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2013/11/19

琉球弧の「ありがとう」は、「拝」、「誇」、「尊」、「頼」!?

 琉球弧の「ありがとう」表現は多彩だ。

 島名は煩雑なので、省略してマップにしてみる。各島々、発音の微妙な違いや別の言い方がきっとあるのだが、そこまで及ばないのはご容赦ください。教えてもらえると嬉しい。


Photo_2


 これらはよく「全く違っている」と言われるけれど、神への儀礼の場面を元にしているとみれば、捉えやすい。これも仮説のひとつに過ぎないが、それらは漢字一文字を軸に表すことができる。

 「拝」 沖永良部島、沖縄島、八重山
 「誇」 喜界島、徳之島、与那国島
 「尊」 与論島
 「頼」 宮古島

 沖縄島を中心にした「ニフェーデービル」、沖永良部島の「ミヘディロ」、石垣島などの「ミ(ニ)ーファイユー」は、御拝、二拝、三拝などの言葉に相当していると思う。

 奄美大島は、「アリガタサマアリョン(タ)」としたが、「オボコリ」を採れば、喜界島の「ウフクンデール」、徳之島の「オボラダレン」、与那国島の「フガラッサ」と同様で、誇り、を原型にしていると考えられる。

 与論島の「トートゥガナシ」は、尊い、になる。

 また、宮古島の「タンディガタンディ」は、頼る、と捉えてみた。(cf.「タンディの元」

 儀礼を伴うということは、「おもろそうし」の儀礼歌を思い起こさせるが、「誇り」は、そのままでも使われている。

うらおそいおやのろが節
一 玉(たま)の御袖加那志(みそでがなし)
  げらゑ御袖加那志(みそでがなし)
  神(かみ) 衆生(すぢや) 揃(そろ)て
  誇(ほこ)りよわちへ
又 奥武(おう)の嶽(たけ)大王(ぬし)
  なです杜(もり)大王(ぬし)
又 かゑふたに 降(お)ろちへ
  厳子達(いつこた)に 取(と)らちへ

(237、第五 首里おもろの御そうし、天啓三年)

 また、該当する漢字が一対一対応で容易く想起されるということは、これらの言葉が、比較的新しい言葉ではないかと思わせる。もっと言えば、「おもろそうし」に見られる、大和言葉を、その意味を踏み台にして、多彩な美称の接尾辞、接頭辞に展開した琉球語の語法を感じさせる。

 そう思うのは、宮古島の「ありがとう」、「タンディガタンディ」は、与論島では謝罪の「ごめんなさい」へと反転して使われている。それだけでなく、与論島の「タンディ」は、他の意味でも使われる(cf.「タンディの元」)。これは、「ありがとう」を示す言葉たちが、もともと琉球弧にあった言葉ではなく、流入した大和言葉を、琉球語の語法でアレンジしたものだと見なすと理解しやすい。

 祖先であり神であるものとの関係が第一義的にある。それが現世にくだれば、支配者や強者、他者との関係にも現れる。「感謝」の言葉はそれも最も正直に、それを反映するだろう。すると、「拝」系の二フェーデービルは、祈願の所作に、「尊」系の「とーとぅがなし」は、神そのものに焦点を当てていることが分かる。また、「誇」系の喜界島の「ウフクンデール」は、神や支配者への畏敬を、「頼」系の宮古島の「タンディガタンディ」は、神や支配者への依存を示したものだと見なすことができる。

 しかし、こう書くともっともらしいが、「感謝」の言葉が統一せずに、それぞれの島のバリエーションを持っているのは、それぞれの島に、その言葉を選択する必然性があったのではなく、ここには多分に、偶然性が寄与していると思える。

 「今日(けお)」を、立派な、素晴らしいの意に拡張させる琉球語感覚をもってすれば、祈願の対象や所作であれ、支配者や強者への畏敬や依存であれ、「感謝」を示す気配があれば、そこにある象徴的かつ肯定的な言葉を選択すると、感謝を意味させることも、自然な流れだったろう。それが、島人の語感に委ねられた結果が、四つの系列を生み出し、そのなかでも、与那国島の「フガラッサ」から、徳之島の「オボラダレン」、喜界島の「ウフクンデール」までの広がりを持った言葉として、定着する余地、というより、幅を持たせたのだ。

 それは、宮古島の「タンディガタンディ」と与論島の「タンディ」を見れば、分かる通り、ひとつの言葉が選ばれたとしても、それは「感謝」の意味に転がることもあれば、反転して「謝罪」の意味に転じる自由さも持っていた。

 言い換えれば、琉球弧の島々には、ここに表記されていないさまざまな「ありがとう」が、四つの系列の流れを汲みながら、さまざまに口にされているに違いない。

 琉球弧の「ありがとう」はそれぞれが全く違うのではなく、言葉の心を等しくしながら、その表現において自由だった結果なのだと思える。
 

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コメント

 宮古口の「タンディガタンディ」は、実は少数派で平良あたりに限定されるようです。
 平良以外では「スィディガフウ」が大勢で、たぶん「孵果報」なのでしょう。

 ご指摘のように、琉球語の「ありがとう」は、どの島でも神に対する感謝を表すのが原義だったかもしれませんね。
 しかしまあ、我々島ン人は、とんでもない言語圏で育ったものです(笑)。

投稿: 琉球松 | 2013/11/20 15:45

 もう一つ忘れてました。。。

 奄美大島で一般的になっている「アリガタサマアリョン」は、もともと名瀬周辺で、大和村や宇検村などの古老達は今でも「おぼこりダリョン」と言っているようですね。
 これは明らかに "「誇」系" なんでしょうけど、喜界島と与那国島に近いとなると「言語周圏論」で説明できるかもしれません?
 

投稿: 琉球松 | 2013/11/20 16:10

琉球松さん

スィディガフウ、孵果報! これもとても重要な言葉ですね。ありがとうございます。またまた、琉球の厚みを感じます。

大島の言葉は、『奄美方言入門』から抜粋したのですが、どこも、「アリガタ」系で出ているのです。でも、「おぼこり」を引用したほうが、たしかにいいですね。

> しかしまあ、我々島ン人は、とんでもない言語圏で育ったものです(笑)。

同感です。嬉しくなりますね。^^

投稿: 喜山 | 2013/11/21 06:11

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