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2013/11/12

フサトゥユンの視線

 菊千代の大作、『与論方言辞典』は、民俗辞典としても読めるところが面白い。

 たとえば、「フサトゥユン」という言葉がある。フサト言葉、フサトの人々の言い方、というほどの意味だ。

フサトゥユン

朝戸、城、立長、叶、那間地域などの話し方やアクセント。フナグ(女)がヲゥナグなどと用いる。(p.495) 

 竹内浩は、『辺戸岬から与論島が見える<改訂版>』で、与論の言葉は、麦屋、朝戸、茶花の三つに区分されると書いているが、「フサトゥユン」は、麦屋から見た場合、朝戸の言葉を何と呼んだかを教えている。

 まず、「フサトゥユン」の対象が、「朝戸、城、立長、叶、那間地域」とされていて、茶花は含まれていないことから、「フサトゥユン」は、竹内が「麦屋、朝戸、茶花」と分けたように俯瞰的に島を見たものではなく、麦屋からの見え方を色濃く持つ言葉だと言える。そして、同様に「茶花」を含まないことは、ある古さのある言葉だということも示している。

 ここで、「フサトゥユン」の古さについて、アプローチしてみる。「フサトゥ」とは「プサトゥ」のことだと思われる。麦屋に対するに、竹内のように「朝戸」で象徴させたのではなく、「プサトゥ」で象徴させたということだ。集落の形成順を追えば、朝戸系については、プカナ、ニッチェー、サトゥヌシがあり、ついで、プサトゥ、ユントゥクになるから、「プサトゥ」は朝戸系集団の後期に位置している。

 麦屋の人たちから見た時、与論に新しい人々がやってきた。その人々は、麦屋とはいくぶん異なる言葉を形成していった。それが、プカナ、ニッチェー、サトゥヌシ、そしてプサトゥ、ユントゥクの段階まで来た時、麦屋にとって、質量ともに異なることに言葉を与える閾値を超えたということだ。すると、「フサトゥユン」という言葉は、14世紀頃ということになるのではないだろうか。

 そしてもうひとつ思わせることがある。それは、異集団の言葉を名指した時、プカナユン、ニッチェーユン、サトゥヌシユンにならずに、「フサトゥユン」になったということは、その時、「プサトゥ」が異集団を象徴させるほどの勢力を持っていたことを示唆するのではないだろうか。

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