、「あわてないでください」という言葉にもあるように、「この行事はなるべく早くすませた方がよい」という考え方が見られる。洗骨は「親孝行」でもある。「長い間、暗いところにおしこめておいたウヤホーガナシに対する思いやりでもある」(徳之島)p.60。

 屋内と埋葬所の二か所の祭祀。
 1.洗骨の前日、死者を家に招く(死者の霊魂に対する供養)
 2.肉体の部分に対する供養(招かれた人は必ず食事をとるのは、骨噛みの思想の余韻か。p.61)

 沖永良部で御幣を墓の後に立てる。洗骨をもって死者の最後の供養になると考えた。

 単葬地帯のように、埋葬してそれで完了する地域では、霊魂と肉体の分離が曖昧で、それだけに、どうしても三十三年忌のような魂だけを区別した供養が必要になるのであろう。そういった点では、複葬の文化圏における洗骨は、死者の肉体が明確な形で骨化して、死の完了した姿を自分の目で確かめることができるという点では意義がある。三十三年忌の弔いあげの行事と、洗骨行事の供養の内容の重複がかなり頻繁にみられるのは、けっしてこれは別々の性格をもっているのではなく、私流の考え方からすれば、洗骨、改葬の最終行事が三十三年忌の方へ移行したものと思われる。(p.61)

メモ
 洗骨は死を段階化することで、死への移行をゆるやかにすると考えてきたが、三十三年忌と比較すると、死を早めに切り上げたとも考えられることになる。

 「長い間、暗いところにおしこめておいたウヤホーガナシに対する思いやりでもある」という考えは、風葬の段階では起きない。埋葬後も風葬感覚が生きている、ということだろうか。

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