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2013/11/24

「アイランダー2013」歩き

 ここ数年、行けてなかった「アイランダー2013」に足を運ぶ。初日となる昨日、とても賑わっていた。

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 しかし、わが与論島は奄美ブースのなかでポスターのみ。さみしいけれど、台風被害の後、仕方ないと諦める。来年に期待したい。あ、でも、担当者が一人いて、島案内とは別に募金箱を担当したらよかったのではないだろうか。

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 奄美ブースでは、黒糖焼酎メイン。最初は、これしかないのかと残念な気持ちになりかけたが、ずっと人だかりで、侮れない認知を獲得してきたことを再確認。ブランド力をつけたんですね。

Amami

 水間さんからバッグをいただく。これはいいね! あ、しかし、与論のシンボルマークは酒になってる(笑)。奄美のなかでも酒呑みで知られているということか、他に思いつくものがないということか。

Bag

 隣りの沖永良部島は単独でブース出展。今回は、ダイビング、ケイビング、移住案内が目的だそう。移住希望者が住宅を見つけやすいように、町が関与して、仮住宅を一年間、貸す仕組みなのだ、と。昨日は、宗さんの島唄を聴いたばかり。二日続けての沖永良部で、嬉しくなる。

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 「みそピーナツ」は、はやくもこれが最後の一袋。個袋にしただけで、よく売れると、水間さん。これも、商品開発の大事な工夫のひとつだ。

 これは、沖永良部のTyphoon作のちんすこう。

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 お馴染み、鶏飯。

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 奄美の後に沖縄に目を転じると、垢ぬけているという印象がまずやってくる。いい、悪いではなく。

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 ゆるキャラもがんばってた。与論もあったほうがいいだろうか? 島がゆる島だから、それでいいか。パナウル王国は、パロディ国家のスタートだが、あれもかなりゆるキャラ的だ。

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 粟国島。小さくて親近感を持ってきたが、地質調査に来た学者も、与論に似てますねと指摘したとか。やっぱり、つながりを感じる島だ。島の体験コースの案内をたくさんいただいた。とーとぅがなし。

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 阿嘉島。最近は、ノルディックウォーキングを推していて、島でもインストラクターを養成しているとのこと。ダイビング客は多いが、陸の楽しみを付加価値としてつけるのだという。

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 巡っていると、離島と言っても、奄美大島が島に見えないくらい大きく見えるように、どうも小さな島のほうへ自分の目が向いているのに気づく。サガですね。

 「時を忘れる」、「ゆったりした時間が流れる」、「どこにあるか知っていますか?」。そんなコピーをたびたび目にする。離島のコピーは似てくるということだ。これらのコピーはそうには違いないが、埋没しかねないことに気づかされる。

 たとえば、与論なら、民俗村の菊秀史さんが言うように、「尊加那志(と-とぅがなし)の島」と謳うと、ユニーク・ポイントをアピールできる。ただし、間違っても、尊尊我無(ソンソンガム)と表記しないように。損である。

 そこへいくと、「ないものはない」という隠岐の海士町のコピーは効いている。

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 高校生の島留学もうまくいっているとのことだ。「ひきこもりの子とかやってきませんか?」と質問してみた。「最初はそういう子もいたが、中学校の推薦を必要にしてからそういうことはなくなった」という回答。そういうニュアンスで聞いたつもりではなかったのだが、実情は分かった。島の子も刺激を受けて、「30歳になったら、島に戻ってカフェを開く」、「島に戻って村長になる」。そう威勢よく言う子も出てきたという。島留学は、島の未来も作っているようだ。与論で検討したことはあるだろうか。海士町の方の話では、校長にも恵まれているとか。

 そういえば、隠岐は、アンケートと称した島ガイドもやっていた。

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 海士町の「サザエカレー」を今回も買った。商品力、あると思う。パッケージも。

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 宝島の「島バナナ」、波照間島の「黒蜜」もパッケージが美しい。

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 佐世保の黒島。ブースの方は東京在住だが、故郷の島を応援したくて、手伝っているとのこと。東京にいながら「黒島いいね!探検隊」というFacebookページを運営して、少しでも島のことを知ってもらいたいという思いなのだという。ぼくも、全く同じことをしているので、小さな島の出身者は同じことを考えるんだなと嬉しくなった。

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 唐津のブースでは、三年の契約で島おこしに協力しているとのこと。やり甲斐を持って取り組まれているのがよく伝わってきた。がんばっている人とセットになると、その島のことがきちんとインプットされる。

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 小笠原のフラ。

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 三島村のアフリカン・ビート。ユニークなテーマを持って、そのメッカになるということか。

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 そして、五島のうどんを買った。なんでも、三大うどんのひとつに数え上げられることもあるとか。椿油を塗っていて、麺が延びないんだそう。食の強みを持つというのは、島PRにとって強力だ。

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 宮城の寒風沢(さぶさわ)米。やっぱり小さな島のブースに引き寄せられてしまう。試食させてもらったが、美味しかった。天水で作られたお米とのこと。震災で島の人口は減っているが、徐々に田んぼの面積も増やしていってるそうだ。

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 与論を云々する時、「これを食っとっけてもの何?」と聞かれるのが、いちばん苦しい質問だ。とはいえ、最近は美味し店も増えたし、もずくそば、黄金酢、きび酢、じねん塩、と顔ぶれも出てきた。でも、伸びる余地はもっとある。そのヒントがないか、というのが、今回の目的だった。

 各ブースでPRに努めている方たちとのおしゃべりはとても楽しかった。離れ小島の出身者は、似た想いを抱いていることが分かっただけでも、甲斐があった。島のPRを背負ったそれぞれの方を応援したい気になる。

 そういうわけで、このイベントでお披露目となった、『奄美群島時々新聞』の発刊、おめでとうございます。

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 「若手島人」の手になる、と書かれている。どこまで伸びてゆくか、楽しみだ。


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コメント

 おお、沖永良部の「ちんすこう」って食べてみたいですね。

 味はともかく、ちんすこうをサイコロ型にする発想は沖縄にはないですからね。とかく伝統に縛られてしまうのでしょう。

 しかし、現在の沖縄の「ちんすこう」のあの形も、実は戦後に米軍から払い下げてもらったクッキーの型枠だそうです。
 戦前までの「ちんすこう」は円形で、中国的?だったようですよ。

 離島と言えば沖縄と言われるくらい知名度No1なんですが、奄美などに学ぶ姿勢がないと衰退するかもしれません。

投稿: 琉球松 | 2013/11/24 09:57

琉球松さん

沖永良部ちんすこうのサイコロは試食用にカットされたものでした。商品自体は、右端に映ってますが、沖縄ちんすこうのような形をしていたような気がします。でも、パッケージは面白くしてあるような。個人でやっているようですよ。

円形ちんすこうも見てみたいものです。

アイランダーのなかでも、沖縄ブースは異彩を放つというか、鮮やかな空気を放っています。ぼくは、そのなかでは、粟国のような素朴なブースに吸い寄せられていきました。

投稿: 喜山 | 2013/11/24 11:51

 サイコロ型は試食用でしたか。

 しかし、そのまま商品化してもイケルかもしれませんよ。「永良部ぞろ目」なんてどうでしょう(笑)。

 あとは与論の健闘を祈りいます。
 

投稿: 琉球松 | 2013/11/24 13:17

エラブゾロメ。響き、いいですね。ザラメを連想させつつ。

沖縄を取り入れつつ商品化を抵抗なくできるのは、沖永良部知名ならではだとも思います。

与論もがんばります。^^

投稿: 喜山 | 2013/11/24 13:24

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