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2014/03/14

『琉球列島における死霊祭祀の構造』

 繰り返しになるけれど、ぼくのモチーフは、琉球弧の精神史だ。そのテキストとして、1987年に酒井卯作が上梓した『琉球列島における死霊祭祀の構造』から学んでいきたい。

 「はじめに」で、酒井は書いている。

 つまり私の真意は、この琉球葬制の伝統を、内地の仏教以前の習俗に置きかえて、死に関するありのままの姿を、その信仰の中に探ってみようというところにある。もちろん、琉球の伝統文化のすべてを日本の古典と結びつけようというわけではない。琉球文化は、大和、中国、南方という各種の外来文化をうまく吸収して成熟してきた社会である。その中で琉球独自のもの、すなわち人間の素朴な感情に育まれた自然観念にもっとも近いものを、篩にかけてみる必要がある。この作業は少しばかり大仰にみえるが、しかしある程度の可能性は残されている。それが琉球文化の良さだり、魅力である。(p.ⅰ)

 これはぼくの問題意識と重なるというだけでなく、「琉球独自のもの、すなわち人間の素朴な感情に育まれた自然観念にもっとも近いものを、篩にかけてみる」という姿勢に共感する。

 そして各群島とも、それぞれ自分たちの土着の言葉をもっていて、お互いに通じないというほどの遠い距離にある。それにもかかわらず、とくに民間信仰の諸相は、その距たりを感じさせないほどの共通性を持っている。この表面上の理由は、琉球王府の支配下にあったということが考えられるが、私はむしろ共通した風土条件がそうさせたのだと思う。(p.ⅱ)

 ここもとても共感できる。ともすると、琉球王国が共通化させた、カムィ焼きの流通が共通化させたという議論に傾斜しがちだからである。王国がなくとも、共通の道具を使っていなくとも、いながらにしてつながっているということはある。酒井の「共通した風土条件」という視点は大切なものだ。

 私がもっとも注目するのは、葬制の初期の段階が、まだいたるところに保存され、もしくは老人の昔語りの中にも十分に伝承されているということである。自然の博物館としての景観を留めている琉球文化が、私どもを魅了するゆえんがそこにある。これから整理しようとする琉球の死霊祭祀の採集作業は、そういった意味でかなり容易であったが、しかしこれももう最後の機会になるだろう。なぜなら、均一化を求める近代化の波はあまりにも大きいからだ。(p.ⅲ)

 ぼくが注目するのも「葬制の初期の段階」だ。酒井の本書による報告から既に30年近く経った今、同じことをするのはもう不可能になっているかもしれない。「最後の機会」を捉えた酒井の収集に頼って、琉球弧の精神史の初源の形を探っていきたい。

 長旅になると思う。

 

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