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2014/01/15

与論移住史 口之津メモ2

 ところで、この移住の契約を成立させたのは、三井資本そのものではなく、その請負人である。その人、南彦七郎について、当時の福岡日日新聞は書いている。

 供給人夫総請負として当時裸一貫であった仲士頭の南彦七郎が常に機智に富める男だけに考え出したのが、自分がかつて往来してよくその人口稠密のために移住の希望があるのを知っている与論島の島民が、全く世間慣れない質朴なところに着目して、之を引っぱり出して来たなら大した利益を得るであろうというので、早速同島の有力者と相談したところ、一般の思想がすでに移住の必要があったため、機は直ちにまとまってここに七、八百の島民が全村こぞって移住することとなった(p.91、『与論島を出た民の歴史』)。
 而して口ノ津港に来た彼らは南配下に属して随分正直に真黒くなって働いた。其結果、大利益をしたのは南彦七郎で、彼は最初裸一貫の男であったのが、ズンズンと金が出来て、彼らが明治四十三年三池港の開港と同時に引移るに至った迄には、数十万円の資産家となってしまったのである。実に与論人は南のために福の神であった。(p.91)

 大正期という時代的制約があるにしても、福岡日日新聞の品性もたいしたものだが、どの程度の搾取、ピンハネがあったかは、南が12年で資産家になったことが雄弁に物語っている。不思議に思うのは、何というか、この男の冷たさである。与論からの移住者に三井が資本の論理を貫徹させたという話は、さもありなんとは思う。しかし、南は与論に来島もし、説得する渦中にいたのである。

 募集人である南氏と与論島の戸長上野応介よび戸長の女婿で村役場の書記である東元良らは、連日ンダを説得すると共に、その主家と交渉した。そして主家には南氏が身代金を立替えることで話がついた(p.16)。

 与論を見、移住を余儀なくされている実情も見ている人間が、移住先で、過酷な労働を強い、私腹を肥やすことに専念できるという、この冷たさには、憤りのなかに、解けない何故を考えざるをえない。この男、何者だったのだろう。


◇◆◇

メモ

1898(明治31)年 台風後、干ばつと悪疫。炭鉱では囚徒坑夫のピーク。
1899(明治32)年 口之津へ移住。240名(他資料では250名になっている)。

 明治三十一年の大暴風のあと、大島島司が与論及び沖永良部島の風害援助金請願のため鹿児島県庁に県知事を訪ねて行き、たまたま人夫募集の交渉に来訪中の三井物産口之津支店長浅野長七と出逢い、両者を結び合わせた結果であった(p.41、『与論島を出た民の歴史』))。
 つまり、奄美大島の島司の指令によって、与論役場は全力をあげて三井物産に人夫を供給すべく義務付けられたのである(p.42)。
「土百姓にして世に慣れざるものは足を止め候得共、少しく世慣れたる者は皆逃走を企て、甚しきに至りては、今夕来たりて明朝は既に逃走したるもの多々有之、斯くては到底募集の目的を達する能はざる次第に付、世慣れざるものの外は断然募集せざる事に致申候(p.74)」(三井三池、「炭鉱夫募集要項」『三池鉱業所沿革史』第七巻)
 三井三池は離島民を多く使用したがそればかりでなく、その労働力の中心は囚人であった。この囚人労働は官営時代からであり、三井の経営に移っても懲役十五年以上の重刑囚を使い、昭和初期までつづけられた。最盛期の明治二十二(一八八九)年には、労働者の六十九パーセントにあたる二千百四十四人にものぼっている。囚人一人あたりの出炭量は筑豊の坑夫の二倍だが、賃金は逆に半分程度で、それも囚人に交付されるのは多くて七十パーセント。あとは監獄の収入となった。囚人は監獄から手足をくさりでつながれて出て来て、坑内ではずされた(p.73)
 「移住する人たちは、百合が浜から船に乗ったそうだ。当時は、大きな船が停泊する港がなかったため、百合が浜の沖に本船が来て、そおまでは繰り舟で人びとを運んだ(p.25)」(『三池炭鉱「月の記憶」―そして与論を出た人びと』
姉しゃんな 何処いたろかい
姉しゃんな 何処いたろかい
青煙突の バッタンフール

姉しゃんな握ん飯で 姉しゃんな握ん飯で
船ん底ばよ しょうかいな
サンパン船んな ヨロンジン
(p.28 、『三池炭鉱「月の記憶」―そして与論を出た人びと』


『与論島を出た民の歴史』


『与論島移住史―ユンヌの砂』


『三池炭鉱「月の記憶」―そして与論を出た人びと』


『むかし原発 いま炭鉱 - 炭都[三池]から日本を掘る』


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