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2014/03/05

『アフリカ的段階について』Ⅱ-2

 「神武紀」以後の記述では、山は神体として頂きの盤石を祭り、河川もまた源流に坐す神として祭るようになり、樹木も神格を与えられた神社になり、自然現象もまたそれぞれ、雷、科戸(嵐)の神などとして、村里の周辺や要所に分離されて、次第に神社信仰にかわってゆく。この最初の自然物の宗教化、自然と人里の住民の分離の意識からアジア的な段階が始まるといっていい。経済的にいえば王権による河川や山の傾面の灌漑水としての管理と整備、平野の田、畑の耕作など野の人工化がはじまったとき、アジア的な段階に入ることになった。なぜなら耕作地を王権から貸し与えられるという名目を獲得した農民層は、貢納いいかえれば農産物、漁獲物、織物などの形で、また軍事や土木の賦役によって租税を収めることになった。ここで貢納制を支配の核心においたアジア的な専制の形が成立することになったからである(p.60『アフリカ的段階について―史観の拡張』)。

 琉球弧で言えば、ウガン(ウタキ・御嶽)ができたとき、意識としてのアジア的が始まる。経済的には、按司世から那覇世にかけて。

第零次
人間は、全自然を人間の「像(イメージ)的身体」とし、全人間は、自然の「像(イメージ)的自然」となる。

第一次
人間は、全自然を人間の「有機的身体」とし、全人間は、自然の「有機的自然」となる。

 自分の言葉に置き直すと、第一次の段階で、自然は働きかけて有用なものに変える対象に変わる。第零次の、あらゆる対象を擬人化する意識は、木や石などの媒介物に封印されてしまう。琉球弧で言えば、イビがそれに当たる。

 また、このとき共同幻想と対幻想、個人幻想は分離する。


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