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2014/03/17

3.「樹上葬」

 「樹上葬」(酒井卯作『琉球列島における死霊祭祀の構造』)。

 樹上葬を考えるきかっけになるのは、名越左源太の『南島雑話』。酒井は、名越の言及が無ければ、琉球列島において、樹上葬が話題になることは無かったのではないか、と言う。

 「ノロクメノナキカラヲ樹上ニ櫃ニヲサメテ掛置事三年骨洗テ後ニ壺ニ納メ置」(『南島雑話』)。

 洗骨を吊す例もあるが、「死者を何らかの方法で高い場所におこうとした名残りが、洗骨後の骨を吊しておくという風習につながっていくのであろう(p.18)。」

 「樹上に葬られる死者、もしくは洗骨後の骨を吊す風習のもつ本来的な意味は何だったのだろうか(p.19)」。

 酒井がここで注意を向けるのは、猫だ。「猫が死ぬと袋に入れて木に下げる。この風習の中には、神秘的な力をもつと信じられた動物の葬法の裏に、人間の樹上葬の意味がかくされているように思われる」。

 ここで与論の例も出てきて面白い。

与論島の昔話の中に瀕死の人間の魂のをとりにいく猫(ミャー)の話がある。ある夜若者が墓の近くで、明日は病気で死にかけた子供の魂をとりに行こうという猫の会話を聞いて、例の若者は先廻りをして件の家に行って猫の来るのを待ち受け、無事に呪いでもって猫の魂とりを退けたという筋である(『与論島郷土研究会報』七)。このときの呪言は「クスコレバナ、クスコレバナ」(鼻くそくらえ)というものであるが、以来くしゃみなどして魂が驚くとすかさずこの言葉を唱えるという(p.22)。

 鼻炎気味だった父がくしゃみをすると、祖母と母がすかさず、「クスコレバナ」と続けたのを思い出す。あれはこういう民譚とつながっていたのか。

 話を戻すと、そこで酒井は書いている。

猫はたんに動物であるということ以上に、その習性の本質においてはマブイに長けた存在である。琉球列島では狸や狐がいないことも手伝ってか、島民の精神的分野に猫は深い影を落としているようにみえる。このマブイに長けた猫の樹上葬と、同じくセジ高い祝女の樹上葬はおそらく無関係とは思えない。精霊の影の濃いものはとくに、穢れ多き地上におくべきではなく、なるべく地上から離れて高い場所に葬ろうとした考えが、樹上葬という形になってあらわれたと私は思う。(p.23)

 だから、「祝女以前の原初的な形としてのユタ」も、その範囲に入ってくる。「セジ高い」者の樹上葬の反転として、「罪深き者」が樹上葬になる場合もある。

 酒井の挙げる樹上葬の特徴。

 1.セジ高い者の葬法として死者をなるべく高い場所にいこうとした。猫の葬法などにもその傾向が顕著に見られる。
 2.他界観念というものを古くからもっていたとすれば、樹上葬は天上他界観、あるいは複葬制を前提とした信仰というものがこの風習の根底にあったということであろう(p.24)。

メモ
 「精霊の影の濃いもの」が樹上葬になったということは、少なくとも万物にひとしなみに精霊が宿るという段階ではなく、精霊の影に濃淡が出てきて以降だということになる。個人幻想は共同幻想と分離しないまでも分化はしていた。そこで、巫覡としてのユタ、祝女も対象になる。

 そして酒井が、「地下他界観念をもつ文化が、天上他界の観念をもつ文化へ移行するということは容易ではない」(p.20)と言うように、樹上葬は異種族によってもたらされたものかもしれない。その時、土着の地上葬は、樹上葬を受容する土壌を持っていた。ただし、それは常民ではなく、「精霊の影の濃いもの」に限定された。


 

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